②ヒエン編
「ファンタジー系2 ②ヒエン編」
堀川士朗
フジエィダという狡猾(こうかつ)な人間がいる。
ダークな色のスタイリッシュなスーツをいつも身にまとい、髪はツーブロックのオールバックをポマードでなでつけている。
二匹の黒いプードルを飼っている。
29歳。
下町バザール市の市長である彼は、高級官僚ゾイグゾイグと組んでバザールを観光宇宙ロケットの街にしようと画策している。
そのために地上げ屋を使い、立地に邪魔な市民を立ち退きさせている真っ最中だ。
悪辣(あくらつ)で不条理な市政をわざと行って市民を愚民化、家畜化している。
それにも関わらず彼が市長でいられるのは、支持母体である主婦層が彼のルックスとスタイルを熱狂的に信奉しているためだ。
今は市民が吸う空気の中から酸素税を取ろうかと画策中だ。
外国だったら余裕でデモやテロが起きているレベルだが、何せここはへーカップ王国。国民は、全てをあきらめた羊のように恐ろしく従順だ。
きっと酸素税も黙って支払うだろう。
ある日、赤いカラスが数羽、フジエィダの邸宅に飛来し、フジエィダの愛車「轟音」のボンネットにフンをした。
フジエィダのこめかみが怒りにピクピク動いた。
タモツは脳の殺し屋、ブレインキラーだ。
挙げた右手を通して相手に『超常悪夢幻覚(ナイトメア・フォー・レクイエム)』を見せて幻覚の中で狂い殺す。
「地獄……見シタルッ!」
の掛け声とともに。
まず相手の心を読む。
無防備な深層心理を覗き込む。
そこから釣り糸を素早くたぐり寄せるように脳内に侵入し幻覚を見せて、(多種多様。人によっては七色の花畑だったり、助かりようのない断崖絶壁だったりする)脳をオーバーヒートさせて殺す。
もれなく確実に死に追いやれる。
ただし、その作業にはある程度の時間を要する。
それに相手に充分過ぎるほど近づかなくてはならないという弱点がある。
近接戦闘型の能力。
それを援護射撃しているのが、傭兵アパム・ベラジオのガトリングガンだ。
毎分3,000発の弾幕により場を制圧し、相手との距離を一気に縮めたところでタモツの『超常悪夢幻覚(ナイトメア・フォー・レクイエム)』が発動する。
脳を、仕留める。
まさに貯めの攻撃。
常勝の、いつもの手口だ。
タモツは赤いペダチーズが大好きだ。
能力を発揮する大脳に必要なアミノ酸が豊富に含まれているからだ。
タモツはまたマイクじいから依頼を受けた。
二枚の写真を渡された。
今度のターゲットは、フジエィダ市長と高級官僚ゾイグゾイグの二人だった。
街にある掲示板。
高さ48パルカ(約5メートル)の巨大な木の板に国内外の情報が一挙に書き記されている。
上の方は見えにくいので字が大きい。
その掲示板は王都ハムコップンの至る所にある。
旧態依然としたシステム。
情報複雑化(テレビやネットの流入など)に伴い掲示板全面撤去の話も出たが、長年へーカップ国民に愛されているのでそのまま活用されている。
《今日の情報。》
・国王陛下38歳の誕生日。盛大に祝われる。祝賀会には恋人で女優のコートニー・ラビング24歳も参列。目下熱愛中。
・アラクマ川で納涼花火大会。
・男性ムード歌謡アイドルグループ「断裂」、リーダー山北度度板(ヤマキタ・ドドイタ)45歳、体調不良のため全国ツアーライブ延期。へーカップ国民歌謡祭も出場辞退か?
