第11話 人の願いを叶える力

 神様は何もしない


 神様はそこにいるだけ


 山の奥の滝の下に、神様はいた


——……


 自然の中で暮らす獣たちと、虫ケラたちと、変わる景色を見ながら、ただ悠久の時を過ごす


 いつの間にか存在していただけの存在


 それが神様だった


 しかしある時、近くに人の集落ができた。


 人は狩を行い、農業を行い、祭りを行った。


 神様はただじっと、それを見ているだけだった。


 不思議な生き物だとは思いつつも、ただそれを受け入れていた。


 しかしある時、争いが起こった。


「盗賊が来たぞぉおお!! みんなにげろぉおお!!」


 集落は襲撃され、たくさんの人が殺されることになる。


 数少ない生き残りは、神様がいる滝の上に逃げ延びた。


 満月の光と、集落から燃え上がる火のせいで、夜でも明るかった。


「うわぁああん!」


「みんな……殺されちまっただ」


 数人の女・子供・老人


 集落は燃やされ、帰る場所はなく、盗賊に見つかれば殺される状況だった。


 神様はこの者たちを哀れに思うが、何もすることはなかった。


「……おとん、おかん」


 小さな声で呟く少女。


 目の前で両親を殺され、放心状態だった。


 ほんの少しだけ休んでた生き残り達だったが、一人が突然声を出す。


「まずい」


「まずいって何が」


「坂の下からこっちに向かって、松明の火が登ってきてる。盗賊がオラたちの足跡を見つけたかもしれん」


「もうこれ以上逃げられねえよ! どうすんだ!?」


 皆、怪我人ばかりだった。


 走って逃げれる者は一握りだけ。


 全員が逃げ切る方法など、到底考えられなかった。


「もう捕まって、奴隷になるしか」


「うちは奴隷なんてなりたくねぇ! 殺された方がましよ」


 段々と盗賊が迫ってる。


 それでもなお、言い争いが始まろうとしていた


 しかし


「神様に殺してもらいましょう」


 放心していた少女が、突然、覇気のこもった声で、全員を黙らせた。


「この地に住んでいる神様に頼んで、あの山賊たちを殺してもらうのです。

 ……それでみんな助かります」


「はぁ……そんなことできるわけなか」


「わたしが生贄になります。命を捧げて願えば、神様は必ず応えてくれます」


 根拠も理屈も通らない子供の戯言。


 しかし、両親を殺された少女の怒りと執念だけは本物だ


「皆様、これまでわたしのことを可愛がってくれてありがとうございます。

 わたしが居なくなった後でも、どうか健やかにお過ごしください」


 少女は、ボロボロに汚れた着物を脱ぎ去る。


 日で焼けた跡がある幼い肌。


 清らかさを感じさせる。


 皆が見守る中、少女は崖の上に立つ。


 下には滝壺。


 神様のいる場所だ。


「神様、どうかお願いします! どうかオトンとオカンを殺した奴らを殺してください!! わたしの命を捧げます!!」


 神様は思う。


——何をしろと?


 人間が何を願おうが、神様は何もしない。


——何もできない


 人を殺すことも出来なければ、人を救うことだって出来ないのが神様だ。


 そして少女は崖から飛び降り、滝壺の水面の下に沈んでいった。


 神様は少女の顔を見た。


 虚(うつろ)な眼だった。


 体より先に、心が死んでいたのだ。


 口からブクブクと泡が出た。


 引き上げられれば、命だけは助かるだろう。


 しかし、神様は何も出来ない。


 この時、神様は思っていた。


——わたしは……何を……見ているんだろう……なんでこんなものを見せられているんだろう


 神様には目を閉じるための瞼がない。


 ずっと、目の前の少女が苦しみ死んでいく姿を見ているだけだった。


***


「全くこんな所に逃げやがって、残りはてめえらだけか??」


「地獄に堕ちろ! 盗賊めぇ!」


「地獄にいくのはテメェらだろバーカ。俺様に逆らわなきゃ、苦しまずに済んだのに……ん?」


 盗賊のカシラは、上を向いた。


 雨が降ってきたことに気づいたからだ。


 満月は雲に隠れ、少しだけ周囲が暗くなる。


「ちっ、じゃあさっさとこいつらを始末して」


 ズドォオオオオン


 とてつもない地響きと、輝き。


 全員がとっさに顔を伏せた。


「なんじゃ?? ヒィ!!」


 盗賊のカシラはが倒れている。


 そして誰が見ても明らかに、絶命していた。


「お……オカシラ……?」


 盗賊のカシラはなんと、雷に打たれていた。


 目の前の光景に、言葉が出ない盗賊達。


「オカシラが、やられちまったぁああああ!!」


 盗賊の手下達は、一目散に逃げ出す。


「これは……もしかして本当に……」


 段々と強くなる雨。


 この雨による土砂崩れによって、盗賊の残党は山を降りる前に死ぬことになる。


「神様のおかげじゃ、神様があの子の願いを叶えてくれたんじゃ」


***


――違う


 神様は否定しました。


――違う


 神様は何もやっていなかったのです。


――違う


 神様は人間の願いなど叶えません。


 盗賊を殺したのは、単なる偶然。


 偶然、あの時雨が降っただけ


 偶然、あの人間の上に雷が落ちただけ


 偶然、土砂崩れが起こっただけ


 神様は本当に何もしていませんでした。


 けど、そんな偶然を、人間は信じません。


「この山にはな、神様がおる。

 滝壺に生贄を捧げれば、どんな人間だって殺してしまう祟りの神さまがおる」


 人々は神様を祀り上げました。


 ○○を殺してほしいと願い。


 滝壺に生贄を捧げました。


 何回も何回も


 そして神様は、変わってしまった。


―—わたしは……人に願われ……求められている


―—今なら……出来る


―—人の願いを叶えるための……力が……ある


―—願いのままに、この世界の誰かを……死なせる力が……ある


 そして神様は、人間の願いを叶える存在——祟り神になったのです。







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