第6話 ランカスター寄宿学校にて、朝

「エルトゥールさま、エルトゥールさま、起きていらっしゃいますか?」


 ドアをコンコン、と叩かれる音で目が覚めた。

 しきりと名前を呼ばれている。

 一瞬、自分がどこにいるかわからなかった。

 天井を見て、部屋の中に視線をすべらせて、跳ね起きる。寮の自室。


(学校、初日!)


「エルトゥールさま!」

「はい、起きました! ごめん、レベッカだよね!? 寝過ごした!?」


 エルトゥールがベッドの脇に置いてあったブーツを履き込みながらドアに向かって叫ぶ。すぐに、「大丈夫です!」という返答。


「いま開けるから少し待って!」


 寝間着を脱いで頭から抜き取り、ベッドに投げ出す。部屋を横切り、ハンガーにかけていた制服のジャケットを手にして袖を通し、前身ごろのボタンをしめ、プリーツスカートを履いた。

 久しぶりの、女性用の服装。学校では、女性として過ごすことになる。

 髪は、船旅に出る前に切ったので短く、肩の上。ところどころ跳ねているが、構っていられない。

 ドアの鍵を外して開け放つ。


「おはようございます。朝食の時間がもうすぐ終わります、急ぎましょう、エルトゥールさま」


 同じ制服姿で、波打つ黒髪をピンク色のリボンで結い上げた小柄な少女が微笑んでいた。


「レベッカ、おはよう。昨日なかなか寝付けなくて。迎えにきてくれて、ありがとう!」


 がちゃがちゃと忙しなくドアに鍵をかけて、廊下を並んで歩き出す。


「仕方がないと思います。父もあの性格なので、言い出したらきかないところがありまして。まさか、姫様が到着したその日に即仕事だなんて」

「レベッカ」


 数名の女子学生とすれ違う。「仕事」という言葉を聞かれぬよう、エルトゥールは小さな声で制してやり過ごす。

 それから、レベッカににこりと笑いかけた。


 おっとりとしてお嬢様然としたレベッカは、ティム商会のブラッドリー氏の娘。全寮制のランカスター寄宿学校に籍があり、寮ではエルトゥールの隣室。実質、学校内での世話係。

 前日、商会までエルトゥールを迎えにきたところ「カフェ・シェラザード」にすでに向かったと聞いて、慌てて追いかけてきてくれたのだ。

 食事をしていたエルトゥールを見つけて、最後のデザートを一緒に食べてから寮へと帰り、そのまま二人で荷ほどきをして一日を終えた。


「昨日食べたデザート美味しかったよねえ……、オーブンで焼いたプディング。料理も全部美味しかった。船旅の間に、王宮とは違う食生活に慣れたつもりだったけど。久々にものすごく美味しいって感じて、シェラザードの料理には感動しちゃった」


 前日、アルが次々と運んできてくれた料理を思い出しながらエルトゥールが言えば、レベッカは「それはそうですけど……」と濁した口調で答えた。


「姫様が働く場所としては、騒がし過ぎるように思います。何事もなければ良いのですが」

「大丈夫、その為に『男性』として働くわけだし。女に見えないってブラッドリーさんにも保証されているから、いけると思う」

「ああもう、父が何かとすみません……」


 溜息。

 我が事のように申し訳なさそうにするレベッカの気遣いに「大丈夫だよ」と言っている間に、食堂に到着。

 女子寮と男子寮の中間。

 朝食の時間も終盤の為、席はまばらに空いていたが、そこかしこに談笑している男女グループの姿があった。


「食事は各自、お盆に食べられる量をのせてきて、テーブルに運んで食べます」


 レベッカの説明を聞きながら、料理の大皿が並んだカウンターに向かおうとしたところで、エルトゥールは(あれ?)と違和感を覚えて足を止める。

 誰かが背後で話している。その声に聞き覚えがあり、知り合いなんかいないはず、と不思議に思いながら振り返った。


「だからそれは違うっていっているだろ、マクシミリアン」

「誤魔化すのはやめてください、殿下」

「朝からうるさい男たちだ」


 耳に飛び込んできた声。

 背の高い三人の生徒が、話しながら目の前を通り過ぎる。


 銀色っぽい髪に眼鏡の少年、その横に黒髪の少年と、長い金髪を背に流した女生徒。

 黒髪の少年が、ふと視線を向けてきた。目が合った瞬間、あ、とエルトゥールは息をのむ。


(アル!?)


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