・国王、財政健全化のためへーカップ王家伝統の秘宝、ネネ・ライゼハルテンの宝剣を手放す。オークションに掛けられた宝剣は257,000ペセタでタリホー連邦のエルトポ森林都市美術館に落札される。
他。
王立公園。
噴水そばのベンチ。
午前の無重力スニーカーの勤務から解放されたタモツは恋人のミュノリが作ってくれたお弁当を広げて外で食べていた。
ウインナーと、ブロッコリーが入った卵焼きとコロッケ。
すると自分によく似た感じの小さなこどもの赤ガラスが一羽そばにやってきた。
深い色をした瞳が綺麗だった。
次第に赤いカラスはタモツとの距離を縮め、手を伸ばせば届く所に来た。
タモツはいたずら心で、赤いカラスの脳内にダイブしてみた。
この子はどうやらお弁当のウインナーを食べたいみたいだ。
タモツはこの人なつっこい赤ガラスのこどもにウインナーをひとつ餌付けした。
小さな赤いカラスは喜んで食べて仲間の方へと飛んで行った。
強力軍事国家タリホー連邦と精密機械技術に優れるネルネ共和国、情報・社会システムに秀でた東国諸侯連合を配下に置く、北方の超大国、北の国。
その当主、北の国の大魔王は歳を取らない。
永遠の16歳だ。
服装の趣味が大人になった彼女。
タモツの恋人、ティチヴァン・ミュノリの古き友人でもある。
ミュノリは、実は大魔王が送り込んだ北の国の女スパイである。
ミュノリは情報を逐次北の国に送り、普段はスナックぴあでホステスをしている。
スナックでは様々な国家情報がかなり精度の高い噂話として飛び交う。
ちなみにぴあのみどりママは北の国の諜報機関『ユニ・マテ』の副長。
ミュノリは現在、主に反体制派の地下活動の動向に注視している。
創業55年を迎えた老舗居酒屋、『太陽とススコムーネ亭』。
待ち合わせをしているミュノリは先に来て赤ジンジャービールを飲んでいた。
重い木製の両開きドアが開く。
一人の美少女がやってきた。
周りの客はこの嫌でも目立つ美人二人にクギ付けになって、かなり動揺しながら酒を飲んでいた。
タイトなスーツ姿。
北の国の国花、スピカ薔薇を模したブローチを胸につけている。
少女の面影が残る彼女は……。
ミュノリが今日誕生日の彼女に声をかける。
「大魔王、お誕生日おめでとう。いくつになったの?」
「16歳よ。もう数千回目の16歳」
「聞くだけ野暮だったわ。空中戦艦デスデ・ストラム号、よく店に駐車出来たわね」
「ああ。あの子は生体光子化学ジェルで出来ているから五十分の一に折り畳めるのよ」
「すごいわね」
「まあね。北の国とネルネの共同開発技術よ。ミュノリ、あなたこそいくつになったの?」
「33よ」
「どうだか。あなたも我が呪われた一族の血を受け継いでいるから何歳だか分からないわね、ミュノリ」
「いいのよ、年齢なんて」
「一体、何回目の人生?一体、何回目の33歳?」
「……意地悪ね」
「お返しよ。新しい彼氏はどう?13歳のかわいらしい坊やの彼氏」
「タモツは。彼は大人よ。あたしを人間として、女として、深く尊重し愛してくれる」
「今度は本気なの?」
「いつも本気よ」
「まあいいわ。任務さえ忘れなければ。タモツ君は幸せ者ね」
「彼は今お金が必要なの。後で話すけど」
「ミュノリはいつも男に安住の地を求める。そして傷つくわ。いつも」
大魔王はそう言うと店のマスターを呼んで、ヴォトザのロックとヤクーの肉煮込み料理を注文した。タリホー連邦名産の酒である。ヴォトザはすぐ来た。
「そうかも知れない。……ねぇあなた服の趣味が変わったんじゃない?」
