最後の晩餐
「漸く信じて貰えたかな?」
魔王は鼻で笑い少年に問いかけた。これこそ魔王のみの力だと言わんばかりだ。
少年は答える事が出来ない。ただ目の前の光景に圧倒されるのみだった。
先ほど迄たしかに魔王と少年だけの丘だった。2人だけが存在していた。唯2人だけの世界の中、魔王が名案を思い付いたと言わんばかりに少年を見据え両手をゆったりと上へ上げまるで指揮者が2拍子を刻み全てを開放した様に腕を広げた刹那、魔界の軍勢が世界を満たした。
現れた軍勢は戦列を敷き微動だにしない。少年は領内の兵ないし昔一度見た王国の兵列とも次元が違う事が一目瞭然であった。目の前の軍勢がこれぞ兵隊と言うならば今まではカルガモの群れしか見た事が無かった。
最前列には騎兵が並び、後ろには俊敏そうなゴブリン・ドワーフが連なる。その後ろには攻城兵なのだろう山位大きなトロールが位置し間を埋める様に雑多な屈強な魔物が座す。空にはドラグーンやドラゴンが埋める。それらは全て飲み込むクジラの口の様だ。
地平線すら見えなくなった少年は、追いつかぬ脳が見たものをそのまま言葉として発した。
「…魔王軍」
魔王の些末な悩みは消えた。
「その通り魔王軍だ。私の軍勢。私と闘争の喜びを分つ存在。魔王のみが率いる事が出来る兵たちだ。これで漸く私が魔王と信じて貰えた所。漸く私の責務が果たせるだろう。」
「魔王の責務?」
少年は濃霧が揺れるランプの光が乱反射する様に魔王の言葉を虚ろに繰り返した。
「そうだ。言ったであろう。君を勇者にしてやると。私は一度言った事を覆さない…がわざわざ君の為に我が兵は参じたのだ。何か御馳走を与えてからでも遅くは無いだろう。オラフよ、前に出よ。」
そう魔王が呼びかけると、軍の中より魔王とも他の兵とも毛色が違う。魔王達は赤く燃え滾る目をしているが、かれは穏やかな緑色の目をしている。そして体躯も何とも華奢な若者だった。剣は穿かず、背丈程ある杖を抱える様に持っている事から兵というより魔法使いの類なのだろう。
「陛下、御前に。」
戦場での略式なのであろう、オラフは跪かず前方で右手で左手首を掴み魔王の前に立つ。
「麓にある村が在る。そこで質素ながらお前達に御馳走したい。ただ言わずもかな、所詮村故せいぜい50も居れば上々な所、故にお前の力で全員賄えるようにしてくれないか?」
「それは可能ですが、50を万に変えれば薄味になり質も劣りますが…」
「ハハハッ、質など元から求めておらんよ。こんな貧相な村が我等の舌を満足させる事ははなから出来んだろう?」
「確かに左様ですね。」
「まぁ早くしてくれ。私は私の責務があるのでな。食事は早く終わらせたい。」
聞くが早いか、オラフは首だけの一礼をし体を輝かせた。かと思うと緑の彗星の様に村の方角へ飛んで行った。
濃霧が風に煽られ一時の晴れ間を出したように、現在最悪の事態が起ころうとしている事を少年は理解した。食事?村?領民を食べようとしている?
