3、設計図

 以前にした僕の恋バナを元に、ユリナは設計図を書き上げていた。どうやら僕が愛してきた部位全てをつなぎ合わせると一つの身体が出来上がるらしい。ユリナの書いた設計図には首から上を除いた人間の身体が描かれていた。右腕の絵から弧状の一本の線が引かれていてその先にはくるみ、と名前が記されている。他の部位にも全部だ。人の名前が書かれている。


「ぜーんぶ……取っ替えっこするの」


 ユリナは僕にその設計図を見せつけながらそう言った。


「全部? くるみさんの右腕だけじゃ足りないの?」


 机の上にはくるみさんの右腕が横たわっている。くるみさんの本体は処理室と名付けた部屋に投げこんである。


「右腕だけを取っ替えるだけじゃコウタは私を好きにはならないんでしょ」


「そうだね。そこに置いた右腕とユリナの右腕を取り替えたところで、ユリナの顔と右腕を好きになるだけでユリナを百パーセント好きになるわけじゃない」


「それじゃ意味ないんだよ、私はコウタに私の全てを愛して欲しいの」


 ユリナへの誕生日プレゼントはどうやら一個だけでは済まないらしかった。僕とユリナはその設計図を見ながら、とある計画を立てた。


 設計図通りの身体を制作するにあたって、まず必要なものは材料だった。記載されている六人分の部位全てを揃える必要がある。一人一人を誘拐し、部位を頂く。そしてその部位を組み立てて一つの身体を作り上げる。そして最後には……


「私の頭部を……その身体に乗せて欲しい」


 とのことだった。六人分の部位で出来た身体と、ユリナの頭部、つまりは七人分の部位全部揃えることで一人の人間を作り上げる。両腕両足、そして上腹部と下腹部の六つ。ここで言う上腹部とは、ヘソから首の下までの間のことで胸や肩もここに含まれる。


 たしかにそうすることで、ユリナの身体は全て僕好みのものになる。僕は頭の中でそれを想像してみた。細部まで、きっちりと。結論だけ言えば、最高だった。そんなものがこの世に存在しても良いのだろうかと、頭の中に浮かぶ映像に、身体全身が震え、自然と笑みが零れた。


「ねぇ、コウタ」


 ユリナが不意に右手の指先で僕の頬をすすすとなぞりながら僕の鼻先をペロリと舐めた。まだその右手はユリナの右手だ。机に置いてあるくるみさんの右腕がユリナのものとなった時、いまこうしてユリナがしている行動の全てが僕にとって幸福に感じられるのかもしれない。


「私のこと……好き?」


「まだ……好きじゃない」


「設計図通りに全部取り替えられたら、私のこと好きになれる?」


「ああ、もちろん」


 僕は頷く。するとユリナは小さくため息をついた。そのため息は、僕の前髪をふわりと揺らした。


「そっか、つまりコウタはそういうことなんだ……」


 独り言にしては何か含みのある言葉だった。


「どういうこと?」


「ううん、なんでもない。コウタがそう言うんだったらきっとそうなんだと思うか

ら」


 ユリナは設計図に更に何かを書き加えた。完成図と三文字。


「私はね、この設計図は未完成だと思ってるの。でもコウタはそうは思わないんだよね? それで大丈夫なんだよね? これは完成図で良いんだよね?」


 もう一度、ユリナの書いた設計図に目を通す。右腕も左腕も右足も左足も胴も何もかも、ユリナの頭部が置かれる予定の位置以外は全てきちんと設計図に記載されている。人間一人を構成するのに必要なものはきちんと全て、だ。どこにも問題はない。


「うん、大丈夫。ここにユリナの頭を乗せたら完成だよ」


 首より上の空白部分を指さして、僕はそう言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る