第14話 赤き看板娘ベル2

 俺はベルと一緒に宿屋の個室に向かい合って座っていた。とりあえずコップに入っている水を飲んで口の滑りをよくして、話を進めることにする。



「それで……この前言っていたことは本気なのよね」

「ああ、宿屋の一室を貸し切って、スキルショップを開こうと思うんだ。色々考えたりやってみたが冒険者よりもこっちの方が俺に向いているし、俺のスキルを活かせるとおもったんだ」



 これは俺がずっと考えていたことだ。冒険者を続けるか、商売を始めるか、どちらが俺にあっているのだろうか。エレインさんの様に自分のスキルで苦しんでいる人がいる。ガレスちゃんの様に欲しいスキルがあっても手に入らない人がいる。そして何よりも、向いていないのに一生懸命がんばっているガレスちゃんをみてわかってしまった。俺はそこまで冒険者という職業にあこがれていたわけではないんだなと。そもそも本気で冒険者として頑張りたいと思っていたらモードレットのサポートに回れという提案も拒否していただろう。



「まあ、私としては、冒険者と違って死ぬ確率がなくなるから嬉しいけど……」

「その代わり、破産するかもしれないけどな」

「その時は冒険者として、稼ぐか、うちでバイトをするんでしょ」



 俺の軽口をさらりと受け流すベルに苦笑する。本当にこいつは俺の事をわかってくれている。



「お見通しか……それで、部屋を一室貸してもらっても大丈夫か?」

「いいけど……幼馴染だからってまけないわよ」

「ああ、当たり前だ。これは商売だからな。むしろそっちの方が変に気を遣わないで助かるな」



 そう言いながら、俺はあらかじめ指定されていた金額の入った革袋を机の上に置く。幸い、退職金と、エレインさんの依頼で稼いだお金があるから、しばらくは大丈夫そうだ。あとは、俺は仮面の人からもらった指輪を思い出したが、あれは本当に困った時用にとっておいたほうがいいだろう。なんだかんだあれに頼ったらこき使われそうである。



「じゃあ、説明してもらいましょうか、あなたの勝算と、私の宿屋の一室を使う利点をね」

「ああ、わかった」



 最初にこの話をした時にベルは険しい顔をした。彼女は幼い時からこの宿屋を手伝っていたこともあり、商売で苦戦している両親の辛さを目の前で見てきたからだろう。安易に頷かないで、色々考えろと課題をくれたのは彼女なりの優しさなのだろう。本人に聞いたら顔を真っ赤にして否定するだろうが……



「まず一つスキルを買ったり売ったりするのはかなり珍しいスキルだ。だから思いついてもあまり他人は真似をできない独自性があるし、需要はあると思う。ベルもガレスちゃんから話は聞いてるだろ?」

「ええ、そうね、ガレスちゃんたらすごい喜んでたわね。最近はセインさんがセインさんがって……あんたあの子に恩をきせて変な事をしたら追い出すからね」

「してねえよ!! お前の俺の評価はなんなの?」

「冗談よ、だけど、珍しいって言う事は知られていないってことよ、スキルを売ったり買ったりするのに抵抗がある人も多いはずよ。現に私だって、家事スキルを売ってくれってエレインさんに言われてるけど断ってるもの」



 ベルがその時の事を思い出したのか大きくため息をついている。あの人はベルにそんなこと頼んでたのか……今度家事スキルが手に入ったら、優先的に売ってあげよう。

 そして、ベルの言う事はもっともである。ガレスちゃんも最初はあまり良い反応をしなかったように、普通の人はスキルを売ったり買ったりという事には抵抗がある。頑張って身に着けたスキルを売ったり買ったりして金銭を得たり楽をするのはずるいと考える人もいるのだ。ガレスちゃんがわりかしあっさり俺から買ってくれたのは俺と彼女の間に信用があったからだろう。もちろん、それに関しては、一応考えてある。



「だからエレインさんに宣伝をしてもらおうと思っている。ここじゃ、へっぽこだけどSランクの冒険者だからな。まずは信頼できる冒険者達や、ギルド職員に聞いてもらって、そこからどんどん口コミで、広がるようにしようと思ってさ。もちろんこれは仕事だからエレインさんに報酬も払うぞ」

「その筋で有名な人に宣伝をしてもらうのは強いわね、肝心のスキルの方は集まってるの?」

「ああ、もちろんだ。引退した冒険者からは追放されて、悔しいからスキルを集めてるって言ったら悲しいが同情されて結構売ってもらっているんだ」



 追放されたというとみんな可哀そうなものを見るような目で力を貸してくれるんだよな……嬉しいような悲しいような状況である。まあ、冒険者を死なずに引退できる人間大半はリタイヤした人間だからな。俺の様に追放されて違う道に進んだり、怪我をして引退せざる終えなかった人間が多いので、みんな同情してくれるのだ。だけどそのおかげで、それなりのスキルは集まった、そして、後はベルの力を借りればより成功率はあがるのだ。



「ベルの宿屋で店を開く理由は、お前の所食堂もやってるだろ? だから、うちの店を使ったら、ついでに飯も食べるかって人も多いだろうし、うちと連携して食事代をちょっと割引しますとか言えばお客が増えるんじゃないかっていうのを考えているんだ。ただ宿屋として俺に部屋を貸すよりも儲かるだろ?」

「そうね、特に冒険者さんとかは大飯喰らいだから助かるわ。でも……それじゃ、私だけが得をしているわよね? 冒険者ギルドから少し離れて不便なうちで店をやる利点を教えてもらえるかしら? 幼馴染だから力になりたいとかじゃないわよね?」



 ベルは試すように俺を見つめる。彼女の言葉に俺はにやりと得意げな笑みで返す。流石俺の幼馴染だ、俺の思考を理解してやがる。そりゃあさ、幼馴染のこいつの力になりたいって気持ちもある。単なる手伝いならそれでいいだろう。だけど商売となったら話は別だ。



「俺のスキルは石化の魔眼ゴルゴーンアイのような異種族のスキルも取引できるのは知っているな。だからベルの『翻訳』で仲良くなった異種族たちにも不要なスキルはないか聞いてほしいんだ。もちろん仲介手数料は払う」



 引退した冒険者から買ったスキルは確かに有用だ。だが、『初級剣術』のように簡単に覚えることのできるスキルなどは中堅以上の冒険者にあまり売れないだろう。だから目玉商品として普通の冒険者が覚えないであろうスキルを仕入れる必要があるのだ。

 俺の言葉に彼女はしばらく、黙ってからまるで観察するように俺を見て一言。



「わかったわ、その話のったわ。あと、ちょうど異種族関係で顔を出す予定があるからあんたを護衛に連れて行こうと思ってたのよ。あなたもかれらに顔を売れるし、悪くない話でしょう?」

「ベル……まさか、俺がそう言うのを見越して?」

「幼馴染ですもの。それに……商売抜きで私だってあなたの力になりたいから色々調べてたのよ、感謝しなさい」

「ありがとう、流石ベルだ!!」



 俺の言葉に彼女は顔を真っ赤にして「どういたしまして」と答えた。異種族たちの街か……ちょっとこわいが楽しみである。ベルと子供の頃にいったがリザードマンを見て二人で泣いたりもしたものだ。


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