③ゲッコー編



 「ファンタジー系2 ③ゲッコー編(最終話)」


             堀川士朗



最初は一羽だけだった。

やがて王立公園めがけて無数の赤いカラスが集まって来た。

彼らはけたたましく鳴く事はない。

ただただ誇り高き姿で木々に佇んでいる。

朝まだき。

静謐(せいひつ)。

無数の赤いカラスたちはリーダーである一羽を先頭に王立公園上空を美しく優雅に旋回し、渦を巻く。



フジエィダ市長は下町バザール市内に緊急放送を流した。


「本日、赤ガラス掃討作戦を実施致します。ペザミテの刻(午前10時)からミセラの刻(午後9時)までの間は家の窓を絶対に閉めておいて下さい。不要不急の外出は決してしないで下さい。ステイホーム。ゴーホーム。ゴートゥーホーム。ヤンキーゴートゥーステイホーム。この殺鳥剤は効果絶大ですので、外に出ていると人間も余裕で簡単に泡を噴いて死にます。泡を噴いて。全ては憎き赤いカラスを全滅させるためです。市民の皆さん力を貸して下さい!赤いカラスは環境に悪い、環境に悪いのです!ステイホーム、ゴートゥホーム。ゴートゥヘル、赤ガラス!」


ペザミテの刻(午前10時)。

へーカップ王立公園。

人っ子一人いない。

告知通り、殺鳥剤の空中散布が開始された。

全長780パルカ(約80メートル)の超巨大カラス、軍用輸送鳥グロイデルを使って。

要するに役に立つカラスは殺さない。愛車のボンネットにフンを垂らしてくような役立たずの馬鹿ガラスは殺す、フジエィダの言いたい事は、ただそれだけのシンプルな話だった。

王立公園を根城にする奴ら赤ガラスを一網打尽にする。

そんな、彼の歪んだ熱意と狂気の施策はもう誰にも止められなかった。



ガスがもうもうと立ち込めている市内。

ガスマスクをしてマイクじいの事務所に行くタモツ。


「マイクじい。今回渡された情報と違った。敵は強かった。ゾイグゾイグは強力過ぎるほどのボディガードを雇っていたよ。エンリケ星人のすごい奴さ。オネータン・ジョン。マイクじいも知っているだろう?奴さ。ミュノリも、ミュノリもさらわれてしまった……。マイクじい、もし僕を裏切ったらあんた相手でも能力を使うぜ」

「う……。な、何、考えるなそんな事は」

「うん。今は」

「そうだゲインたぬきの話を聞かしてやろうか。山の中に“ゲインたぬき”というたぬきがいた。ゲインはひとりぼっちだったが、村の畑を掘り散らかしたり、イモをかじりとったり、たいそういたずら好きなたぬきだったそうな。ある日の朝、ゲインたぬきは川で網を張って魚を取っているショスタコビッチ三郎太を見て…」

「いい。いらないよゲインたぬきなんかの話は。マイクじい。ショスタコビッチ三郎太なんて今はどうだっていいんだ!僕は今簡単に感動話で号泣とかしてしまうからそういうウェッティーでソフトリーでポエトリーな話はいらないんだ。ノーセンキューだよ」

