第4話

「おはよ、センセ」

「おはよう、ご主人」

「……おはようございます」

 机に突っ伏したままひらりと手を振る少女と、口を三日月のように形作って笑う少年。周りの目も、そんな日常に慣れ切ってしまった。

「センセここの英文わかる? これって無感情だと変だよね」

「英語は全てが一対一じゃない。片方が片方に合わないこともあるから、無理に訳そうとしなくてもいいんじゃない」

 何かを失った私達は、残りの人生を欠けた状態のまま過ごすしかない。それでも案外慣れるものだ。慣れたところで、失われた重さを忘れ去ることはできないけど。

「これか、愛の感情は無関心の続き。ご主人が言ってたやつ」

 とっくに傷なんて治り切っているのに、彼はまだ私を主人だなんて呼んでいる。それが高柳なりの敬意だと理解はしたが、気恥ずかしい思いは無いわけではないのはいつ伝えればいいのか。

「愛の反対は嫌いではない。美の反対は醜ではない。正義の反対は異端ではない。そして、生の反対は死ではない」

「それら全てが一つの言葉で示される、とかでいいかな」

「課題じゃないならそれでいいだろ? 優等生じゃないしな」

「それもそっか、じゃいいや」

 そう言って、武永はまた長い黒髪を背もたれに垂らして寝始めた。

「あんたは自分がどれに当てはまると思う?」

 猫のような目で見下ろして、彼が聞く。生と死の狭間、生きることも死ぬこともせずにいた彼が問いかける。

 ふ、と息をついて、口角を上げた。

「……異端、ですね」

「俺も」

 目を細め、にっこりと彼は笑う。

 誰も歩まない異端を選んで、私達は生きていく。

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