第13話 「……ありがとう また 会おうね」

 妹との行為は、優しく、甘美な時間だった。


 けど、俺はいかなくちゃいけない。


「また会えますよね?」


 もちろん。そして、後はずっと一緒さ


「しゅう兄さま?」


 ありがとう。


 そして俺は、今いる世界から抜け出した。


***


「ひゃああああああ!!! 助けてくれぇ!!!」


「まさか、あれだけ強力な結界も、式神も全部破られるなんて……!」


「お師匠さまが神隠しに遭われるなどとは……!」


 現世では、坊主たちが阿鼻叫喚している。


 辺りは爆発の跡で、焦げ臭くなっていた。


 それ以上に、穢れが満ち溢れていた。


「こ ろ す」


 タタリちゃんは、残りの坊主を殺そうと迫っている。


 これ以上殺さなくていいんだ! タタリちゃん!


「助くん だめ こいつら 殺さないと」


 あいつらはもう戦う意思は無い。


「助くんを 奪おうとした わたしから 許せない 許せない 殺す 殺す 殺殺殺殺殺」


 圧倒的な殺意


 憎しみが具現化したようだった。


 誰もが恐れ、震えるだろう


 最悪の死をもたらす存在。


 しかし、それでも俺は、そんなタタリちゃんを抱きしめる。


「あ……」


 これまで、守ってくれてありがとう。俺を見つけて、愛してくれてありがとう。


「助くん……」


 けど、もういいんだ。


「え……そんな……いやだ……ずっと一緒が いい」


 俺は美津子とつながることで、タタリちゃんのことを知った――もう、誰かの願いなんて叶えなくていい。誰も殺さなくていい。人の死なんて見なくていいんだ。


「……意味 分からない。 わたしは 願われた。 願われたから その通りにした。 けがれても けがれても どれだけ 世界がけがされても 人間は 願い続けた 人間は 祟り神<わたし>を 求めた。 ただ、それに 応えて あげたかっただけ」


 ……タタリちゃん。本当に美しい願いは、穢れなんて生まない。


 美津子の願いは、穢れを生んだかい?


「……」


***


―—『さあ憎き藤木道秀を殺したまえ』


 新しい願いだ。


 そしてまた、その代償に生贄が死のうとしてる。


 これからわたしは、その男を殺さねばならない。


―—あいたい


 全く別の願いが、聞こえた。


 生贄の少女が願っているのか。


―—最後にまた、しゅう兄さまに、会いたい


 それは、叶えることができない願いだ。


 叶えられる願いは、誰かの命を奪うことだけ。


 それに、この少女はもうすぐ死ぬ。


―—あいた……かった……このきもち 伝え……


 ……


***


「この願いは けがれを 生まなかった」


 ……俺と美津子がまた出会えたのは、タタリちゃんのおかげさ 


「うんん 違う 偶然 ただの 偶然……! そんな願い 叶える力なんて ない! 偶然 わたしが 助くんを見つけただけ! 偶然、助くんが その子の 兄だっただけ それだけ!」


 ああ、分かってる。美津子もタタリちゃんに願ったことを後悔してた。


 タタリちゃんの苦しみを知ったから。


「え……」


 だってタタリちゃんは、本当は人間になりたかった。違うかい?


「……」


 タタリちゃんは、ただ見てるだけの神様を辞めたかった。


 そして人の願いを叶えることで、人に近づきたかったんだ。


 けれども、願いを叶えれば叶えるほど、人から神様扱いされてしまう。


 自分で気づかない苦しみに、一体何十年——何百年耐えてきたんだよ、タタリちゃんは……!