「そうか」

「とにかく僕は今夜、王立公園の噴水前に行くよ。ミュノリを助けなきゃ。それまでこのソファで眠る。頭を休ませる。僕のアパートのしあわせハイツ、今ボロボロだから」

「ああ……ゆっくり休め。ペダチーズをたくさん食っておけ。脳に良いからな」

「うん。ああそれと。アパムの奴を呼んでおいてくれないか」



タモツは夢を見た。


たった一羽だけ生き残ったまだこどもの赤ガラスになっている夢だ。

この間、お弁当のウインナーを与えてやったカラスみたいだ。

高い空を飛んでいる。

上空から、死んだ仲間のカラスたちを眺めている。

独りぼっちだ。

みんな死んでしまった。

悲しくはなかった。

悲しむよりも前に、やるべき事があった……。



ミセラの刻(午後9時)。

もうその頃には王立公園に放たれた毒は消えていた。

家族の全てを失った一羽のこどもの赤ガラスがある屋敷の上空をぐるぐると旋回していた。

やがてそのカラスは一直線にバルコニーへと降下していった。

その速度は異常だった。

赤いカラスのくちばしが屋敷のバルコニーで勝利の美酒に酔い痴れていたフジエィダの心臓を鋭く貫いた。

赤ガラスは一撃を加えた後で階下に停めてあるフジエィダの愛車「轟音」のボンネットにフンを落とし、夜の闇に消えた。

フジエィダはバルコニーに敷かれたタペストリーの上に仰向けになって倒れた。

即死だった。

だが、フジエィダの顔には、どこかしら達成感のある気味の悪い笑みが張り付いていた。

いくら高級なスーツを着ていても抗えない、この人間の醜い本質を如実に表していた。



ヤトゥパの刻(午前1時)。

王立公園噴水前。

オネータン・ジョンは先に到着していた。

少し遅れてタモツとアパムがやって来た。

アパムは最初からあまりやる気がなかった。

オネータン・ジョンの実力と残忍さは傭兵稼業界隈でも、もっぱらの噂だ。

正直、分が悪い。


「約束守って来たな、タモツ。この通りお前のママンは連れて来たぜ。あ、そうだった。この女が持ってた現金30,000ペセタ。あれは俺がありがたく貰ってやったから感謝しな。HoーHoーHo!」

「オネータン・ジョン!ミュノリを放せっ!」

「ガキはこれだから困るぜ。まるで駆け引きを知らねぇ。この女は大事な駒だ。確実にお前に勝つためには、まだこのバイタ女が俺には必要なんだよォォッ。HoーHoーHo!」


双方の距離は380パルカ(約40メートル)ほど離れている。

ミュノリは気絶して地面にうずくまっている。


戦闘は静かに始まった。

オネータン・ジョンはその圧倒的な握力を駆使して、指で弾き出したボールベアリング弾を次々と二人に放った。

二人がとっさに避けたので外れたが、命中したレンガには大きな穴が穿たれ、深くえぐられ、その威力を物語っている。

入れ違いにアパムの放った銃弾。

大量の薬莢が排出され、噴水の中にシュポシュポと湯気を立てて落ちる。

だがオネータン・ジョンの特殊装甲によって次々と弾かれていった。


「おいおい、こいつ何だよっ!?」


アパムが叫ぶ。


タモツもジョンに近寄ろうとするが、機先を制され回避されてしまう。

オネータン・ジョンは人間の十倍以上の視野角を持つ。赤外線すら見える動体視力の持ち主だ。

むざむざ近付くのは、かえって危険と言えた。

それに近付けたとしても、オネータン・ジョンには強力なシャコパンチがある!

まさに防御力に関してはジョンは完璧と言えた。


ガトリングの弾とボールベアリング弾が交差する。

一見すると場を制圧しているのは、毎分3000発の回転数の速い前者のように思える。

しかし……。

エンリケ星特産のタンジムン鋼の鎧の前に、アパムのガトリングガンの20ミリKATO弾は手も足も出なかった。

次々と弾かれ四散する。


だが、アパムもプロの傭兵だった。

一点のほころびを探していた。

射撃の精度はアパムの方がはるかに上だった。

彼はタンジムン鋼の金属疲労を狙って、ただただある一点にだけ集中して射撃した。

心臓部分!

やがてさすがのタンジムン鋼も削られて中の肉体が露わになった。

そこを狙えば良いだけとなった。

狙いすましての射撃!

しかし、また弾かれた。

ジョンのカラダは超硬度を誇る外骨格である。

ましてやアパムは知る由もなかったが、ナノ粒子でコーティングされた「絶対に弾丸が貫通しない肉体」だった……。

オネータン・ジョンにとってタンジムン鋼の鎧はただの保険に過ぎなかったのである。


しばらくしてアパム・ベラジオは射撃をやめた。


「やめだ……タモツ、俺はイチ抜けたぜ。夕飯のヤクーの肉も不味かったしな。勝てる気がしねぇ。明日の朝日が拝めねぇかも知れねぇ。こいつは分が悪いや。ま、後は任せたぜ。タモツく~ん、またどっかの現場でよろしく頼まぁ」


そういうとアパム・ベラジオは一目散にその場を走り去った。

タモツは盛大なる怒りと無力感に包まれた。

でも同時に、仕方ないな、あいつはそういう奴だしなとも思った。


距離が。

とにかく距離が稼げない。

オネータン・ジョンの脳内に、『超常悪夢幻覚(ナイトメア・フォー・レクイエム)』をぶち込むための距離が!


