第12話 「い な く な る」

「こ ろ す」


 現世にて、祟り神は邪悪な僧侶と相対していた。


(何故、祟り神様は、あの亡霊をかばった? いや、考えるのは後じゃ。何とかせねば、ワシが殺される!)


「申し訳ございません祟り神様。ワシの法術を喰らわせてしまうことになるとは……」


「お ま え は」


(説得は無理か)


 このままではまずい、と僧侶は悟る。


「ならば荒療治じゃ――オン アロリキエイ チリベイ ソワカ!」


「お師匠様、一体なんの術を……ふぐぅ!」


「命を引き換えに霊体の動きを止める術じゃ。

 お前さんには誰よりも立派な戒名を与えてやるからぁ、心配するでない」


「そんなのあんまりだぁ――ぐぁああ」


 弟子だった坊主の四肢がはじけ飛ぶのと同時に、祟り神に術がかけられる。


 祟り神の全身が、縄で縛られる。


 そして5重の結界で、祟り神を覆う。


「いでよ式神!」


 神様であろうとも身動き出来ないほどの法術に加え、数百枚の札を周囲に展開させる。


 例え結界が破られたとしても、大量の札が自動的に、自爆特攻する仕掛けになっている。


「これで後は様子見じゃな。しばらくすれば怒りも静まろうて」


 僧侶は祟り神を観察する。


「はは、全く。おなごの見た目で、怖い怖い! ま、ワシが生きてる間はしっかりと働いてもらわんとなぁ、ははは」


 僧侶は笑う。


 僧侶にとって自分以外の存在は、ただのモノに過ぎない。


 俗物の化身のような男だった。


 がしかし


「も う」


「ははははは――ん?」


「い な く な る」


 その瞬間、僧侶の存在は世界から消されたのだった。


***


 どこからともなく、子供の声が聞こえる。


「なんじゃ、ここは?」


 分からない


 分かるのは、無限の闇しか見えないという事だ。


 そして、子供の無邪気な声だけが聞こえてくる。


「ええい!! 何者じゃ!! 答えよ!!」


 くすくすと、笑われる。


「ガキが……!」


―—わたしは、穢れ


―—ぼくは、穢れ


「穢れじゃと? 嘘をつくな!」


―—わー! 怒った怒った!


―—嘘ついてないのに!


「穢れなぞ、祟り神がまき散らしとる汚物じゃないか! ただの無意味なだけのモノに過ぎん!」


―—汚物って何?


―—汚物って何? きゃはは!


 僧侶は声を無視して、移動してみる。


 が、どれだけ進んでも闇の中。


 どこに何があるかもわからない。


 法術も使えない。


「誰か!! ほかに誰かおらぬか!!」


 声の限り叫んでも、子供の声しか返ってこない。


―—ねえ、おじいさん……穢れって知ってる


「……なんじゃ、穢れとは」


―—この世界のあるべき姿との、【歪み】そのもののことだよ


「歪み——?」


―—わたしはね、本当は生まれてたはずなんだよ


―—ぼくもね、本当は生まれてたはずなんだよ


「生まれていた……じゃと……? そんな、まさか……」


 本来、生まれていたはずの生命。


 しかし、誕生することはなく、誰からも祝福されなかった生命。


―—神様が、本当は死ぬはずじゃなかった父ちゃん母ちゃんを殺したから


―—神様に、誰か殺してほしいなんて願った人が居たから


―—わたしたちはね、本当は生まれてくるはずだった子供だったの


―—けれど生まれてこなかったから、僕たちは穢れになるしかなかったんだ


 僧侶を覆っていた闇が晴れる。


 そこにいたのは、子供、子供、子供、子供、子供、子供。


 無数に連なる、子供たち。


「祟り神のせいで、生まれなかった子供たちだというのか……これが……すべて……」


 僧侶は、今になって己の罪の大きさに気づく。


―—祟り神のせいじゃない


―—お前のせいだよ


―—最初から神様の手なんて借りなければ良かったのに


―—自分の手を汚したくなかったってこと? 馬鹿?


 子供たちは、霧散し、僧侶の前から消える。


「まってくれ! ワシを置いていくな!!」


―—さよなら


―—ばいばい


「待て!! 待ってくれぇえええ!!!」


 神様は何もできない。


 もし、何かをすれば、世界の理が狂ってしまう。


 あるべきものは無く、そして無いべきものがあることになる。


 穢れとは、世界の歪みそのものだ。


 そして穢れは世界の歪みである以上、そう簡単に消えることは無い。


 この僧侶は最低でも、現代に至る約500年間、己の罪を悔いながら無の中で過ごすことになる。


 そしておそらく、人類そのものが絶滅する日まで、この僧侶は罰を受け続けるのである。



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