「助、くん……」


 これ以上、誰かの願いを叶える必要なんてない。


 もう十分、タタリちゃんはたくさんのことをしてくれた。


 美津子の願いに触れて、愛情を知って、死に果てていた俺を見つけて、愛してくれた。


 もう俺には、それだけで十分なんだ。


「す……け……く……ん……!」


 タタリちゃんの目から、ぽたぽたと涙がこぼれる。


 タタリちゃん、願いを言ってみて。


「……いやだ……人間には……ならない……! 助くんと、離れ離れに なるから……」


 ああ、分かる。俺だって一緒にいたい。


「いやだ……いやだ……いやだ……いやだ……」


 心配はいらない。なぜなら、また会えるから


「……そう、なの ?」


 俺はこれから、神様になる。


「そんなこと……まさか……」


 この地の——タタリちゃんが残した穢れを取り込めば、こんな亡霊でも神様になれるはずさ


「でも……それだと……穢れ神になってしまう……」


 構わない。


「ただの幽霊じゃ、穢れに 取り込まれる だけ!」


 これでも、そこそこレベルはあるんだ。それに前の村でさ、一緒に縁結びの神様をやったじゃないか。それと同じことをするだけだろ?


「…………」


 タタリちゃん、俺は人間になった君に、会いに行く。絶対に——


「わ た し は——」


―—助くん、ありがとう


「人間に なりたい――――!」


 その願い、俺が必ず叶えてやる――!


 俺は、周囲の穢れを取り込む。


 ぬ、ぐぁああああああああああ!!!!


――レベルアップしました


ーーーーーーーーーーーー

幽霊

レベル54→90

ーーーーーーーーーーーー


 まだまだぁああああああ!!!!


 勢いそのままに、穢れを取り込み続ける。


――レベルアップしました


ーーーーーーーーーーーー

幽霊

レベル90→99

ーーーーーーーーーーーー


 瞬間、膝が折れ、倒れこむ。


 苦痛で全身が支配される。


 ぐぅううううううううああああああああああ!!!


「これ以上 助くん 限界——!」


 それでも、それでも俺は


 ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!


――限界突破しました


 聞きなれない言葉が脳裏に流れる。


――レベルアップしました


ーーーーーーーーーーーー

幽霊

レベル99→5000

ーーーーーーーーーーーー


 壁を超えたか、と一瞬考える。


 しかし、まだ神様に至らないどころか、まだまだ大量の穢れが残ったままだった。


 くそ! くそ!! まだか?? まだ終わらないのか??


 ……いや、この程度で終わってたまるか!!


 終わるもんかぁああああ!!!


 その瞬間、意識が飛ぶ


***


「しゅう兄さま」


 美津子


「わたしを、愛してくれてありがとうございます。ましてや、ずっと一緒にいてくださるなんて……うれしい」


 ああ、俺もうれしい。


「でもしゅう兄さまは、祟り神さま――タタリちゃんが好きなのですよね」


 ああ。でもお前も好きだぞ


「あら、二股はいけませんわよ」


 家族は別さ


「ふふ! しゅう兄さまったら……」


 美津子のことも、タタリちゃんのことも、俺はずっと愛する。人間辞めたって、そこは変わらないさ。


「しゅう兄さまなら、きっと、出来ます。だって、わたし愛した……わたしのお兄ちゃんなんですもの!」


 うん。


「出会えて、幸せでした」


***


――レベルアップしました


―—幽霊から、穢れ神にクラスアップしました


ーーーーーーーーーーーー

穢れ神

レベル5000→9999

ーーーーーーーーーーーー


 ギャアアアアアアアアォオオオオオオオオオオオ


 GYAAAAAAAAAA


 あああああああああああああああああああ


 穢れを飲み込む。


 穢れを飲み込み続ける。


 肉体の限界が無くなった。


 無限の胃袋に、この地の穢れを貪り食う。


 喰らい尽くせ


 喰らい尽くせ


 タタリちゃんの罪も、人間の罪も、すべて


――レベルアップしました


ーーーーーーーーーーーー

穢れ神

レベル9999→<エンドレスナイン>9999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999・・・

ーーーーーーーーーーーー


 すべての穢れを喰らい尽くした。


 俺の意識と肉体とに、すべて溶け込んでいた。


 ただの幽霊が、神の器を手に入れた。


 しかし、神の器は穢れに満ち溢れていた。


 俺個人の意識は、闇の中の、奥底で、沈んでいた。


「……助くん……必ず 戻ってきて 穢れ神に ならないで」


***


―—あなたはだあれ?