「どうしたよ。いつものお前じゃないみたいだな。そんなにママンが恋しきゃよ、返してやるぜ!」


オネータン・ジョンはミュノリの肩を掴んで前に突き飛ばした。

気絶から目覚めたミュノリはよろけながらタモツの元に走った。

ヨタヨタとおぼつかない。


「タモツ……タモツ……ごめんね。あたし……」

「ただし死体としてなッ!HoーHoーHo!」


背後からオネータン・ジョンの放ったボールベアリング弾がミュノリの太股、脇腹、背中に立て続けに三発命中する!

ミュノリは血を吐いて倒れた。


「ミュノリッ!くそっ!くそっ!くそったれぇぇぇっ!」


目の前が真っ白になる。


ドクン……!


タモツの意識がどこかに飛んだ。

そこからのタモツの動きは常軌を逸していた。

超人的神速でオネータン・ジョンへと駆け寄り、ボールベアリング弾を撃たせる間を一切与えず、右の手のひらをジョンの頭部に強く押し当てた。


「何ぃッ!俺の視野角を凌駕するとは!タモツ、お前一体何者……!」


タモツの手のひらは鈍い光を放っている。

周りの空気、大気が色を帯びて歪む。


「地獄……見シタルッ!」


瞬間。


だが、オネータン・ジョンは強烈なシャコパンチをタモツの腹部に三発叩き込み、なぎ払った。すかさず逆の手でボールベアリング弾を放った。

弾はタモツの頭部と心臓に深く命中した。

タモツは倒れ込み、その血だまりの中で二度と立ち上がる事はなかった……。


「やったぜ……俺がナンバーワンの殺し屋だぁッ!HoーHoーHo!」


フルフェイスのマスクで見えないが、彼は満面の笑みでゲラゲラと笑った。


ゾイグゾイグから残りの成功報酬をたんまりと受け取り、久しぶりに故郷のエンリケ星に戻ったオネータン・ジョン。

水槽で飼っている二匹のピラルケンにエサをやり、雑誌に軽く目を通す。

明日は彼女と深層地下デパートでデートする予定を入れている。

自宅のソファにドッカと寝そべって、フルフェイスマスクを取ると、思いっきりエンリケ星の新鮮なる空気、すなわち純度90パーセントの美味しい窒素を存分に六つの肺の中に吸い込んだ。

玉虫色に輝く顔は心地よさそうに見え…………ない。


え。

おかしい。

息が。

クッ。

息が。

出来ない。

苦しい。

グゲッ。

窒素。

窒素。

窒素が吸いたい。

なのに。

なんで。

酸素。

なんで酸素。

酸素が入って来る。

クソ酸素が。

マスク。

マスク。

マスク。

マスクがッ。

どこにもないッ。

HoーHoーHoォォッッ!!??


