I03 料理の腕前
今日は水曜日、その
俺は、しじら織でどきどきしながら
「ひなぎく、もう水でいいから持って来て欲しいんじゃもん」
「はい、あなた」
注文の品は、恐らく三十秒で置かれた。
流石は我が妻。
ごっきゅん。
水すら重く感じる。
うーむ。
和も結婚してもおかしくない歳だ。
いや、まだそれは早いか。
「ただいま。お父様、お母様」
和だ。
また、畏まって、俺達を呼びやがって。
ここは、気合を入れて行きたい。
ひなぎくの作ったモビールが玄関で揺れた。
お魚モチーフからのレモンイエローやマリンブルーを浴びた美歩ちゃんがもじもじとしていた。
両手に一杯食材が入ったエコバッグを提げているのが和よ。
お前も男じゃもん。
「皆様、お待たせいたしました。今週も美歩さんの美味しいものを沢山召し上がってください」
満面の笑みで彼女を促しながら家に上がる。
「お母様、お台所をお借りいたします」
畏まった和は直角に礼をし、彼女はまだもじもじしている。
しかし、俺の笑顔は崩壊していた。
だってさ、美歩ちゃんは絶望的な料理の腕前なんじゃもん。
台所へ吸い込まれるように二人は消えた。
このままでは、俺とひなぎく、そして可愛い子ども達が危ない。
恐ろしい紫色の料理には、ポイズンが潜んでいそうだ。
「腕によりをかけます……。期待して待っていてください……」
台所から、もじもじしながら美歩ちゃんが顔を出した。
彼女なりに張り切っているのだろうな。
その消え入りそうな声に、悪気がないのは分かる。
「美歩ちゃんの料理だが、俺が謝って止めて貰うか――。それとも、男らしくガッツリ食べるか」
どちらか一つの道を選ばなければならない。
「あなた、顔色が優れませんわ」
背中をそっと擦られた。
しじら織がシュッと音を立てる。
「ああ、ひなぎく。俺のさ、キッチンへ向かう足取りは――」
「分かりますわ。ちょこっと重いのよね」
◇◇◇
手料理には、義理の父親になるかも知れない俺を思う心が籠っている。
心の中で白い俺と黒い俺が奮闘するしかない。
「食べるさ、勿論。美歩ちゃんの料理じゃもん」
「あなた、本音は?」
ぐ、ぐぬぬぬ。
流石は、ひなぎく。
「や、やはり。健康第一とも考えたりしてな」
「ふう……。そうよね」
ひなぎくは、虫歯が痛むポーズで悩ましくなっている。
俺がこんなのではいけない。
しっかと妻の肩を抱いた。
「大丈夫、ひなぎく。奇跡は起こるんじゃもん」
「美歩ちゃんもお料理に目覚めますわ」
ぴ、ぴぎー。
「あ、子ども達にみて貰っていた
「離乳食はどうする」
「お粥が炊飯器で一緒に炊けているから、それとリンゴのペーストで、リンゴ粥にするわね。その後の母乳の方は、まだ、元気だわ」
俺は、母乳と聞いて、黙ってはいられなかった。
ばいーんな妻をじっと見つめる。
「Iカップじゃもん」
「いやーん、下着にっ」
「にっ?」
「いやん!」
何てからかうと、静花ちゃんがお腹を空かすから、切り上げよう。
「美歩さん、お台所に入ってもいいかしら」
ひなぎくが、まるでヒナギクのようにちょんちょんと廊下を行く。
足取りの軽さが羨ましい。
「お母様、僕が静花ちゃんの離乳食を作って置きました。じゃがいも粥です」
「まあ」
小さなピンクの容器とフィーディングスプーンをエプロン姿の和からひなぎくが受け取った。
「おお、和。気が利くな」
ぴぎー。
えっえっ。
「あら、泣き声が近付いて来たわ」
俺達と反対側から、
男ならば、そろそろ真剣白刃取りと行くのじゃもん。
「お、おう。静花ちゃんと一緒に台所へ入ろうな」
俺達は、大きなテーブルを囲った。
ぴ。
「あーんですよ。あーん」
ひなぎくが、子ども椅子に腰掛けさせた静花ちゃんの頬を突っつく。
すると、上手にお口が開いた。
俺に似て、本気のおちょぼ口だ。
