タリナイ(1)

 女子高生の本体を処理室に投げ込む。処理室の中には身体の一部分を失った女の死体が六体積まれていた。中には処理室に入れられてから数ヶ月経っているものもある。くるみさん等がそうだ。しかし不思議なことに彼女等全員は腐敗していなかった。身体の一部を切断したその日から、まるでこの処理室だけは時間が止まってしまっているかのようだった。彼女等は自分達の唯一美しい部分を手放して、劣悪な姿を晒してここにいる。


 僕は鉈やノコギリ等の切断に使用した道具を処理室の壁に立て掛けた。もう解体室にてこれらを使う機会はおそらくないだろう。


「さて、じゃあ始めようか」


 僕は処理室から出て、ベットで寝転んでいるユリナに話しかけた。ユリナはむくりと起き上がると眠たそうに片目を擦った。


「やっとだね……それなら裁縫セットを出さなきゃ」


と、ユリナはタンスの上で埃を被っている裁縫セットに手を伸ばした。背伸びをしているが、届きそうにない。


「ほら」


 代わりに僕が裁縫セットを下ろしてユリナに手渡す。


「うん、ありがと」


 ユリナは裁縫セットを大事そうに抱えながら、机の上に置いてある六つの部位の前を座った。右腕、左腕、右脚、左脚、上腹部、下腹部。その前にはそれらをじっくりと観察する、ユリナの顔があった。この光景はどんなに美しい自然や、芸術性の高い美術品でも勝つことはできないだろう。勝てるはずがない。僕が認めた最高のものたちが、そこに、すぐそこに、手に届く範囲に集結しているのだ。


 ユリアは縫い針に糸を通してまずは右腕を手にとった。上腹部の肩と、右腕を繋げて針で縫っていく。僕は裁縫を楽しむユリナの背を見ながら、警戒を怠らなかった。繋ぎ合わせている最中に部位たちが再び動き始めたら……。その可能性は捨てきれない。ゴール直前でこの崇高な計画を邪魔されては堪らない。


 部位たちがツナガル。一つ一つ、着実に。そして一つの身体が……。頭部を残した一つの身体が……。



……間も無く完成する。



「できたよ」


 何事も起きることなく、無事にそれは完成を迎えた。ユリナによる縫合は実に丁寧で、一つ一つが持つ美しさ愛らしさがきっちり残っていた。


 僕は今、一つの身体を心から愛せている。こんな感情は初めてだった。


 ユリナはむくりと立ち上がって台所から包丁を持って帰ってきた。


「コウタの仕事はこれで最後だね」


 包丁を僕に手渡す。色々な人を切断した鉈を私には使わないで欲しい、というのがユリナの要求だった。


「ああ、そうだね」


 僕はユリナをベッドの上に寝かせた。ユリナの下にタオルを一枚敷いやる。


「なるべく痛くないようにしてね」


「大丈夫」


 不思議なことに人間というものは身体を切り離しても暫くの間は死ぬことがないらしいことを、僕は身を持って知っている。ユリナから頭部と身体を切り離しても、すぐに縫合したあの死体に乗せて、縫いつけてやればいい。


 僕は仰向けに寝ているユリナの上に乗る。赤色のペンを取り出してユリナの首にぐるりと一周目印をつける。座っている頭部のない身体を見ながら、寸分の狂いもないように、慎重に。


 それが終えたらすぐに右手に包丁を持って、そしてそれを彼女の首元に押し付けた。


「待って」


 ユリナは両手を僕の背にまわすと、そのまま僕を抱きしめた。


「もう一回だけ聞いてもいい?」


 僕は我慢ができなかった。僕らが定めた目標がもうすぐ目の前に迫っているのだ。早く、とにかく早く。


「私のことは好き?」


 ユリナは僕から手を放した。僕はユリナの首元に包丁を突きつける。


「まだ」


 どうでも良かった。録音した音声をただ再生するように、僕はいつもと変わらない答えをただ発するだけだった。


「まだ……まだ、好きじゃない」


「そっか、私はね……」


 右手には包丁の柄、左手には峰の部分を押さえた。ユリナは言った、普段と変わりのない抑揚のないその声で。


「私は……コウタのこと、大好きだよ」

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