第18話 縁結びの神様
「さあ、ミコトちゃん。小学校行ってらっしゃい」
「いってきまーす」
「ふふ、ミコトちゃん楽しそう。学校が大好きなのね」
霧子はわたしを見送った。
そしてわたしは家から出て歩く。
引きこもりが外に出るとどうなるか?
引きこもりを卒業して、ただの人になれるのだろうか?
無論そうであるとも。
晴れてより、わたしも引きこもりを卒業したのだ。
前までのわたしは、すでに過ぎ去った過去である。
「ふっふっふっふ」
笑いがこらえられない。
小学校に通えることが嬉しいのだという風に、他の人が見れば想像することだろう。
だとしたら、騙された方(霧子ちゃんとか)が幸せに違いない。
そもそもわたしは20歳の大人だ。
とうに小学校は卒業済み。
そして今、向かう先はそう、ネカフェだ。
そこで引きこもるのが、今のわたしの趣味なのだ。
「いらっしゃいませー」
「6時間」
「あ、子供だけ?」
保険証を見せる。
年齢が分かるはずだ。
「あ、ふーん。すんません」
好奇な視線はもう慣れた。
こんな20歳の大人なんて珍しいのだろう。
う……つらいけど我慢だ……
「お代は○○円です」
「ええとお金お金……あれ……?」
財布の残高が想像より少ない!
やっべ、やらかした。
「はは、後払いって、できますか……」
「無理です」
「子供料金だと入れそうですが……」
「小学校に帰れ常識知らず」
***
「シンプルに黒歴史を作ってしまった」
仕方なく公園にぼんやりするわたし。
人気のない中、ブランコにゆらゆら揺れる。
「はぁ、でもまさか引きこもり辞められるなんて、思ってもみなかった」
わたしは幼少の頃を振り返る。
ひきこもりになる前、小学校の頃の出来事だった。
同級生の悪ガキが、なんとわたしの髪の毛にガムをつけてきたときだ。
どうやっても髪についたガムが取れなくて、思わず『しね』といったのだ。
その時である。
本当にその悪ガキを殺してしまうような錯覚を覚えたのだ。(実際にはなにも起きなかった)
幼い頃にはもう、自分にはとてつもない力が眠っているのだと無意識的に知っていたのだ。
それが発動するのを恐れ、外に出なくなった。
それから引きこもりになった。
こうして長い時間が経って、そんなささやかなきっかけすらど忘れして、こうして今、一般人として暮らしている。
「あの頃のわたし……めっちゃいい子だったんだなぁ」
今のわたしは違う。
考えても見てほしい。
どうして他人が怖いのか?
何をするのか分からないからである。
どんな奴にだって裏の顔があって、自分に罵詈雑言や暴力に出てきてもおかしくない。
「けど、わたしは違う。そうだ、この闇の力さえあればなにも恐れる必要がない!」
くっくっくと笑う。
「そうだとも、どんなやつが相手だろうと殺すことが出来るのだぞわたしは!
幼き日の、か弱いわたしではない! 今のわたしは、誰が誰であろうと容赦なく殺せるのだ!!」
おばちゃんもヤンキーもヤクザも、誰だってわたしの敵じゃあない!
「くっくっく、はははははは!」
超ハイテンション状態のわたしは、羞恥心というものがないのかもしれない。
が、自意識過剰で傲慢なメンタルが、わたしのような引きこもりには必要だったのかもしれない(人によるとは思うけど)
だがそんなテンションは5分と持つはずなく……
「今は10時……あと5時間なにしようか……」
黙って時間を潰すことにした。
***
縁結びの神様の話を思い出す。
週末に会わせてくれる、と春雨と霧子は言ってた。
そんな存在と会ってどうしたいのか、自分にはよくわからなかった。
前世のことなんて全く記憶にない。
だからこそよくわからない。
何で自分は、そんな誰とも分からないやつに会わなきゃいけないんだ! と気が進まないはずなのに。
ドキドキする自分がいる。
待ちわびてる気がする。
会いたい気がする。
抱きしめたい気がする。
そんな気がするのだ。
「……たたり、ちゃん」
声なき声。
耳には聞こえない声が、心に響く。
遠く遠く、大昔に聞いたことのある声だ。
まっすぐ先を見ると、男がいた。
男は数人の子供を連れていた。
男は嬉しそうな目をして、泣きながらこっちに向かってくる。
「あ……」
わたしの肩に、優しい両手が置かれた。
大きな手だった。
わたしの何もかもを、温かく包み込んでくれそうな。
「おぼえてるかい? 俺のこと」
「…………」
覚えてない。
全く覚えてない。
覚えてないけど。
「すけくん……?」
その名前を呼んだ。
いいや、本当の名前じゃないが、愛称として、わたしが名付けた。
スケベな奴だって思ったから。
「ああ、そうだよ。ほんとうに出会えた。出会えたんだ……俺たちは……」
すすり泣く声……でも嬉しそう。
会いたかった。
それはわたしも同じだった。
会いたかった。
会いたかった。 会いたかった。 会いたかった。 会いたかった。 会いたかった。 会いたかった。 会いたかった。
『わたしも あいたかった』
「う、うう……」
抱き合う。
お互いの空いた時間を埋め合うように。
ずっとずっと——
「ねーねー! なんで泣いてるの?」
「——ん?!」
突然話しかけられ、センチメンタルな気分は吹き飛んだ。
周りを見る。
わたしたちは、子供に囲まれていた。
すけくんの横にいた子供たちだった。
「ああ、このおねえさんはね、俺の恋人だった神様の生まれ変わりだよ」
子供をよく見ると、なんだか半透明に見える。
この世のモノじゃないらしい。
「え、まじ!」
「ちっちゃい!」
「きゃー! 縁結びの神様の恋人だって!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ出す。
子供の扱いが分からず内心動揺する。
わたしは目で、すけくんに説明を求めた。
「この子たちは、【生まれてくるはずだった子供】。俺はこの子たちを生んでくれる【つがい】を探してるんだよ」
そういえば春雨霧子の姉弟も同じようなことを言っていた気がする。
「つがい……つまりカップル……?」
「うん。見てもらった方が早いかな。
たとえば……もうすぐここを通ってくるから、しばらく待ってれば分かる」
いう通り待っていると、誰かが来た。
「いっけなーい! 遅刻遅刻!」
食パンを咥えながら走る女子高生だ。
それを見た瞬間、すけくんは呪文を唱えた。
「スキル発動、前方不注意!」
そしてしばらく走っていた女子高生は、なんと明らかに通りすがりであろう男子高校生に突進した。
「いったーい!」
「いてて、どこみてんだ! 馬鹿野ろ——」
「ご、ごめんなさい! け、けがは……」
「っつ……!(か、かわいい)」
二人は顔を赤らめながら見つめ合う。
それを見た、すけくんは言った。
「よし、成功だ」
ナニコレ? 少女漫画のベタな展開?
と思ったのもつかの間だった。
ぴかっ! と子供たちのうちの二人が輝き始めた。
「縁結びの神様、ありがと!」
「あの二人が僕たちのパパとママなんだね!」
「そうだとも、行ってらっしゃい」
「ばいばい!」
「またね!」
その二人は、光の中に溶けて、消えていた。
「こんな風に、将来の独身の運命を変えて、つがいにして子供を産ませるのが、俺の使命」
「お、おおー……神様すげー……」
素直に感心するわたしだった。
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