「静花ちゃんはイヤイヤもせずに芋粥をごっくんして、偉い偉いのよしよしだな」
「あなたの子ですもの」
キッチンに背を向けていた和と美歩ちゃんがこちらを向いた。
ひやっとするな。
「美歩さん、大丈夫ですか」
「ええ。皆様、前を失礼いたします……」
美歩ちゃんは、取り皿を並べたりと懸命だ。
お料理はまだ来ない。
俺は、目を瞑って気持ちの整理をしている。
白い俺で行くんじゃもん。
「お待たせしました……」
さて、我々は、もじもじ美歩ちゃんのご飯だ。
黒樹一家の魂が左右されるときが、刻々と迫って来た。
「よろしく頼む」
腹を括った。
男らしく、紫ポイズンのお料理を拝むとしよう。
眼を見開いた。
くわあっ。
「うわー!」
「ご馳走だね」
「凄い凄い」
子ども達の声が先だった。
「紫じゃないのじゃもん……?」
「お父様、お母様、皆様、いただいてください」
ぴ?
あまりに静か過ぎて、静花ちゃんの声しか聞こえない。
「美味しいわね、あなた!」
第一声があった。
「お、おうおうおうおう。何と言うサラダ?」
旨い。
お寿司のようでいて、サラダのような感じだ。
カルパッチョでもないしな。
器は、真っ赤なトマトをくり抜いてある。
創作サラダだな。
個人的には、ブラックオリーブが乗ってる所が好きだな。
お楽しみはラストじゃもん。
「
「和って和か? 長男の!」
照れまくっているな。
美歩ちゃんが作るんじゃなかったのか。
「KAZサラダとはおこがましい。実は、トマトのファルシにアレンジを加えたものです」
和が、中に入っているほんのり黄緑のアボカドを一口運ぶ。
美歩ちゃんも真似、そして、見つめ合った。
結構、似合いのカップルかもしれないな。
「台所を美歩さんだけに任せてはいけないと、僕も一緒に取り組みました。美歩さんと僕の作品です」
「むむむむむむ」
俺は、唸るしかない。
もくもくといただき、とうとう、ブラックオリーブにフォークが刺さった。
「次は、赤身が多く健康にもいいステーク・フリットです。劉樹が炊いてくれたご飯で召し上がってください」
「ポテトが山盛りね。静花ちゃんの芋粥とお揃いだわ」
賑やかな虹花もおとなしく食べている。
「あ!」
「大丈夫ですよ……」
澄花がナイフを落とすと、美歩ちゃんが新しく出して、落ちたのは洗ってくれた。
「むむむむむむ」
白い俺が唸りを上げる。
これは、これは、ただの会食ではないぞなもしもし。
「デザートは、コンポートです」
「程よい甘さが素敵だわ。赤ちゃんご飯だったら、静花ちゃんに今度あーんしたいわね」
ぴ。
「むむむむむむ」
ああ、もう俺はダメだ。
もじもじ美歩ちゃんのこさえた品の中で、こんなにも打ち震えたものがない。
「三品ですが、本日は以上です」
「お口に合いましたら嬉しいです……。和さんと一緒にキッチンに立てて楽しかったです……」
皆であっと言う間に平らげてしまった。
「お料理は、私も得意ではないわ。美歩さんの努力、素晴らしいと思うの」
「お父様は、本日の――」
皆まで言うな、和。
「美味しいんじゃもん! でれでれカップルが一組増えただけじゃもんね!」
「お父様! ほら、美歩さんも一緒にです」
「ええ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
その後、ひなぎくと和のアルバムを広縁であたためた。
今日の料理と皆の笑顔が溢れている。
エプロン姿の二人が、かしこまりながら背筋を伸ばしていた。
新しい黒樹家の顔になるのかと思うと、俺は、しみじみするしかないな。
「ひなぎく、膝枕」
「はい」
答えは三十秒も掛からなかった。
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