タリナイ(3)

 僕はゴミ箱の前のユリナの頭部を拾った。死ねない。僕はユリナと約束をしたのだ。設計図通りに完成したらユリナを百パーセント好きになると、そう約束したのだ。


 僕は壁にもたれるように座っている、繋ぎ合わせてできた身体にユリナの頭部を乗せた。縫合している時間はおそらくないだろう。しかし乗せただけではどうにもならない。僕は机の上の裁縫セットを手にとった……その時だった。


 僕は見た。頭部を失ったユリナの身体が鉈を持ったくるみさんの死体に飛びついているところを。ユリナの身体は右手に握りしめていた包丁をくるみさんの胸に突き立てた。バランスを崩して倒れたくるみさんの上にユリナの身体は馬乗りになる。そして何度も、何度も。振り下ろされる。自分の首を切り落としたその凶器で、包丁で、くるみさんの胸を引き裂き、抉り取る。


何が起きたのかよくはわからかった。しかしどうやらユリナの身体は、僕にとって敵ではなかったらしい。それだけは理解できた。包丁が刺さったわけでもないのにくるみさんの死体から、右腕が離れてごろりと落ちた。


「ヒトリタリナイ」


 その意味がようやくわかった。今あの処理室では、死体共の大掛かりな解体と接合のショーが始まっているのだ。僕が置いて行ってしまった鉈とノコギリを使って、彼女らは自らの身体をバラバラに解体して、互いに足りないものを補っていったのだ。くるみさんが自分の身体にくっつけていた右腕は、六人の死体のうちの誰かの右腕なのだ。そうやって補っていった結果、最終的に元の人数よりも一人減ってしまった。僕が人一人を作れるだけの部位を一人一人から奪っていってしまったから。そのタリナイ状態で完全な身体を作ったら、五人分の身体しか出来上がらない。だからヒトリタリナイのだ。


 僕はすぐにユリナの頭部と、繋ぎ合わせてできた身体の縫合を始めた。僕の背後ではぐちゃぐちゃと何かをかき混ぜるような音と、ブチブチと何かを引き裂くような音が入り混じって不協和音を奏でていた。しかし振り向いている時間はない。ユリナの身体がいつまで動いていられるかもわからない。それにおそらく、足りない部分を補って完全な身体を得た死体は動き出す。くるみさんがそうだったように。つまりくるみさん以外にも、少なくともあと四つの死体は動き出して、僕らを襲ってくる可能性があるのだ。一人分、足りない部位を返してもらうために、彼女らは僕らを……襲う。


 しかしそれは同時に僕がユリナの頭部を縫合したら、この身体もまた動き出す、ということの証明だった。僕はユリナの頭部をくっつける。ユリナほど上手くもないし、丁寧でもないかもしれない。それでもできる限り、綺麗に、その美しくて愛らしいユリナの頭部を、少しでも傷つけぬよう慎重に縫った。


「……コウタ」


 不意に聞き慣れた声が僕の聴覚を刺激する。


「コウタ……今の私は……好き?」


 縫合を終え、美しい身体を得たユリナの頭部が口を動かしていた。


「あれ? 聞こえてないのかな?」


「いいや、聞こえてるよ」


 僕はユリナの唇を指先でそっとなぞる。


「本当だ……。私コウタと喋れてるね」


 小さく微笑むユリナを、僕は心の底から可愛らしいと感じた。


「あのね、真っ暗なところにいたの。いくらコウタの名前を呼んでも返事は全くなくて、きっと失敗したんだって、私の頭はアノ身体の上に乗せられなかったんだって。そう思ってたらね、暫くしてやっと目の前にコウタが出てきたの」


 頭部を切り落としてから数分の間のことを話しているようだ。ユリナの頭部はそんな夢を見ていたのか。


「でもそのコウタは何も喋らないの。まるでヒトじゃなくなったみたいに、ただ立ってるの。それはね、私が好きになったコウタとは少し違ってたんだけど……うーん、なんて言えばいいのかな?」


「僕に言われたってわからないよ」


「そうだよね、とにかくねコウタの言っていたことが少しわかった気がするんだ。私はね、ただ立っているだけの人形のようなコウタのことを好きだとは感じなかったんだよ。それってつまりコウタの言うところの、百パーセントコウタを好きになれていなかったってことだよね。だって本当に百パーセントコウタのことが好きなんだったら、ただ立っているだけのコウタのことだって好きだって、胸を張って言えるはずだもん」


 まだ身体が馴染んでいないのか、ぎこちない動きで、ユリナは僕に近づく。そして四つん這いのままで、ユリナは僕のことを押し倒した。僕は血だらけの床を背に寝っころがる。じわりと生暖かい感触を背中に感じながら、僕はユリナに問う。


「ユリナは僕のことが好きじゃなかったのか?」


 ユリナ首を横に振って


「ううん、好きだよ」


 何食わぬ顔でそう言った。

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