第1話 盛山知恵子はユニット名

 「文殊高校探偵部」


 少しきたない字ででかでかと書かれた看板は、南校舎4階の今は殆ど使われていない多目的室の入り口に立てかけられた。

 私は成り行きでそこの部員として活動することになったのだが、今更になって断らなかったことを少し後悔していた。

 転校初日から人助けをしたつもりが、まさかその相手からスカウトされてしまうなんて。


 「さて、活動を開始するわよ!」


 しーんとした空気が流れる。

 やる気に満ち満ちた部長の平山灯里の声は虚しく2人だけの空間に木霊するばかりだ。

 そもそも、誰もが授業から解放されて自分のやりたいことに勤しむ慌ただしい放課後に、無名で立地の悪い探偵事務所へとわざわざ足を運ぶ者などいるはずもない。


 「あーっ、何で誰も来ないのよ!前田に描かせた探偵部のチラシも配りまくったのにぃ」


 灯里は探偵に憧れて推理小説を読みまくっているらしいが、その割には推理力が全くと言っていいほど育っていない。

 開設したばかりでまだ何の実績もないのに、いきなり大忙しになるわけがないということすら予想できないのだから。


 「ねえ、平山さん」

 「何?」

 「依頼箱を作って目立つところに置かせてもらうのはどうかしら?」

 「な、成程ね。わ、私もちょうど考えてたところよ」


 如何なる時も動揺せずに振る舞う余裕さがなければ、名探偵とは言えない。彼女にはそれが欠如しているようだが……


 「毎日放課後に依頼箱を確認して、何も入っていなければその日の活動はお休み。入っていれば解決に向けて動く。これでどうかしら?」

 「さすがは我が探偵部一の優秀な名探偵ね」

 「それじゃあ、今日の活動内容は依頼箱の設置ということで。私は先生に許可を取りに行くから、平山さんは前田君と箱を作っといて」

 「あ、ちょっと待って!」


 私は足早に多目的室を立ち去った。いや、逃げ切った。

 

 「ちょっと、チカ!いいのかよ?」


 脳内に聞き慣れたもう1人の私の声が響き渡る。

 

 「いいのよ、エリ。彼女、部活の看板みたいな小道具を作るの好きそうだし、美術部の前田君と共作すればマシな箱が完成するでしょう」

 「私らだってコハルがいれば素晴らしい作品が作れるじゃんか?」

 「興味ない」

 「相変わらずバッサリだな、コハルは」

 

 彼女たちは"盛山知恵子"という器を私と共有する第二と第三の人格であり、こういった脳内会話は私にとって日常茶飯事だ。

 いや、厳密には誰が第一で誰が第二とかそういう序列のようなものは存在しないのだが。

 私たちは、基本的には曜日ごとに主人格を交代するルールを作ってそれに則りながら生活している。 

 ただ、コハルは傍観が好きという理由で表に出たがらないので、実質エリと私が1日交代で体を動かしているのが現状だ。

 そして、今日のユニット"盛山知恵子"のリーダーは私、チカというわけだ。


 「さて、顧問は確か暮地大五郎先生だったかしら」


 職員室を訪ねると、数学の教科書と睨めっこをしながら頭を抱える暮地先生がいた。

 上からバツで消された手書きの問題文や図形が書かれた紙がデスクの上に散乱しており、状況から察するに今度の中間考査で出題する最後の問題の難易度調整に手こずっているようだった。


 「暮地先生、お忙しいところすみません。ご相談があるのですが」

 「君は確か、探偵部の……もしかして、部活動についての相談かい?」

 「ええ」

 「悪いが、部活動について僕たちが権限を有するのは開設と廃部の認可のみ。活動の具体の内容について判断する実権は生徒自治会に委ねているんだ。何か新しいことがしたいという許可なら会長を当たってくれ」


 私は門前払いをされ、職員室を後にした。

 暮地先生は新設された探偵部以外にも演劇部と軽音楽部の顧問を兼任している。

 その他の部活動も顧問の役割を少数の教員で掛け持ちしているという実態から何となく勘付いてはいたけれど、この学校では勉強以外の活動について教師陣は最小限にしか干渉しない風土があるようだ。

 府内有数の進学校だが、公立故に私立ほど人件費をかけられない。そんな中で、生徒自治会に大きな権限を持たせることは、教員が進学に向けた教育のみに専念し、さらに生徒の自主性を高めるという視点で考えれば理にかなっていると言える。


 「あ、生徒会長の名前を聞き忘れちゃった」

 「何やってんのよ、チカ!」

 

