ファンタジー系2

堀川士朗

①ライデン編


 「ファンタジー系2 ①ライデン編」


        堀川士朗



深夜。

男のアジト。

男は両耳から血のような液体を終始ダラダラと流し続けていた。

その流れを止めるのも、もはや諦めている感はあった。


「オエッ、うぐえっ!助けてくれッ!金なら払う、金なら払うからッ!あんたの貰った三倍ッ!三倍払うからっ!うぐえっ!ヒッ!」


小さな影。

男に小さな影が近づいていく。

影は右手を挙げる。

周りの空気、大気が色を帯びて歪む。


「地獄……見シタルッ!」


小さな影はそう言うと、手のひらを男の頭に向けた。

キィィィィンという耳鳴りに似た異音まで周囲には聞こえてきた。

男の頭部が急激に振動し、穴という穴から汚れた液体が飛沫となって辺りに飛び散る。

白目を向いていた。

男は持っていたタリホー連邦製の短機関拳銃を乱射したが、至近距離にいるはずの小さな影には当たらない。

まるで絶対に当たらない方角に向けて、無理矢理撃たされているかのようだ。

しばらくすると男はエヘラエヘラエヘラと恍惚の表情を浮かべて屈曲した関節の動きで二三歩歩きだし、顔面から地面に倒れて絶命した。

やや時間差を置いて、床に吹きこぼれた液体が広がっていく。

小さな影はそれを確認すると、夜の街に消えた。

窓の外から、小さな赤いカラスの一羽がそれを見つめていた……。


☞☞☞☞☞☞☞☞☞☞


へーカップ王国歴864年。

王都ハムコップン戦役敗戦から8年後。

北の国のハイテクノロジーが流入し、文明が栄えた被占領国へーカップ王国。

王立軍は解体されへーカップ警察予備隊へと変貌した。

8年前は敵国だった隣国タリホー連邦、ネルネ共和国と三国協商を結び、通貨価値の高いへーカップの『ペセタ』が共通通貨となった。(1ペセタは約1000円。その下の貨幣、ギミックは100ギミックで1ペセタとなる)

北の国をバックにしたタリホー連邦政府がへーカップに侵攻した理由も、ペセタの安定した国際的通貨価値を狙っての事が実際のところであった。

(当時タリホーの通貨ラムダは再三インフレを起こしていた。1ラムダの貨幣価値は0,0018ペセタ。)


北の国の傘下に入ったへーカップ王国には平和が訪れていた。

占領軍を半ば引きつった笑顔で受け入れていた。

占領された後も王制はそのまま維持され、国民は強制収容所に送られたり、番号で呼ばれるような事もなく平穏に暮らしていた。

ただ、税金は各種15%ずつ上がった。

「奉仕税」と呼ばれたそれら全ては北の国に徴収され、他国への侵略資金や軍隊の駐留費に充てられた。

属国。

へーカップにとっては体のいい隷属化である。

が、国民の多くはそれを強く望んでいた。

多少歪んでいようが、不戦の誓いである事には間違いなかった。



へーカップ王国王都ハムコップンのウエストサイド、『下町バザール市』という名の街で、この貧乏な街とは全く縁のない金持ちのこどもたちが履く“無重力スニーカー”の工場でタモツは今日も働く。