そこはエンリケ星などではなかった。

はじめから王立公園だった。

噴水からは満々と水が流れ続けている。

妖しいほどの丸い、紫の月明かりに照らされて、目の前にタモツが立っていた。

光る眼。

オネータン・ジョンは怯えてそこら中の空気を掻きむしり、悶え、緑色の泡を噴く。

窒素を供給してくれるはずの虎の子のフルフェイスマスクは先ほど自分の手で外してしまい、どこか遠くへ転がっている。

手を伸ばしても絶対に届かない距離に。

空気を吸えば吸うほどエンリケ星人には致命傷の酸素が入り込んでくる。


「いづからだッ?いづから俺の頭の中に侵入しでいやがったッ?」

「あんたがシャコパンチを決めた時だよ」

「ゼ~ハァ……ごんな、ゼーハァ……ごんなのッてェェ…………カッ」


オネータン・ジョンは息絶えた。

タモツはミュノリの元に駆け寄った。


「ミュノリ!しっかりしろ!ミュノリ!」

「ねぇタモツ……私にブレインキラーの能力を使って」


ミュノリは息も絶え絶えだ。


「使わないよ。君には使わない」

「ごめんなさいタモツ……あなたは化け物なんかじゃない。あたしの。大事な」

「もうそれ以上しゃべるんじゃない」

「タモツ……私、私。死ぬのかな……」

「ミュノリは絶対に死なせない!僕が、死なせない!」


タモツはミュノリを抱きかかえて朝焼けの街を走った。


小さな影となって。



……三日後。

へーカップの至る所に置かれている掲示板にはトップニュースとしてある記事が載っていた。


・官僚、ゾイグゾイグ氏、謎の死を遂げる。

その三日前にはフジエィダ市長も謎の死。関連は?……。


☞☞☞☞☞☞☞☞☞☞


宇宙空間。

北の国の大魔王がコタツ型操縦席にいた。

彼女の保有する空中戦艦デスデ・ストラム号。

常態の戦艦サイズよりも、生体光子化学ジェルの構造により20分の1に折りたたまれたサイズの小型船になっている。

その船内。

隣にはタモツがいる。

コタツはポカポカしていて二人はウトウトしている。


「ねぇ」

「ん?」

「このミカン食べても良いですか?」

「ん」

「ねぇ」

「ん?」

「猫ちゃんが足元にいてくすぐったいんですけど」

「ん」

「ねぇ」

「ん?」

「ロシュトニア星までは遠いの?」

「ん」

「ねぇ」

「ん?」

「僕、母さんに会ったら何て言おうかな。話した記憶がないから」

「育ちましたーって言えばいんじゃない、知んないけど」

「そっかなぁ」

「ミュノリ……良いの?置いてきて」

「うん……ミュノリはきっと僕と一緒だと、またもっともっと危険な目に遭わせちゃう気がするんだ。だから」

「そう……」

「でも大丈夫かなぁケガ」

「大丈夫よ。あの子回復早いから。でも。恋のケガの回復はいつも遅いけどね」

「ん?ああ。脳がふしゅうふしゅうする」

「そりゃ連日あれだけ能力を使ったからね。ちょっと眠っておきなさい」

「はい……良い人だな、大魔王は。ロシュトニア星までタダで僕を運んでくれるなんて。どうもありがとうございます。僕、誤解してた」


タモツは自分の船室に戻った。

しばらくして大魔王は独り言を言った。


「いや、良い人ではないよ。私は北の国の大魔王だよ。タモツ、あんたは真の依頼主を知らなくて良い。あんたは私の依頼を何件も引き受けてくれた。ゾイグゾイグにしろ、フジエィダ市長にしろ、へーカップ王国には邪魔な存在だった。そのお礼をしただけ。ただそれだけの話よ」


大魔王は独りになってちょっと考え事をした。

窓の外には漆黒の宇宙が広がっている。


ロシュトニア星にいるマザーはタモツを産んだ巨大産卵マシーンだった。

タモツは卵から産まれた。

特殊能力を持った生体兵器の輸出品としてへーカップに送られてきたタモツ。

この事は北の国の大魔王しか知らない。

だが大魔王は、タモツが生体兵器の輸出品だったという事実をタモツに打ち明ける事はしない。

面倒事は嫌だし、それがかえって彼女の優しさでもあった。

マザーに会った時に何を言ったら良いか?

次に何を考えたら良いか?

そしてその事実を知った後で、人生をどう生きれば良いか?

それはタモツ自身が決めるべき事なのだ。


「面倒で難しい事はむしろこれからよ。それまでゆっくり休みなさい、タモツ」



またひとつ小さな隕石がデスデ・ストラム号を覆う三重電磁バリアに吸収されてジリジリッと音を立てて消滅する。


タモツは、母親とミュノリの事を考えながら、赤ちゃんのように深く、長く、眠った。




                           おわり


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ファンタジー系2 堀川士朗 @shiro4646

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