「ミュノリ。あたしは彼氏と別れたのよ。今はもうゴスロリなんかには何の興味もないわ」
「ツインテールもやめたの?」
「やめたわ。悪しき慣習」
「そう」
「腐った大人が押しつけるロリータのイメージはただの悪質な妄想よ。気味が悪い。一方的な“カワイイ!”の価値観は醜い男たちの歪んだ願望でしかないわ。私もしたくてしたかった服の趣味じゃなかったし」
「あなたに服装を強要したその元彼の男はどうなったの?」
「その男は……まっ白い部屋に閉じ込めて、一生泣いたり笑ったり出来なくしてやったわ」
「あなたは怖い女の子ね」
「まあね。北の国の大魔王だから」
「そうでしたそうでした陛下。ねえ。あなた、この国をどうするつもりなの?」
「例えば私は今7Gのスマホを使っている。速くてとても便利よ。でもへーカップの人々はいまだにあの大きな古びた掲示板で日々の情報を得ている。まるで老人のように頑固だわ。国の統治はとっても大変よ。……ねえ、それでも私がたくさん他国を占領してる理由、分かる?」
ミュノリはしばらく考えた。
赤ジンジャービールの入ったグラスの中で、氷がカランと存外大きな音を立てた。
そして答えを出した。
「赤ちゃんみたく育てていきたいから?」
「当たりよ」
「やっぱり」
「私、赤ちゃんを生めないから」
「うん」
「ミュノリは勘がいい。9年前にへーカップ王国にスパイとして送り込んで大正解だったな」
「ここはあたしが奢るわ」
「あまり飲み過ぎないようにするわ。ミュノリ、またあなたに抱かれてしまうから」
「ふふふ」
「それで今日はどんな用件なの?わざわざ呼びつけて」
「実は……お金貸して~!」
「またかよミュノリ」
ゾイグゾイグ。
へーカップ王国の高級官僚である彼はフジエィダ市長と画策し、『下町バザール市』のリゾート施設誘致で汚職をしていた。
汚職隠しで五人ほど、部下を引責自殺に追いやっていた。
タモツのターゲットだ。
タモツは今、フジエィダ市長とゾイグゾイグ氏の殺害を依頼されている。
全室冷暖乾湿室機(エアーコンディショナーの一種)完備の高級感溢れる邸宅にゾイグゾイグ氏は暮らしている。
まさに選ばれたごく少数ひと握りの特権階級だ。
薄く口ひげを生やしたこの42歳の男は相当注意深くもあった。
裏情報から、自分の命が狙われていると知ったゾイグゾイグはオネータン・ジョンを呼び寄せていた。
殺し屋のオネータン・ジョン。
ゾイグゾイグ氏の屋敷に現れた彼は、鈍色に光るタンジムン鋼の鎧を身にまとった大男で、清潔感はまるでなく不潔感すら漂う男だ。
彼はエンリケ星人出身なので、窒素を供給してくれるフルフェイスのマスクを常に装着していないと地球の濃厚過ぎる酸素に対応出来ず呼吸が出来ない。
マスクは十七世紀ヨーロッパのペストマスクのようにまがまがしい形状をしている。
エンリケ星人はシャコから進化した生命体である。
彼はシャコの特性を持つ。
以下、シャコの特性まとめ。
・パンチのスピードは地球上のありとあらゆる生物の中で最速である。
・パンチした瞬間に周囲の海水が沸騰して発光するレベル。
・人間の10倍もの色彩感知を持つ。
・視野角は360度近くあり、赤外線や紫外線も見える。
・プラズマ衝撃波で巣穴を掘ったりする。
・ナノ粒子をまとって衝撃吸収出来る。
その凄まじいまでの能力を持ち合わせた人間サイズの彼は、まさに最強のボディガードと言えた。
情報筋から仕入れた話では、ゾイグゾイグを狙っているのは13歳のタモツという少年だった。
この業界では名が通っている。
確実にターゲットを死に追いやる死神の少年!
