Iカップひなぎくの育児にぱにっと

いすみ 静江

I01 プロローグ

 ああ、広縁からみるススキもいいものだと思っていた。

 しかし、夜風が吹き込んできたので、戸をそっと閉める。


「俺は、またもや一人のパパとなったんだな!」


 この部屋にもあるゆりかごには、誰もねんこしていない。

 時折、妻のひなぎくが、俺の所へ赤ちゃんを連れて来るのが楽しみだ。


黒樹くろきゆうよ、がんばったな……。アラフィフでも大丈夫じゃもん」


 俺は、つまりはその……。

 女の子が大好きだ。

 例えミニチュアダックスフンドでもだ。


 こんな俺と結婚してくれた元妻がいた。

 既に二人の大きな子どもを連れていたが、構わん、構わん。

 俺は初婚だったが彼女は三度目の結婚を微笑みで承諾してくれた。

 その後、俺との間にも長男と双子の女の子をもうけてくれてな。

 蓮花れんかかず劉樹りゅうき虹花にじか澄花すみかと、俺を五人の父親にしてくれた。

 しかし、そのママンは、別な人生を求めて去っていったけれども、致し方あるまい。


 俺にとって、新しい伴侶ができた。

 旧姓白咲しろさき、名は可憐なひなぎく。

 実子ではないなど微塵も見せずに、五人の素敵なママになってくれた。

 もう、頭が上がらないどころか、一緒にも眠れない。


「ほんの暫く前までは、ひなぎくは俺をプロフェッサー黒樹としか呼んでくれなかった。しかし、今では、あなた、あなた、あなたとおしとやかにぞっこんだ。ふふふ、シルバーグレイもよかろうよ」


 俺達は、パリで、教授と学生の間柄だったのにな。

 今では、あんなことやこんなこと――つまりは、九十九里くじゅうくりで、白い水着になるまでしてくれる。

 ここへ来るまでが、大変だったのさ。

 数年前、俺達は日本へ帰国した。

 その際、五人の子ども達は内緒で連れて来ちゃったんだが、少々困惑させたかな。

 故郷だと信じていた日本は、びっくり仰天、温泉郷だわ。

 ひなぎくが、アトリエデイジーを一から作り上げて、丁寧に働く姿には、胸を打たれたものだ。

 その傍ら、古民家を五人の子ども達と笑いの絶えない家にしてくれたし、言うことなしだろうよ。

 彼女は、体調を崩したけれども、黒樹家になくてはならない存在となった。

 それもこれも、ひなぎくの優しい明るさじゃもん。


「けれども、一緒のお布団にねんこができないのだ」


 何故だ?

 彼女は、元Eカップ湯けむり美人と呼ばれたものだが――あ、俺だけか?

 今は洗濯物を見て知っている。

 ――Iカップ湯けむりカポーン何て素敵なママになっている!

 振り向き彼女を見てしまったら、子どもに見せられないパパになっちゃう。

 これまでを振り返っていると、自然とゆりかごを自分で揺すっていた。


「ゆらゆら、ぴー。ゆらゆら、ぽー。聞いたか? 静花しずかちゃん。ひなぎくが産んでくれたのだ」


 俺の部屋もある。

 ひなぎくの部屋もある。

 彼女が体を休めるときは、出窓に花を飾った自分のベッドルームでゆっくりとしている。

 ああ、邪魔はしないよ。

 俺からは、一切邪魔はしない。


 ただ、子ども達の各部屋をぐるりと回ってこないと俺達の部屋は遠い。

 その部屋から、愛らしい足音が聞こえるんだ。

 広縁から、俺の部屋の前で止まる。

 お盆を置き、身だしなみを整える衣擦れの音まで聞こえた。


「あなた……」


 ひいいい!

 来た。

 ススキのお化けではない。


「あたたかい、カフェオレお砂糖マックスでもいかがですか?」


「おおおお。ひなぎく。ママちゃんちゃん、ご登場だわな」


 すっと戸を引き、礼をして入る。

 目を離せない赤ちゃんを負ぶって来たようだ。

 俺の文机に、ことりとカフェオレお砂糖マックスを置く。


「あなた、よく眠れますよ」


「それは、いいね。わはは」


 俺の甚平がずりこけた。


「実は、俺、このところよく寝付けないんだ」


 ひなぎくは、どうやら不思議な魅力の持ち主なんだ。

 誰もが、心を開いてしまうのだよ。

 二十歳も離れていても、年の差を感じさせない。


「はやく、うまいこと目を覚ましたいな」


「私が、最高の目覚めを差し上げたいです」


 とっと、隣に肩をあててくる。

 Iカップが揺れて俺の肘を刺激する。


「ひなぎく? ママちゃんちゃん? いやいや、待った、待った」


 このところ、ひなぎくとは、俺の部屋で一緒におねんこしていない。

 ぶちぶち言われても仕方がないよな。

 そう思っているところへ、甘いアプローチだ。

 


「Iカップが! Iカップが、男ってヤツを目覚めさせる! 最高の目覚めって、朝まで待たなくてもいいだろう?」


 いや、特別なことはしないが……。

 ああ、この香り。

 ちょっとふんわりする優しい感じ。

 病弱だったけれども、長い髪を一人で洗えるようになったんだよな。

 ひなぎくから、うちの温泉の香りがする。


 何かな。

 俺、今日も仕事で疲れた感じはする。

 ――どうも、うとうととしてきた。


「あなた……。お布団敷きますね」


 押し入れに行こうとするひなぎくの手をとった。


「……いい。そのままでいてくれ」


 俺は恥ずかしくも懇願してしまった。

 だから、この顔は誰にも見せられない。

 座ったままひなぎくの肩に身をゆだねた。

 

「いつも大切に思っているから――。ひな……」


 すうっと息をしている間に、俺は、うたた寝をしていたようだ。


「ん、んん――」


 今、何時だろう?

 気が付けば、周りが賑やかだ。

 ん?

 俺は、うたた寝を朝までしたのか?

 津軽塗りの文机の前で、ぽいんぽいんのひなぎくと、支え合うようにしていた。

 なにやら、気分がよい。

 

 カチャカチャと食器の音が聞こえる。

 

 朝シャン好きの娘たちが慌ててドライヤーを使っているのも聞こえる。

 おい、長男よ。

 朝から、甘いギターを弾くなよ。


「何だって? Iカップひなぎく!」


「あなた。はい、おっきして」


「俺はバブちゃんではないが」


 最高の目覚めって、何だか分からないけれども――。


 ひなぎくママちゃんちゃんと子ども達に挨拶ができたらいいなと思う。


「おはよう! ひなぎく」


 そして、六人の子ども達へ。


「皆、おはよう!」



 これが、俺の幸せ。

 ――ひなぎくシンドロームの幕開けだった。

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