I02 私と仕事、どっちが大事なの

 俺達は、黒樹の家が見えるバス停まで来ていた。

 はっと外の空気と触れると、風が夕暮れを知らせる。

 その時、俺は人生の分かれ道に立っていた。

 この坂を登れば、教会を改築したアトリエデイジー。

 このまま、真っ直ぐ行けば、古民家を改修した我が家だ。

 勿論、このバス停を突っ切れば、温泉ざぶーんだ。

 アトリエは、ひなぎくの体調に合わせて午後五時には終わらせるようにしている。

 だが、今日は明日の企画展のリーフレットがまだ完成していない。

 明日になれば、ひなぎくは慌ててしまうだろう。


「ねえ、あなた。今、はっきりさせて欲しいわ。私とアトリエデイジーのお仕事、どっちが大切なのよ」


 かー。

 ひなぎくは、また無茶な二択を迫って来た。

 答えは、どっちも同じ位に決まっているだろう。

 けれども、ときとして女性は残酷な二択を突き付けて来る。


「勿論、ひなぎくに決まってるさ。でもね……」


「でも? いつもの言い訳は通じないわ。よく考えてね。お返事次第で私にも考えがあるわよ」


 俺が働くのはひなぎくのためでもあるんだよ、という答えは門前払いだな。

 彼女は腕組みして僕の選択を待っている。

 指先で細い腕をトントン叩きながらだ。


 僕にとってもは本当にどっちも大切だけれども、二つの道は歩けない。

 できたら、妖怪だ。

 ひなぎくオンリーユー。

 お仕事バリバリミー。


「さあ、あなた。どっちを選ぶのかしら」


 ◇◇◇


 俺が答えるまでもなかった。


「大好きよ! 愛しているわ……」


「おいおい……」


 ひなぎくが俺の首にぶら下がって仕方がない。


「さあ、私達には待っている人がいるの」


 彼女は勿論、落ち葉の少ない古民家の我が家へと足を向ける。

 俺は、心を鬼にした。

 まさかの、背中合わせだ。


「それを食べさせるのが、俺の仕事なんじゃもん」


 右足で小石を蹴った。

 ちょっと痛かったのは、アラフィフだから?

 違う、違う。


「分かったわ。お夕飯ができたら呼びに行くわね。一緒にお食事はいたしましょう」


「それで……。いいのか?」


 俺が蓄えた口元の髭がひやっとした。


「帰ったら、静花ちゃんへのキスはなーし」


「ええ?」


「私がするの。あなたにするの。キスは、あなただけなの」


 あ、まずい。

 これは、おねだりモードだ。


「そ、そうだな。それは了解した。早速、仕事をして帰宅することを約束するよ」


「まあ、素直ね」


 Iカップを揺らして、手を小さく振るひなぎくを三度は、振り返った。

 本当は、天使なのか魔女なのか。

 少なくとも惚れ薬は作れるらしい……。


「明日もこれかよ」

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