タリナイ(2)
両手でしっかりと固定した包丁に僕の全体重をかける。包丁の刃はユリナの首の中をミシミシと音をたてながら、ゆっくりと進んで行く。体重の掛け方を調整しながら、できる限り綺麗に。タオル一枚なんかでは足りなかった。血はありとあらゆるところに飛び散って、壁や床を真っ赤に染め上げた。包丁を持った手も血でヌルヌルと滑り、うまく支えられなくなってきた。
「もう……少しだ」
ブツッと太めのゴムが切れるような音を最後に、ユリナの首は完全に切り落とされた。成功だ。切れ目は綺麗だ。あの身体に乗せるのもそれほど大変ではないだろう。
タオルを捲り、ユリナの頭部を持ち上げようとしたその時、僕が乗っていたユリナの身体がビクリと大きく跳ねた。その拍子に僕はベッドから転げ落ち、ユリナの頭部を落とした。ユリナの頭部はゴロゴロと転がって、ゴミ箱に当たって制止した。
「やっぱりか……!」
頭部を失ったユリナの身体がベッドから起き上がった。今までの動き出す部位は、本当に一部分だけだったが、今回はユリナの頭部以外全てだ。動きも今までとは違って格段に俊敏なはずだ。僕は身構える。経験上切り離された部位は僕らのことを襲ってくることを知っていたからだ。元がユリナの身体だとは言え、今回が例外だとは限らな……いや。そうだ。僕は何も考えていなかった。今までは切り離された部位が襲ってきて、息絶え絶えの本体はただ苦しがっているだけで何もしてこなかった。本体を殺すことで部位の動きが止まったケースもいくつかあった。最初のくるみさんもそうだった。
しかし今回は……。頭部と身体を切り離したユリナは……一体どちらが本体で、どちらを部位と呼ぶべきなのだろうか。脳みそのある頭部こそが本体と呼ぶにふさわしいものだと、僕は勝手に決めつけていた。つまりユリナの頭部の場合は部位であって本体でもあったのだ。もし、今動き出した頭部のない身体こそがユリナの本体なのだとしたら。
――ユリナは今、どこにいる?
ユリナの身体は僕がベッドに置き忘れた包丁を持っていた。このままでは間違いなく殺される。僕は一体何に殺されるのだ。ユリナの身体だが、それはもうユリナなのか。そこに転がったユリナの頭部はユリナであってユリナでないのか。めちゃくちゃだ。わけがわからない。切り離した部分が今までと違うだけなのに、今までとは全てが違う気がする。過去に僕が行ってきた解体と、今回の解体とではツナガリが一切ないようにすら感じた。
包丁を持ったユリナの身体がどんどん僕に近づいてくる。僕はその場に座ってただ何かが起こるのを待つしかなかった。
「ヒトリタリナイ」
背後から何かの声が聞こえた。振り向くと処理室の扉に亀裂が生じ、そこから鉈の刃が飛び出してきた。木片を飛び散らしながら処理室の扉は崩壊し、中からはくるみさんの顔をした何かが現れた。くるみさんの死体だ。くるみさんの死体がひとりでに動き始めたのだ。しかしおかしなことに右腕が彼女の死体にはきちんと生えていた。切断したはずの右腕は僕がいる部屋の隅にきちんと縫合した状態で置いてあるのにだ。しかしそのくるみさんの死体から生えた右手に、今まで感じた美しさや愛らしさは微塵もない。
「ヒトリタリナイ」
くるみさんの死体はそう呟きながら迫ってくる。頭部のないユリナの身体と、失ったはずの右腕を生やしたくるみさんの身体の狭間に僕はいた。包丁を持ったユリナの身体と、鉈を持ったくるみさんの身体の狭間……。でも僕は死ぬわけにはいかなかった。完成間近だったからだ。僕の完全無欠の理想がもうすぐ、そこに手を伸ばせば届く範囲にまで、迫ってきているからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます