14 彼が占めるウエイト


 私はベッドで横になりながら、スマートフォンを――いや、正確には彼がくれたストラップをぼんやりと見やる。唇が自然と綻んで。嬉しくて、嬉しくてたまらない。彼には、もらってばかりだなって思う。


 そして私は、どんどん欲張りになっていく。

 今日、息が苦しくなった理由も分かっていた。


 弥生先生に嫉妬したからだ。冬君からしてみたら、お願いされた立場。心配してくれている弥生先生の存在は、本当に有難いと思う。


 でも、と思う。冬君にとって、弥生先生はどれくらいの位置を締めているんだろう。そう考えると、より胸がザワつくのだ。

 あの時の冬君の言葉が、今でもリアルに脳内で再生されて――チクリチクリ胸が痛む。


「みんなも食べたいって思うんじゃないかな? 弥生先生も下河さんのことを気にしていたこともあったけど、お菓子に興味津々だったぞ?」

「そっか……」


 私の胸が疼いた瞬間だった。ワガママだと思う。冬君のことをもっと知りたいし、独り占めしたいと思っている自分がいて。私のワガママは自制が利かなくなっていることを実感する。

 冬君に食べて欲しい――。


「実はスコーン、ちょっと作りすぎちゃって。明日、お昼のデザートを持っていきます? 夏目先生にもお裾分けできるぐらいの量はあるから」

「え? 俺にまで良いの?」

「うん、一番は上川君に食べて欲しいかな。美味しそうに食べてくれる、そんな顔を見ちゃったらね」

「俺、メチャクチャ食い意地はってるみたいじゃん」


 冬君が微笑んでくれて、つられて私も笑った。だって冬君に食べて欲しい。あんな風に「美味しい」って言ってもらえたら、また次も頑張りたい、そう思っちゃう。冬君は私にどんどん魔法をかけていくのだ。時々、彼の笑顔を見ていると、別の意味で呼吸が止まりそうになる。


 欲がどんどん溢れてくる。

 冬君ともっと色々なところに、色々な場所を回ってみたい。彼なら、嫌な顔一つせず私のワガママに付き合ってくれそうな気がするのだ。


 そのためにも頑張らなくちゃ、そう思う。だってそうしている間も、冬君はきっとその優しさで誰かに魔法をかけてしまう。それが弥生先生だったり、他の誰かだったり。


 考えすぎ? 私だってそう思う。でも一度欲張りになるともっと欲しくなってしまう。だから、焦ってしまったんだと思う。

 その感情を悟られまいと、私は深呼吸をした。

 ――と、冬君が私に囁いた。


「大丈夫、一緒にやろう」


 冬君の言葉が、私を鷲掴みにして離さない。私は頷くことしかできなかった。嬉しくて、でもここで感情を爆発させたら、きっとおかしな子って思われてしまう。


「一人でやるんじゃない。無理なら今日はそれでも良い。でも、一人じゃない。頼りないかもしれないけれど、俺と一緒にやろう――」


 だから、そういうことを平気で冬君は言ってしまうから。そんな冬君だから、私に魔法をかけていく。あ、ダメかも。私は自分の感情を抑えきれなかった。できるだけ、抑えようと努めたけれど。


 幸せだって思った。冬君がいてくれる。ただそれだけで。

 でも、胸の奥底で燻るのは変わらなくて。

 冬君のなかでどれぐらいのウエイトを弥生先生が占めているんだろうか。それが頭からこびりついて、離れなかった。




■■■




 呼吸は大丈夫。玄関を出てもやっぱり大丈夫。それは分かりきっている。だって冬君がいるから。

 家の庭から、道路に出て。私は冬君にお願いをしてみた。これは精一杯のムリな背伸びだって分かった上で。


「この近くに公園があるんだけど、そこまで行ってみても良いですか?」


 冬君は、心配そうに私を見た。少し考えて、それから小さく頷く。


「無理だけはするなよ?」


 冬君がすごく心配してくれていることが、伝わってきたから。私はその気持を大事に受け止めるように、小さく頷いて笑顔を見せた。

 もっと冬君の傍に行きたい。冬君の色々な表情を見たい。その一心で。




■■■




 順調に歩みすすめる。冬君は、私を追い越すでもなく遅れるでもなく、一緒に歩んでくれた。この分なら公園まで問題なく行けそうだ。


 と、足音。人影が見えて。最初、それが弥生先生に見えて。胸がしめつけられる想いになった。

 今、冬君とリハビリ中なんです。お願いだから、邪魔をしないで。私の冬君を奪わないで。


 何でだろう。パニックになりながら、そんなことを思っていた。


 それから、その人影は色々と、姿を――顔を――表情を変えていった。

 海崎君も、そのなかにはいたと思う。

 それ以外の保育園時代からの幼馴染たち、それぞれにその顔を変えて。


 を――投げ放って。

 ヤメて、あの言葉を冬君の前で言わないで。


 みんなはまだ我慢できる。諦めたら良いから。私が、我慢をしたらそれで良いから。

 でも冬君だけは――。お願いだから。

 

やっと……ようやく……安心できる人に出会えたの。自分を出しても笑わない人にようやく出会えたの。私が、私のままで良いよって。一緒に歩こうって、傍にいてくれる人にようやく出会えたから。

 お願いだから、冬君を私から奪わないで――。




■■■




 感情の濁流に飲み込まれた私は――呼吸ができなくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る