4

 首をあげて、肩の骨をごきごきとする。ついでに首も左右に回す。本を読んでいたはずなのに、頭の中で全然違うことを考えていた。


 とにかく、私の「町のループを壊さない計画」は数十日に及び、それは今のところうまくいっている。


 いつもと同じようにカフェで食事をし、投票だから早くしろと急かされて、三時の鐘に気付いて図書館を出る。


 ジャックとの待ち合わせの場所に行かなくちゃ。


 そして、告白されなくちゃ。


 告白されて、戸惑って、答えを保留してもらって、ほっとして。


 私だけが町に置いていかれた気分でもあるし、私だけが通りすぎていってしまっている気分でもある。


 それでも、毎日ジャックのところに行かずにはいられないのは、やっぱり勇気がないんだろうなと思う。


 ——と。


 屋敷に到着する手前で、私は腕を掴まれた。そんなことこれまでなかったから、完全にふいをつかれた私は、バランスを崩して後ろに倒れそうになる。


 私の背中を支えた人物を振り向いたら、見たことのない少年だった。多分私と同じくらいの年齢だろう。


「行くな」


 少年は言った。


 それだけで私は理解した。この少年は、私と同じだ。


「だけど、行かないと」


「行くな。試してみるんだ」


「……ヤダ」


 私は少年の腕をふりほどき、ジャックの屋敷へと走った。ジャックは、屋敷の裏の松の木の下に立っていた。


「ごめんなさい。待った?」


「カレンが近付いてくるのが窓から見えたから、降りてきたんだよ」


「待たせないでよかったわ」


「いつまでも待つさ。気にしないでくれ」


 私は呼吸を整えて、ジャックの次の言葉を待つ。


「カレン、聞いて欲しい」


「お話があるんですよね」


「ああ。……どこから話そうか。そうだな、今日のことからだ」


「選挙のことですか」


「カレンは賢い。察しがいいな。知っての通り、僕は今回の評議員選挙に立候補している」


「ええ。注目の新人って噂されています……って!」


「どうかしたのかい?」


「ううん、なんでもないわ」


 ジャックの背中の向こう、私の視界の片隅に、さっきの少年が入ってきた。わざとらしくこちらに興味がないような歩き方をしているくせに、屋敷の近くから離れようとしない。


 目を合わせないようにしなくちゃ。


「聞いてくれ、カレン。おそらく僕は当選するだろう。僕が評議員になったら、塩の被害と真向から戦おうと思う。保守派の言うことを聞いては駄目だ。僕等は生き残るために、戦争をしなければならない」


「戦争……恐いですね」


「恐れてはいけないんだ。僕は評議員に当選する。そして町を変える。だから、カレン、僕の妻になってくれ」


 ああ、ジャック! ——と、その背後の謎の少年。二人が私を悩ませる。


 もうっ!


「ジャ、ジャック? 急なことで、すぐにはお返事が……その……」


「もちろん、この場で答えが欲しいとは言わない。明日、開票が……」


「そうね、開票が済んでからのほうがいいわよね。じゃあ、また明日」


「え、ああ、また明日」


「ごきげんよう」


 私はそそくさとその場を後にした。


 しばらく歩き、くるりと振り返る。案の定、少年はついてきていた。


「あなたの名前は?」


「キシム。あんたは、カレン・サリバンだね」


「そうよ。あなたも——塩になっていないのね?」


「そうだ。時間が止まっているこの町の中で、俺とあんただけが動いている」


「私だけかと思ってた」


「俺もだ。だからあんたを見つけた時は、びっくりした。ま、他もいないという保証はないけど、俺が町中を探しまくった限りだと、俺とあんたの二人だけの時間が進んでいるみたいだったぜ」


「それは助かったわ。調べる手間が省けてよかった」


 強がった返事をしてみせているけれど、私の心臓は激しく音をたてていた。どくっ、どくっ、どくっ、どくっ。落ち着け、私。私はひとりじゃなかった。他にも時間が動いている人がいた。そこまで驚かなくたっていいじゃないか。


「俺に協力して欲しい、ていうか、しろ。俺とお前しか残っていないんだから、当然の義務だ」


「偉そうね。私たちに何ができるの?」


「町の時間を動かしたい。動かさなければならないんだ」


 それは私の行為を否定する言葉だった。


 それなのに『協力』って、どういうこと?


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