一向にこの魔王が何を考えているかは解からないがそれだけは理解出来た。
「小父さん、村人をどうするの?食べるの?」
「私は別に腹は減ってないが。そうだねぇ折角だ、最後の晩餐になる故私も食べようか。君も食べるかね?」
あたかも晩御飯時に訪れた者を食卓に誘う気の良い主人の様に魔王は答えた。
少年は、父から領民を守るのが領主の勤めであると聞かされていた。自分を蔑む相手を何故守らねば成らぬのか常に疑問であった少年。只いざ蔑む相手だろうと人が殺されると解かると怖かった。
しかも自分がつい先ほど助けた者が殺すと言っている。何を考えているのか解からない彼も怖かった。がそれ以上に怖い、故に懇願した。
「やめてよ。村人を食べないで。」
「それは出来ない。決まった事だからね。」
「なんで?食べなくてもいいでしょ?食べないでよ。お願いだから食べないで。」
「私は一度言った事は覆さない。それが王としての責務であるのだから。」
「だけど食べないでよ。ねぇ勇者に成らなくていいから。村人を救ってよ。」
「それもダメだ。私は村人を兵に御馳走するし、君を勇者にする。それは決まった事だ。」
駄々っ子をあやす父の様に一貫して少年の要求を聞かない魔王。
怖くて惨めで泣きながら懇願する事しか出来ない少年。
そうしていると丘には先ほどの彗星が兄弟を連れ戻って来た。兄弟は村人を捉えた光の牢獄だ。
「調理はどうしましょう?スープにされます?」
「君、ここは曲がりなりにも敵陣だよ?皿を持って我が兵を並ばせる気かね?」
魔王は少年を和ませようとオラフの天然発言に乗っかった。
村人は阿鼻叫喚の装いだ。1日が平常に終わり明日の為に各々寝ようとしていた所を魔物に捉えられ一つの球の中に入れられたのだ。
啜り泣くもの、諦め自失するもの、ひたすら懇願するもの、喚くもの、老若男女がバラバラにうごめいている。
村人たちのうごめきは自分を捉えた魔物の指揮者なる者の傍に領主ハムの息子シオンが居る事を見てより一層激しくなった。
牢獄はまるで鉄球が入った水風船が揺さぶられているかの様にブルブルと震え、鉄球が飛び出そうとする様に村人の腕の形で突起している。
それを見た少年はなお魔王にすがり懇願した。
少しうんざりした魔王はオラフに告げた。
「オラフ、まるめて捏ねて団子にしてくれたまえ。」
「承知いたしました。」
オラフは答えると、光は強まり村人は潰され一塊の肉となった。免れた村人の目玉がシオンを睨んだ。少年は猿叫を発し、そして吐き、静かになった。
オラフはそのまま肉を万に分け、兵それぞれに魔法にて与え命令を完遂した事を報告した。
魔王は兵達に告げた。
「諸君。これが私との最後の晩餐だ。君達とは色々と有った。良く私について来てくれた事に感謝を示す。
お粗末ながら今諸君らが持っている団子は私の体、私の感謝の印である。」
魔王は団子となった村人を天に上げた後口に入れた。そして噛まずに飲み込んだ。
兵達は魔王の所作に倣い各々団子を飲み込む。兵全員が食事を済ませた事を確認し魔王は再度告げた。
「では諸君、呼んでおいてなんだが今日はおしまいとしよう。オラフ、お前には手伝ってもらいたい事があるから残ってもらう。」
魔王は、指揮者が演奏を止める様に広げた両腕を勢いよく上げ開かれた手を閉じた。
途端に地平線は戻りいつもの優しい丘へと戻った。ただ麓の村は完全な静寂に包まれたままだ。
楠の影に包まれながら魔王はオラフを呼んだ。影の中では赤と緑の鬼火であった。
「ではオラフ、最後の命令を実行してもらう。」
「陛下、申し訳ありませんが先ほどから最後と仰っている真意をお教えください。」
「私はこの少年に救われた。恩に報いる為にこの少年の望みを叶ようと思う。少年の望みは勇者になる事らしい。」
「勇者に成る事が何故陛下の最後となるのでしょう?」
「この国では魔王を倒して初めて勇者と認められるらしいのだ。だから私は少年に私の首を与えようと思う。」
「陛下の首をこの様な者にですか?」
オラフは虚ろな目で丸まっている少年を一瞥した。
「なぁに子供だから唯拗ねているだけだ。明日には望みが成就された喜びに飛び跳ねるだろう。」
「そういうものでしょうか?」
オラフは腑に落ちない様子だ。
「そういうものだ。ではオラフ我が首を落し少年に与えよ。折角の私の首だ、この罠の様に少年に括りつけておくれ。」
そういうと一刻迄魔王の足に嚙みついてた罠をオラフに寄こした。
「承知致しました。陛下。」
「ではよろしく頼むよ。」
緑の鬼火が一閃煌めいたかと思うと2つの鬼火は消えていた。
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