05 ビャクヤ

「マスター?」

「へ?」


 突拍子に出たそのセリフに、俺はつい面をくらってしまった。しかし、その女の子は疑問に思っていないのか、表情を変えずにこちらをじっと見つめてきた。


「あの、マスターってのは?」

「……私は貴方の所有物ですから……」


 なんか一々発言がたどたどしい。その様は生まれたての小鹿のようで、微笑ましいものはあったが、今後の冒険に支障が出てしまうかもしれない。

 スキル【生命活動】自体が初めて見るスキルの為、どう扱えばいいのか理解が出来ないのも問題か。いや、武器の詳細を見る感じで確認すれば行けるのか?


★★★★★★★★★★★★★★★★★


 武器種:杖(魔術師専用)

 名称『天地開闢の魔杖』


 固有スキル:【森羅万象・術】

 【効果】

 一部天職を除き、使用者は全ての魔術が使用可能になる。


 スキル:【魔力循環】

 【効果】

 使用魔力が半減する


 スキル:【生命活動】

 【効果】

 会話、自立行動、意思疎通等の生命的活動が可能となる。

 違和感なく活動する為には、慣れる為の時間を要する。


★★★★★★★★★★★★★★★★★


 ホムンクルスの魂玉と呼ばれるだけの事はあるか。そう思えば、最初は無機質っぽいのも無理はないのかもしれない。

 手を取って、ゆっくりと立ち上がらせる。歩けるかどうか質問した所、方向変えてゆっくりと歩き始めた。杖の状態だとこれどうなっているのだろうか、気になって解除してみた所、普通に浮遊しながら動いていたのを確認した。


所有者オーナーだと思ったのだが、マスターの方なんだな……」

「武器によって様々です。私は後者が呼びやすいです」

「様々って、普段から呼んでるわけじゃあるまいし」

「杖はマスターの命令を受け、魔力を受け取ります。その際、返答は常に怠らず行っていますが」


 杖に備わった機能の一つなのだろうか? 思えば、仲間のアリアが杖を振るったときに、杖が青白く輝く時があったが、アレが彼女の言う返答なのだろう。その都度に『了解、マスター』って言ってるのだとしたら、凄い可愛らしいな。


 まあどっちで呼んでもらっても俺は特に気にしないから、別に構わないんだけどね。

 だけどこの子に関しては、ずっと魔杖の女の子って呼ぶのもどうかと思うし、何か名前をつけてあげなければならない。

 これは俺のネーミングセンスが試されているというわけだな? 前もって言っておくが、俺のセンスは壊滅的なのである。

 裸だった彼女に今着せてる俺の私服だって、茶色で統一された地味すぎる衣服だ。髪も茶色な分、全然似合っていない。

 どこかに防具とか落ちてればいいのだけど、こればっかりは運でしかない為地道に宝箱を開けていくしかない。魔術師用のローブくらい、どこかですぐ見つかるだろう。


「……名前、名前~……」

「名前?」

「必要だろ、ずっと魔杖の女の子ー! とか、魔杖ー! とかって呼ぶわけにはいかないだろ?」

「私は構いませんが」

「俺が嫌なの! んー……確か天地開闢の魔杖って名前だったから……もじりにくいな、これ」


 モンスターの名前ならともかく、武器の名前をどうやってもじるって言うんだ? センスない俺にとっては更なる地獄でしかないのだが。


「天地開闢、開闢、開、闢……ん~、よしっ! 開闢の闢をとって、ビャクヤでどうだ?」


 無理やりすぎる。もうすこしセンスが良ければ、こんな事にはならなかったのだが。悔しいが、前のパーティにいたアリアのセンスの良さが羨ましく感じてしまう。衣服のセンスが良すぎた為に、色んな冒険者新聞の被写体として呼ばれていたっけか。


「私はどう呼ばれても大丈夫です」

「あ、そう」


 嫌なら嫌と言ってくれよ? と思ったが、無機質状態の彼女に何を言っても無駄だろうな。今後まともに意思疎通できるようになった場合に、改めて聞く事にしよう。

 その頃になったら、少しは喜怒哀楽も表に出てくるだろうし、ちゃんと自分の思いも伝えられるようになるだろう。


「じゃあ、今日からお前はビャクヤだ、よろしくなっ」

「はい、マスター」


 マスターって呼ばれるたびに虫図が走る。ちゃんと名前で呼んでくれる日が来てくれることを願うしかないな、こればっかりは。

 

 ***


「――絶対零度トカルト・コルキス


 ビャクヤの活躍は非常に素晴らしい物であった。大体の敵は、彼女の魔術によって簡単に吹き飛ばされてしまった。そのおかげで安心して、前に進む事が出来るようになった。

 だが問題は俺の魔力保有量か。女の子に変身したとて、彼女の放つ魔術に使われる魔力は、俺の魔力によって賄われている。変身魔術に関しては、先ほどの王虎みたいな巨躯にならなければ、そんなに魔力は使わない。パーティーにいた頃も、そんなに魔力を使わず生きてきた為、魔力保有量に関しては宝の持ち腐れ以上と言っても過言ではない程有している。

 といっても、俺の魔力は最下層に落下した際の衝撃緩和に魔力を放出したのに加え、安全地帯に移動する際に王虎へ変身するなど少し無茶をした為に、かなり減少してしまった。彼女の使用する魔術はどれも上位の物で、魔力の消費もかなり激しい。彼女の持つスキル【魔力循環】が無ければ、今頃魔力枯渇で倒れていたことだろう。

 どこかで、休むか。それとも、魔力供給に役立つアイテムか何かを見つけるかしないと、今後が不安だな。


「随分と進んできたな。えーっと、今何階層だ」


 鞄から不思議な地図・特を取り出し、階層をチェックする。


★★★★★★★★★★★★★★★★★


 ダンジョン名称:逆塔

 現在位置:第251層


★★★★★★★★★★★★★★★★★


 落下地点が298層だったから、既に47層も上がってきたことになる。もうすぐ250層、区切りとしてはちょうどいい。

 それと同時に嫌な予感も感じていた。ダンジョン内で区切りのいい階層には、大抵フロアボスと呼ばれる存在が待ち構えている事が多い。しかも最悪な事に、俺らがいるのは最下層近くの階層である。そこにいるフロアボスとなったらば、どんなモンスターが待ち受けてるか分かった物じゃない。

 ビャクヤだけで行けるか? 少し不安かもしれないが、最悪もうここと以降のフロアには宝箱が存在しない。思った以上に目ぼしい物がなかったのが残念だが仕方がない。


「……マスター?」


 変わりない表情で、俺の顔色を窺ってくる。主思いの良い子だな、最初の仲間が彼女で本当に良かったかもしれない。もし狂戦士の如くはっちゃけた子だったら、体力面でも精神面でも相当疲弊していたかもしれない。まあ、まだ無機質の彼女だからこそまともなのかもしれないけれど。成長したら、一体どうなってしまうのだろうか。

 せめて原型は留めていてほしい。


「何でもない。先へ進もう」

「? はい」


 こうなったら腹をくくるしかない。俺たちは視界に映る250層へ続く階段へとゆっくり足を進める。

 それに相半するかのように、上の階からズン、ズン、と何かが地団太を踏む音が響いた――。

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