オネータン・ジョンはタモツを迎撃するつもりなど全くなかった。
ゾイグゾイグが提供した高級ホテルの部屋は地球人には至極快適だったが、彼にとっては退屈なものであり、そこで待機するつもりもさらさらなかった。
先手を打つ。
それがオネータン・ジョンのいつものやり方だった。
「タモツとかいう奴。ずいぶんと生意気なガキだ。俺がナンバーワンなんだよ、この殺し屋業界じゃ……」
カートリッジ式の窒素供給カプセルをマスク内部に装着し、位置を整えて、彼は『下町バザール市』に向かった。
「タモツ!ジャーン!」
「わ、すごいお金!全部50ペセタ札じゃない!一体これいくらあるの?」
「30,000ペセタよ!」
「えええっ!すごいじゃないミュノリ!どうしたのこれ?」
「ふふふ。これでタモツもロシュトニア星のマザーに会いに行けるね」
「うん、恒星間ロケットの往復チケット代には充分だよ!ねぇどうしたのこれ?」
「ふふふ」
「どうし……たの……ミュノリ……このお金、北の国の大魔王に貰ったんだね」
「あ!頭の中、読んだわね?」
「僕が北の国を嫌っている事、言ったよね……僕は育ての親のツェペットじいちゃんをあの戦争で失ったんだ。8年前に……」
「タモツ……」
「こんなお金いらないよ」
「何よっ!私の気持ちも知らないで!」
「僕は、僕はミュノリが何を考えているかなんて分かってるよ。いつも。それに……」
「気持ち悪い!あんたなんか頭の中を読むだけのただの化け物よ!」
ミュノリは涙混じりにそう叫ぶと、部屋を出て行った。
「ミュノリ!」
その時、タモツの部屋は外から銃撃を受けた。
乱射!
「わああっ!」
部屋の家財道具が弾け飛ぶ。
跳弾!
タモツは硬い木のベッドで身体をガードし、床すれすれに低い姿勢で長い時間耐えた。
ガラス片が飛び散る。
タモツの背中に降る。
銃撃はしばらくして止んだ。
静寂……。
タモツは立ち上がって、荒れ果てた部屋を確かめた。
部屋は真っ暗だ。
おかしな事にあれだけ弾を撃ち込まれたのに、発砲音が一切しなかった。
火薬の匂いもしない。
もうひとつおかしな点は部屋に転がっているその弾は銃弾ではなく、パチンコ玉のようなボールベアリング弾だったという事。
タモツの宝物の『シザーさん』のフィギュアも壊されてしまった。
シザーさん。
ヤナセガワ・マティコンが描く国民的漫画。
もう60年続いている。
ちょっとおっちょこちょいなシザーさん。
優しい夫のナタさん。かわいらしい息子のドスちゃん。
シザーさんの弟のカッターくん、妹のヤッパちゃん、シザーさんの父親のノコギリさん、母親のワボウチョウさん等、ほのぼのとした内容ながら終始登場人物が刃物を持っているため刃傷沙汰が絶えない明るい家族を描いた四コマ漫画である。
タモツはこれら全てのキャラのフィギュアをコンプリートしている。
どうでも良い情報とも言えるが、タモツはシザーさんのフィギュアを集める事によって、家族の不在を埋めているのだ。
バラバラに破壊されたシザーさん家族のフィギュア。
タモツは暗闇の中、無言でうつむいている。
翌朝、掲示板にミュノリがさらわれた情報が載っていた。
「タモツ。昨夜のあれはほんのあいさつ代わりだ。ミュノリは預かっている。今夜、ヤトゥパの刻(午前1時)に王立公園噴水前に来い。一人でもいつものアパムを連れた二人組でも構わねえ。お前が逆立ちしても絶対に敵わない相手がいる事を死を以て教えてやるぜ。HoーHoーHo!」
掲載主はオネータン・ジョンだった。
それを見てタモツは下町バザール市全域に響き渡るほど、この上なく強く強くえぐるように叫んだ。
「地獄……見シタルッ!」
(ゲッコー編に続く)
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