槍衾の丘

槍衾の丘…少年はこの丘がそう呼ばれる事に違和感が有った。館から馬で1時間程度でつくこの丘は、なだらかな高台になっており天辺には楠の巨木が座し、根元には大きな洞が口を開く。丘には柔らかな草が敷かれ風が吹けば優しくうねる。

父の厳しい教えや、領民の蔑む視線にも攻撃的な名前とは裏腹で牧歌的な丘の大樹に包まれる事で安らぎを得る事が出来た。この日迄は…


暮れる夕日の中、霞の様な出来事に困惑し少年はオウム返しの如く単語を発した。

「…魔王?」

「あぁ、そうとも私がこの地を統べる魔王だ。祝福された愛しい子。」

さっきまでボロを纏っていた小父さんは今では絢爛な姿をし自身を魔王と宣う。少年は思考が追いつかず困惑した。

さっきまで短に言えば魔王を倒すのが自分の夢だと話してた。魔王が魔王を倒すのは簡単だと言っている。

それどころか、魔王が魔王を倒す手助けをすると言っている。…頭がおかしくなりそうだ。

飽和し沈黙する少年を見て、信じて貰えていないと感じた魔王はなおたたみかける。

「少年よ、この鎧を見ても信じてくれないのか?この冠が見えぬのか?この角が?これこそ魔王の証ぞ。」

少年はなおも混乱の最中だ。

「…確かに、姿形は模倣できるからな…どうすれば信じて貰えるのだろう…そうか!」

魔王はひらめいた。自賛した。魔王を示す証、魔王が魔王たる所以、伝説の中の姿では無く今この場で示せば良いのだ。

目は爛々と輝き少年を見据える。その素晴らしい思いつきは少年と少年の国にとって最悪のひらめきとも知らず。



領主ハムは相談役の魔法使いガジモドより悲報を受ける。

槍衾の丘より魔王もしくはそれに近しい魔力を感じたとの事だ。

にわかには信じられなかった。ハムの家系は幾度と魔王を倒しているがこの半世紀倒倒せずにいる。ハム自身、魔王討伐の遠征を過去実施しているが失敗している。

その様な家に魔王自身が現れる用事は無いだろう。ではこの国を落す為?言えど大陸の端の要所も資源も無い、まして軍事は勇者頼みの大陸一の弱小国を落として益があるとはどうしても思えない。

ガジモドの勘違いで有れば良いがこの魔法使いは父の代より我が家に仕えて1度も間違いを犯していないからそれも無いのだろう。

はぁ…如何なものか…

「如何いたしましょう?」

暮れる日が最後まで差すこの書斎はこの時分ゆったりした空気が流れるのだが今日は張り詰めた空気が充満し主のハム、ガジモド、ハムを手伝う長男のカナンがいる。

「僕が行き確認して来ます。」

血気盛んなカナンが名誉挽回のチャンスだと目を輝やかせながら名乗り出るが、ハムはその提案を退ける。

「駄目だ、何が居るのか解からず行くのは愚策だ。それにお前は魔王を知らんだろう?お前が行った所で判別にもならん。」

「ですが捨て置くのも愚策だと思います。魔王に近しい魔力を検知し放置すれば、それを知った領民はますます心を離しましょう。」

「捨て置くつもりは無い。私が行こう。これでも1度は魔王と対峙した事がある。あの顔は忘れた事が無い。」

遠征に失敗してからの苦渋の日々を思い出したかの様に苦い顔をしながらハムは言った。

「領主が斥候なんて馬鹿げている。父上が死んだらこの領地はどうなるのです?」

「愚かな領主などいないに等しい。私が討たれても何も変わらない。それにカナン、お前が居るではないか?」

13より次期領主として手伝っていたが私情を捨て領民の為に尽くす父を尊敬している。尊敬する父が愚民如きが宣う通りに自身を愚と言う。

「父上は愚者等では無い!幾度と父の働きが無ければ愚民共は…」

「その話は良い…それよりもシオンは帰っておるか?」

「シオン?いえまだ帰ってきてないと思いますが。」

「…そうか、やはり私が見てこよう。」

そういうとハムは書斎に飾ってた苦渋に染まった鎧をつけ始めた。

「父上…」

「お前達はすまないが各村に防衛準備をさせておいてくれ。何かあればお前が指揮せよ。」

そういうとハムは、ガジモドが作った連絡用の紙を一束掴み、幾年ぶりかの剣の柄を握りゆったりと書斎を出て行った。



槍衾の丘…かの地の由来は神話時代に遡る。この丘は魔族・人間種・トロール族の境界となっていた。ある日この地にて各種族の軍勢が集まり合戦が始まった。

軍勢は槍を携え槍衾を敷き三すくみとなり熾烈を極めた。合戦後勝利した勢力は戦を称え槍衾の丘と命名し記念に楠を植えた。

記念樹は当時苗木であったが、今では大陸でも類を見ない老木となっている。

時を経た記念樹の周りにはまた槍衾が敷かれた。


日がこの日最後の一線を投げた頃、丘は突如幾万の軍勢に埋め尽くされた。

「少年よ、これで信じて貰えたかな?」

最初に立っていた鎧がただ立つ少年に再度の確認をした。

目の前の鎧は魔王なのだろう、むしろ魔王であるべきであろう。

少年は呆然と立つ事しかできなかった。

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