背の低い13歳の少年だ。

学校には行っていない。

アパートである、しあわせハイツ2号館に恋人ティチヴァン・ミュノリと一緒に住んでいる。

四畳半一間と台所、ユニットバスの小さな部屋。

ティチヴァン・ミュノリ。タモツの彼女だ。

33歳の美人。

スタイルが非常に良い。

タモツはミュノリより頭ひとつ分、背が低い。


朝の工場勤務を終えて、お昼ご飯を外で食べてしあわせハイツの部屋のベッド上で横になっているタモツ。

ミュノリが帰ってきた。


「ただいま」

「お帰りなさいミュノリ」

「おやつのペダチーズは?」

「今日も三つちゃんと食べたよ」

「暑いわね」

「洗濯にちわだね」

「え?」

「洗濯にちわ」

「それはね、洗濯びよりって言うのよ」

「そうなんだ」

「出かけたの?」

「うん。一番暑い時に出かけちゃったよ。脳がふしゅうふしゅう言ってる」

「脳は大事よ。あなたの場合は特にね」

「うん」

「お昼はどうしたの?」

「うん、お昼はミュノリから貰ったお昼代2ペセタでニニャン・テム・スロックをお代わりしてお腹いっぱいになったよ。それとどんぐりのジュースをたくさん飲んだよ」

「そう。あの人もよく食べていたわ」

「ニニャン・テム・スロック?」

「ええ」

「あの人って誰だい?」


ミュノリはわざと間を置いた。


「内緒よ」

「もうっ!」

「ふふふ」

「そうだお釣りの30ギミックを渡すね」

「いいのよ。貯めておきなさい」

「はい。ありがとう。ああ。あと30,000ペセタぐらいだ。先は長いや。僕、お金を貯めて、ロケットに乗って、ロシュトニア星にいるお母さんに会いに行くんだ」

「そうよね。タモツにはその夢があるものね」

「協力してくれてありがとうミュノリ」


ミュノリはコップに水を入れてタモツに渡し、自分は台所の換気扇の近くでタバコを吸いだした。

タモツの顔を見ながら何かを考えている。

タモツはゆっくりと水を飲む。


「頭痛どう?」

「うん。少し」

「バッハロン飲む?」

「うん。飲んどく」

「今持ってくるわ」

「ねぇミュノリ、ねぇミュノリさんや。あのさ~夜の仕事まだ続けるつもりなのかい?」

「え」

「僕はやめてほしいんだがな」

「大事な、夜の仕事よ」


ミュノリはタバコをもみ消してタモツに近寄り、タモツの頭を優しくなでた。


「カラダ壊すよ。そんなの短期決戦の捨て駒だぜ」

「何よ誰に習ったのその言い回し」

「マイクじい」

「あのジジイか……でもね、タモツ。分かってほしい。やめる訳にはいかないの。スナックぴあのみどりママにも悪いし。それに……。あたしが急にやめたら、お店が困ってしまうのよ。回らなくて。こないだもノギチカちゃんに代わって貰ったばっかりだし。それは分かってほしいタモツにも」

「うん……」

「タモツこそ、無重力スニーカーとは別の仕事、危険だからほどほどにしてね」

「うん……」

「理解ある男ってあたし好きよ」

「えへへ。ミュノリ。大好きだよ!」


タモツはミュノリを優しく強く抱きしめてキスをした。ミュノリも強く抱き返した。


夜になる。


ミュノリは化粧をして赤いドレスに着替え、今夜もスナックぴあに働きに出かける。

タモツは真っ暗な部屋の中でしばらく目を開け、ロシュトニア星にいるというまだ見ぬ母の事を考えながら天井を見つめていた。

が、やがて眠りに落ちた。

そんな、毎日。



暑い夏。

顔も見たくないような青空が続く。

広大な敷地の、ここはへーカップ王立公園。

勢いよく噴出する噴水に幼いこどもたちがわ~いわ~い

(^o^)(^o^)ってなってる。

公園の木々にとまるチキチキホッス蝉が、まるで夏を代表するかのように鳴いている。

月が変わり、ジンジン蝉からシフトした彼らだ。

赤いカラスも群れを作り、押し黙って優美に飛んでいる。

何と言う平和な光景だろうか。


否、その当たり前のワンシーンが再びへーカップ王国に訪れたのは、むしろ奇跡に近いものがあった。

王都ハムコップンの人々は8年前の北の国、タリホー連邦、ネルネ共和国の攻撃を忘れていなかった。

北の国の大魔王直属の精鋭ゾンビ兵団一万数千を含む連合国軍四十万の兵力は直接王都を襲い、当時六十万人いたへーカップ国民の5分の1はゾンビと化し燃やされた。

戦略爆撃機「ワイバーン」による大空襲もあって街は壊滅的打撃を受けた。

その恐怖は強く深く植え付けられている。

あの時、かわいらしいこどもたちもたくさんゾンビになって燃やされ自国民の手によって土の下に埋められた。

無情なる無常。

やがて無条件降伏。

連合国によるインフラ再整備もあったが、よくここまで復興出来たものである。

今はぱしゃぱしゃと平和に水を浴びている小さなこどもたち。

彼らには優しい世界と未来があった方がいい。

絶対に。

永遠に。



マイクじい。

78歳の老人。

彼の事務所。

タモツがいる。


「ありがてぇよなぁっ!」

「なにが」

「ありがてぇよなぁっ!」

「だ、なにが」

「タモツ。だってそうじゃねえか。北の国に占領される前は、へーカップには何もなかった。は~ぁテレビもねえラジオもねえマジ貧乏な国だった。マジ。それが今じゃ公営ギャンブルはある、24時間営業の酒場はある。売春宿もある!ゲッツァッハッハッハ。20ペセタ金貨一枚出しゃあ若い女を抱けるんだぜ!スピカ薔薇(北の国の国花)色の天国だ!北の国さまさまだぜ!」

「でもマイクじい、僕は昔の方がよかったように思えるよ。王様をはじめとして少しマヌケな国民だけど、のどかな平和な、誰とも争わないへーカップの国が、僕は好きだったんだ。北の国やタリホー連邦やネルネ共和国はよってたかってへーカップを食い物にしているんだよ」


