I04 優しくするのはキミにだけ
「あなた。
俺達は、アトリエの喫茶コーナーにいた。
ステンドグラスはもう夕方だと教えている。
勿論カフェオレマックスお砂糖をほっほっといただく。
聞いてきたのは、アラフィフ黒樹悠のアラサー妻、イケイケ、Iカップひなぎく。
蓮花は、俺達に憧れてかアトリエで働きたく、美大を受験するも数えてはいけない程転落している。
アトリエのお手伝いをしながら、絵の練習をしている次第だ。
俺とも血が繋がっていないと言うのに、きちんと背中を見ていてくれて、ありがたいことだ。
「かわゆいか。あまり気にしたことないな。ひなぎく一番、ひなぎく二番じゃもん」
「黒く長いポニーテールとか、白いビキニへの妄想とか。とにかく、あなたの好みよね」
ひなぎくの突っ込みはボケを凌駕している。
気まずいトンボが横切った所だった。
アトリエに電話がかかる。
「
「はい。蓮花先輩」
確かに黒く長いポニーテールは、偶然ひなぎくに似ている。
「うーん、そんな風に思ったことはない。断言できるぞ」
今日のカフェオレマックスお砂糖がほろ苦いのは、俺の心の涙のせいか。
「本当なのかしら。華澄美さん、いつもあなたや蓮花さんの後ろをついているわよね。アトリエデイジーは、私の夢だったのに」
「まあ、これでも俺はオーナーだし蓮花は先輩だからな」
急にジトッとひなぎくに上目遣いで睨まれた。
黒いマグを傾け、グイっと飲み干す。
熱いのなんの。
「でも華澄美さんには、特に優しくないかしら」
ひなぎくが俺のマグを片付けた。
気働きがいいんだよな。
「パリにいる頃、二人でアトリエデイジーについて話し合った。とことんだ。ひなぎくには、結婚前から、なるべく優しくしていたつもりだが。違うかな」
「違わないわ。どうやら私、自分が特別だと勘違いしてたみたいなの。特別病なのかしら」
黒樹は黙り込んだ。
「あなた、聞いていますか」
「んん? あ、ああ……」
これは、困ったことになったんじゃもん。
ひなぎくのお茶飲み話ではないぞ。
何かを試している。
俺は大きく息を吸った。
◇◇◇
「俺達、どうやって結婚したんだっけ」
「そんなふざけた答えあるかしら」
虫歯が痛むポーズで、おかんむりになっちゃったよ。
困ったな。
あ、俺の失言のせいか。
「ちょっと待て、その勘違いを冷静に。詠み人知らず」
「また、ふざけて。もう、母乳シーンはなしにしますよ」
ひなぎくのIカップ……!
ああ、俺は、目が覚めた思いだ。
「それは、勘弁シマウマ! なあ、よく話し合っただろう。これからも話し合って行こう」
「むうう」
コーンコーンコーンコーンコーン……。
五時になった。
閉館の時間だ。
偶々、今日のワークショップも常設展示にも誰もいないようだ。
華澄美ちゃんが、持ち場からこっちへ来る。
蓮花を置いてまで、さくさくだ。
「あの、ありがとうございました」
肩で息をしてまで急ぐのか。
「おお」
「ええ」
さっとお辞儀をされた。
どうしたのかな。
「博物館学芸員の実習は、今日で終わります。また、この地を訪れることがあったなら、遊びに来ますね」
用事はそれか。
しかも、それ程の軽い気持ちだったのか。
アトリエデイジーは、ひなぎくと俺がどれだけがんばって作り上げたか。
知りもしないのだろうな。
「ええ、そのときは、私もお仕事がんばるわ。ね、プロフェッサー黒樹」
「そうだな」
お見送りをしようとしたが、華澄美ちゃんは帰宅を急ぐ。
喫茶コーナーで、俺達と別れた。
アトリエからの坂道を彼女が振り返らずに行く。
ステンドグラスはもう薄暗くなっていた。
「ひなぎく……」
「あなた……」
――俺達も子ども達のいる家に着く。
「静花ちゃんが微笑んでいるな」
「ねー」
ぴ。
その後、母乳の出がよかったが、理由を知る者は俺だけだ。
「Iカップ万歳――!」
「いやん」
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