―—あなたはだあれ?


 俺はタタリちゃんの彼氏だ。


―—ふぇえ、そうなんだ


―—いいなぁ、ぼくも好きな人ほしいなぁ


 君たちは……?


―—わたしは穢れ


―—ぼくは、生まれてくるはずだった、すべての子ども達


 そうか。君たちが……


―—わたしは、生きてる人間が憎い


―—ぼくは、生きてる人間が羨ましい


 ……


―—ねえあなた。わたし達に自由を与えてくれないかしら


―—ただの穢れだった僕たちが、神様の体を自由に出来るんだ。


―—好きなだけ復讐させてよ。もう二度と神様を利用させないためには、神様が人間を懲らしめるしかないんだ


――ぼくたちの苦しみを、思い知らせないと気が済まないんだ。


 ……チョップ


 ぽか、ぽか、と二人の子供を軽くたたく。


―—いた!


―—何するんだ!


 普通の子供はな、悪いことすればこんな風に叱られるんだ。


―—そうなの?


―—へぇそうなんだ


 お前たちに必要なのは自由じゃない。愛情さ


―—愛情?


―—愛情って、なに?


 ええとだな……愛情ってのは……そう! 可愛がるってことだ!


―—可愛がる?


 お前たちは可愛いなぁ、よしよし


―—えへへ、頭撫でられる嬉しいなぁ


―—撫でられるだけで、こんなにうれしい気持ちになるんだ……


 ああ、俺がお前たちに、愛情を教えてやる。


―—え、でも


―—ぼくたち、本当はもっともっとたくさんいるんだよ


 それでもだ。俺がこれから何十年、何百年かかっても、お前たち全員を可愛がってやる。


―—……


―—……


 お前たちを、穢れなんかにさせない。


 そして、俺がこれ以上穢れを増やさせない!


 俺は新しい神様として、お前たちに新しい縁<えにし>を与えてやる!


 ……どうだ? 悪くないかい?


―—わたしたちは、もう、泣かなくていいの?


―—ぼくたちは、もう、寂しくないの?


 ああ。もちろんだ。


―—……ひぐっ、うぇええええん


――うわぁああああん!


 俺は、うれし泣きする子供たちを抱きしめるのだった。


***


―—穢れ神から、縁結びの神にクラスアップしました


ーーーーーーーーーーーー

縁結びの神

レベル1

ーーーーーーーーーーーー


 ありがとう、タタリちゃん。


「助くん……やったね……」


 すべての穢れを取り込み、それでいてなお、自分の意識がある。


 もう、痛みも苦しみも無い。


「信じて よかった 愛して よかった」


 俺もだ。タタリちゃんが居てくれたから、ここまでこれたんだ。


「よく見せて 顔とか」


 ああ。好きなだけ生まれ変わった姿を見てくれ。


「かっこいい すごく すき 好き スキ」


 照れるね


「ちゅ……えへへ 接吻しちゃった ダメ?」


 好きなだけいいぞ


「ん~~ちゅ、ちゅ! えへへ 助くんも いいよ」


 俺もタタリちゃんの姿をよく見る。


 黒髪の長髪、白い肌に、白い着物姿。


 誰よりも美しい少女だった。


「着物の下も 見る?」


 見たい!


「ふふふふふ 助くんは スケベ なんだから」


 わははは……お互いこうするのも久しぶりな気がする


「そうかも でも これからも ずっと」


 いいや、俺はタタリちゃんの願いを叶えたいから


「うん 分かった……ありがとう また 会おうね」


 ああ、また会おう。


 スキル発動——森羅万象・輪廻転生


 タタリちゃんの体は、光に溶ける。


 これから長い時間の中で、人間へと生まれ変わる。


―—ああ、笑った後だから、ちょっぴり寂しいな……


 こうして俺は神様に。


 タタリちゃんは人間に。


 でもまた必ず巡り会える。


 縁結びの神様である俺がいうのだから、間違いないのだから。







~~~

ここまで読んでいただき光栄です!

★やレビュー、感想くれると励みになります!

~~~



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る