マイクじいはソファにこの上なくだらしなく座り、菱形の団扇(うちわ)で必死にあおいでいる。

この事務所には二台の扇風機が回っているが、この暑さの前には全然効かない。


「タモツ。あっつ。それはお前がまだこどもだからさ。寄らば大樹の陰って言葉もあるぜ」

「でも……」

「今もお前はこどもだな。ガキ!」

「違うやっ!」

「ゲッツァッハッハッハ!」


マイクじいはそう嗤(わら)うと棚から蒸留酒のワイルドピエールツァーキーの瓶を取り出してグイッとラッパ飲みする。


「ア”~~」

「それにお酒はカラダにとても良くないよ」

「アルコールで頭がギトギトの方が世の中面白えじゃねえか!ゲッツァッハッハッハ!カラダに悪いもんはなぁ、気持ち良いんだよ。全部。全部な」

「んんん?」

「つまり、快楽としての数値がデカいのさ。絶対にな」

「絶対なんてないよ。だって、押すなよ~押すなよ~絶対押すなよ~って言ってる芸人いるけど押されちゃうじゃん結局」

「まあな」

「お酒よりも僕はどんぐりジュースの方が良いや」

「ゲッツァッハッハッハ。安上がりで良いなあ、お前は。は~かわいいかわいい、今風。おっと、話に夢中で忘れちまうとこだった。次の依頼が来てるゼ……」


マイクじいはタモツに一枚の写真を渡した。ターゲットの男の顔が映っている。


事務所にアパム・ベラジオがやって来た。

明らかに遅刻である。彼は東国諸侯連合出身の傭兵。

35歳。

タモツの仕事仲間である。

だが、金次第で敵味方どちらにもつく。卑怯に思えるがそれが傭兵であるし、正直者だ。

今回も仕事の分け前を巡ってタモツとアパム・ベラジオはもめている。

前々から二人の仲は良くない。


「今回の任務、アパムはいらないよ。僕一人でやれる」

「へっ」

「分け前のバランスがおかしいと僕は思うんだ」

「へっ。お前の能力は近接戦闘型だ。俺のガトリング砲の援護がなきゃあキツいと思うぜ」

「無駄弾ばらまいてるだけじゃん」

「チビ。何か言ったか?」

「まあもめるな二人とも。簡単な仕事なんてない。今までも二人一緒に何件もこなしてきたじゃないか。なあ。ターゲットは有力者だ。ボディガードも付けているだろう。そう簡単にはやれん」

「うん……」

「まあそういうこった。お仕事お仕事。よろしく頼むぜ、あ・い・ぼ・う」


アパムはタモツの肩を強めに叩いてそう言った。



タモツとミュノリはハン・マクァンマー寿司に行った。

リニアモーターシステムを採用しているのでものすごい勢いで廻る廻転寿司だ。

普通の人じゃ速すぎて皿を取れない。

テンガロンハットを被った黒いパンツ姿一丁の職人の威勢もいい。


「お待たせしやした~っ!こぼれイクラ~ハンマクァンマハンマクァンマーッ!!」


タモツはシメサバ、ミュノリはサーモンの安い皿ばかり次々と取ってもぐもぐ食べている。


「うるさいわねこの店」

「うん。もぐもぐ」

「もぐもぐ。お寿司は美味しいけど。力いっぱい握ってあって」

「うん」

「あたしヤマアラシもぐもぐ」

「へ」

「あたしヤマアラシが飼いたい。ペット」

「ペット?」

「そう。もぐもぐ。で名前をつけるの。ん~あれだ、新はりすなおっていう」

「そう。良いと思うよ」

「かわいいもんね。もぐもぐ」

「お待たせしやした~っ!ネギトロ軍艦一丁~ハンマクァンマハンマクァンマーッ!!」

「うるさいねほんと。もぐもぐ」

「うん。でも集中して食べるわよ」

「旧は?旧はりすなおは?もぐもぐ」

「旧は砂スライムだったのよ。昔飼ってて」

「うん」

「成長してヒイメラの樹になったわ」

「そうだね。もぐもぐ。なるね、砂スライムの奴は」

「今もそのヒイメラの樹は育ってると思うわ。戦争の時焼けてなければ。もぐもぐ」

「ふーん」

「見に行ってないけど」

「そうなんだ。育っているといいね」

「もぐもぐ」

「お待たせしやした~っ!平目のエンガワ一丁~ハンマクァンマハンマクァンマーッ!!」


寿司を食べ終わり、熱い緑茶を飲んで二人は別れた。

ミュノリはそのままスナックぴあに勤務しに行く。

客に高い酒を売るために。

そして、機密情報を得るために。


タモツはしあわせハイツ2号館には帰らず、ターゲットを補足しに行く。


走る。

走る。

走る。

スモッグに覆われた、このジャンクな夜の街に消える。


小さな影となって。



   (ヒエン編に続く)


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