 灯里からは愛読書盗難事件の解決以降、名探偵として一目置かれているけれど、私もエリもコハルも天才とは程遠い凡人だ。

 ただ、三人寄れば文殊の知恵という諺があるように、常に三人分の知恵を出し合うことができるからこそ周囲には頭脳明晰に見えているだけなのだ。

 肉体を独り占めできないということがデメリットなら、常時文殊の知恵を絞り出せるということが盛山知恵子という人物のメリットなのだろう。

 

 「でも、それだけの権力を持つ生徒会長なら私みたいな転校生でもない限り知ってるはず。灯里に聞いてみよう」

 「それもそうだな。美術部へ行こう!」


 私たちは灯里と前田が今頃依頼箱作りをしているであろう美術室へと向かった。

 

 「おーい、盛山さん!」


 北校舎への渡り廊下を歩いていると、向かいから派手な箱状の芸術作品を抱えた元気な少女が走ってきた。

 その後ろからヘトヘトになりながらも絵の具で手を汚した美術少年がついて来ている。


 「先生じゃダメだったでしょ?で、生徒会長の許可はとれたの?」

 「平山さん、この学校の生徒会長が誰でどこにいるのかわかるかしら?」

 「え?知らないの?盛山さんでも知らないことあるんだ」

 「知らないことくらいあるわよ。だから、教えて頂戴」

 「ふうん。わかった」


 彼女は何だか勿体ぶったように含み笑いをしながら私の知りたい名前を口に出した。


 「現生徒会長は3年2組の桜塚風花よ。彼女ならきっとまだ生徒会室にいるはず。向かいましょう」

 「その必要ならないわ」


 すぐ後ろに気配を感じて振り向くと、そこには眼鏡の似合う知的美女が腕組みをして立っていた。


 「もしかして、あなたが……」

 「初めまして、転校生さん。そして、貴方達3人が新設された探偵部の面々ね。私が生徒会長の桜塚風花よ。よろしくね」


 にこやかな表情をしているにも関わらず、抑揚のない声で名乗る彼女は笑っているように見えなかった。まるで、"探偵部のことをよく思っていない"と顔に書いてあるように思えるくらいだ。

 

 「その箱、随分と奇抜なデザインね。校内のどこかに置くつもりかしら?」


 涼しげな視線の先には灯里の脳内にあるイメージを前田が具現化した極彩色の依頼箱があった。


 「か、会長!私たち探偵部はこの依頼箱で全校生徒の困り事を把握して、解決に導きたいんです。だから、部室でもいいので置かせてください!」


 ここは部長らしく堂々と申し出た……と思ったら、会長の発する威圧感に押されて発言の後半から弱気になってしまっている。

 誰も足を運ばない南校舎4階の部室の前に置いたところで何も変わらないではないか。


 「あの……」

 「いいわよ。でも、置く場所はもっと目立つ場所じゃなきゃね」


 目立つ場所に置かせて欲しいと訂正しようと思ったら、意外にも会長側が変更を提案してくれた。

 

 「そうだ。自習室前に設置してある生徒会の意見箱の隣に置くのはどうかしら?毎週たくさんの意見が寄せられる私たちの箱の真横にあれば、その恩恵に少しは肖れるんじゃないかしら?」


 これは後から知ったことだが、文殊高校の生徒会は、校則作りやイベントの運営だけでなく学校内における困り事の把握や解決にも積極的に取り組んでいるらしい。

 私たち探偵部の活動は彼女たちの活動範囲と重複する部分もあり、依頼箱の設置は生徒会に喧嘩を売るも同然の行為だったのだ。


 「ただし、設置期間を保証するのは一ヶ月のみ!もし実績が何も残せないようなら生徒会権限で撤去させてもらうわ。我が校の探偵さんたち、お手並み拝見させてもらうわよ」


 最後にそう言い残し、彼女は生徒会室の方向へと立ち去った。


 「どうしよう、あの桜塚会長に喧嘩を売っちゃったかも」

 「何弱気なこと言ってるの?灯里、あんたそれでも部長なの?」


 ここでエリが私を押しのけて出てきてしまった。


 「一度勝負に乗ったからにはタダじゃ降りない!生徒会の意見箱の方が不要になるくらい活躍して名を上げようじゃんか!」

 「も、盛山さん?何だかキャラが違うような……」

 「気にしないで。今から探偵部最高コールをするよ!手を乗せて」


 突然人格が変わった私に戸惑う灯里と会長登場以降もはや存在が空気と化している前田だったが、2人とも私の勢いに押されて差し出した知恵子の右手の上に掌を重ねた。


 「私に続けてオーって言ってね。いくよ!文殊高校探偵部、最高っ!」

 「オーッ!」


 校舎内に響く3人の掛け声ーーもう後には引けない。私たちは探偵としてこの学校で生きていくことを改めて決意したのだった。

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