I05 特別な日のかわし方とは

 ――プロフェッサー黒樹とひなぎくさんが出会ったパリでのこと。


 憧れのあのピチピチギャルとは、三か月振りのデートになる日だ。

 昨日は、わくわくして寝不足になってしまった。

 待ち合わせは、パリのリヨン駅にある時計塔にした。

 だって、ここは大きな駅だからいつも人出が多いけれども、ここなら間違うことはないから。

 彼女との約束の時間は午前十一時。

 懐中時計とその時計塔の時刻はぴったりだ。

 今はその十五分前なので俺も一安心する。 

 これから一緒に早めのランチにして、それから、ふにゃふにゃ。

 アクアリウム・ド・パリ・シネアクアに行くデートプランがある。

 何と言ってもエッフェル塔の裾野にあるから、盛り上がること間違いなしだろう。


「リヨンまで待ち合わせて、どうなさったのかしら。プロフェッサー黒樹」


 ほどなくして彼女がやってきた。

 いつもはジーンズが基本のラフな格好なのだが、今日はお熱があるようだ。

 明度の高い桜色に花びらの刺繍が綺麗な春ワンピとは!

 どきんこ、どきんこ。

 ワンピなどと、ギャル語を使ってしまうぞ。

 普段はほんのりリップクリームしかまとわないのに、何てこったい、マドモアゼル。

 薄化粧も似合っているのじゃもん。


「か、かわいい……」


 俺は、ぶほっと吹いてしまった。

 あまり見つめ過ぎてしまったのだろう。

 ひなぎくちゃんは、頬にチークをあしらったようだ。


「あ、やはり気付かれました?」


 え!

 何に?

 ワンピと薄化粧のことかな。

 その他は、何も気が付かなかったけれども。


「今日はプロフェッサー黒樹との特別な日ですわ。気合いも入りましたの」


 今日って何か特別な日だっけ?

 何だろう。

 さっぱり分からない。

 男、黒樹、はっきりしないとならないな。

 正直に分からないと言うべきだろうか。

 それとも会話しつつ探るべきか。

 俺にゆっくりと考える時間はなかった――。


 ◇◇◇


「エッフェル塔の方に用がある。一緒に来てくれ」


 さっと、駐車場へひなぎくちゃんをさらって、助手席のドアを閉めた。

 何故かトヨタのカローラ1100だ。

 中古じゃないのが自慢じゃもん。

 シートベルトをひなぎくちゃんがする。

 これで、セーヌに沈まなければ、大丈夫だろう。


「はい、プロフェッサー黒樹。いつも大学院でお世話になっております。ご用事への付き添いは、私のキュレーターとしての勉学にもなりますわ」


 真面目、真摯な彼女の素の顔だ。

 そこが、可愛いとも言える。

 Eカップはあるであろう、ふっさふさにも興味がない訳ではないが。

 先程は、身にまとうもので判断してしまい、俺も軽率だったか。

 いや、でもEカップが気になるのは嘘ではないし。


「大丈夫でしょうか。ハンドルと会話していらっしゃいますわよ」


「確かにぶつぶつ言ったかも知れないな。だがしかし、俺への気配りは要らないぜよ」


 俺の白い歯キラーン。

 ひなぎくちゃんは、虫歯が痛むポーズで考え込んでしまった。


「ひなぎくちゃん、やわらかーく行こう」


 か、かわいいので、見たらいかんな。


「あのですね――。今日は、何の日でしょう? 勿論、覚えておいでですわね」


「ああ、あたたかい春の日だな」


 これでいいのか。

 ああ、ひなぎくちゃんは、にっこりとしている。

 大丈夫だ、男、黒樹よ。


「春と言えば、湿布ではないわよね」


「おお、そうそう。桜じゃ。日本にいたら、東京のソメイヨシノを思い出すよな」


 こ、これでいいのか。

 ソメイヨシノは限定的過ぎたか。

 花筏とか、もっと情緒を膨らませるべきだな。

 うん。


「私、サクランボが好きなんです」


「おお、そうだ。国民性からして、見て愛でるか食べて親しむかあるよな。俺は佐藤錦が大好物じゃもん。帰国したら送っておくれ」


 こ、こ、これでいいのか。


「プロフェッサー黒樹、私が帰国するとでも? この間のお話、聞いていただけましたか?」


 この間?

 危険な香りのする方向へ向いたか。


「あれだったな、確か――」


「先程、お話ししましたわ。アトリエのことですわ」


「ああ、アトリエな」


 こ、こ、こ、これでいい訳ないよな。

 俺が何かの記念日を忘れていることが、そろそろバレそうだ。


「私達が日本へ行って作り上げるプランですよ」


 車を路肩に寄せた。


「ほら、あそこに、エッフェル塔があるだろう。ライトアップの頃にも見るといいよ。芸術的センスが上がるかも、よ」


 ひなぎくちゃんの肩に手を回そうとする。

 すると、シートベルトが邪魔をする上、ひなぎく堤防が決壊した。

 俺の手を叩かれてしまった。

 ゴリラ並みに怖いんですけれども。


「何てついてないんだ――」


 心で叫ぶ筈の言葉をその場で声にしてしまった。


「もう! お餅は何枚焼きますか! プロフェッサー黒樹」


「え? 八つ? 焼きお餅だから。ヤキモチ。ぶぶぶ……」


 アラフォーの口髭が揺れる。


「冗句が真綿で首を締めることってあるらしいですよ。ひゅーどろどろ」


「あそこの水族館へ行こうか」


 ひなぎくの紅潮していた頬が元の明るいオークルに戻った。


「わあ、アクアリウム・ド・パリ・シネアクアでしょうか! 一度しか行かなかったので、もっと詳しく観賞したいと思っておりましたのよ」


「おお、キュレーターに萌えとるな」


 よっし、これでいいようだ。

 水族館の後、無茶苦茶、カフェの梯子を楽しんだ。

 ひなぎくの英名をデイジーと言う。

 彼女の為に日本で俺もアトリエを開く手伝いをしよう。

 そんな風に俺達は、結び付いて行った。

 アトリエデイジー誕生秘話だな。

 このときの話し合いで、アトリエデイジーの骨格が決まったのだから、世の中分からない。

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