06 魔剣王ソルス・前編
第250層、段差を上がったその先には大きな鉄扉があった。不自然なのは開ける為の取っては無く、大きな壁の如くそこに聳え立つだけであった。
まあ十中八九、下から上がってくるのが正規の攻略方法じゃないからに違いない。ダンジョンが生成されたときも、そんな事想定していなかっただろう。されていたら逆に困る。
「良いか? この先は危険が待ってる。気をつけろよ?」
「? 私はマスターの所有物です。気を付ける必要は何も――」
ああ、無感情な奴っていうのは本当に面倒くさい。
「何も、じゃねぇよ。今はただの武器じゃねえ、自我を、命を持ってんだろ、その身体には!」
「……命、でもこれはス――」
「スキルなんていったらぶっ飛ばすぞ。まあ、スキルのおかげでもあるけどさ。でも、そうだとしても、大切な命そのものであることには変わりねえ」
「……」
何を言っているんだ俺は、と正直心の中で思ってしまった。だけど、これが俺の本心なんだろうな。
不思議だ、過ごした時間は本当に僅かでしかないのに、なぜかこういう言葉が出てしまう。でも、嫌な気分はしていなかった。
「だから……その、自分の命優先で、な?」
「……」
無機質な表情なのは変わりなく、ただこちらをじっと見つめてくるだけだった。頷いてくれれば、文句はなかったのだが、まあ時間が時間だ、仕方のない事だろう。
ちゃんと自分の心で「はい」と言ってくれるのを待つしかない。なんだろう、この過保護な感じは。
「じゃあ、行くか」
「……はい」
大きな鉄扉を身体全身で押すと、重苦しく鈍い音が空間を揺らすように響き渡る。段々と、その奥の光景が垣間見えてくる。
何もない広大な空洞。床や壁はレンガ造りで造られ、壁にいたっては魔道蝋燭が淡い光を灯している。
――そしてその中心には、巨躯を持った人型の存在が一人、禍々しい殺気を放ちながら、俺達のいる背後へ振り向いた。その表情には少し困惑が見られた。そりゃそうだろう。
何せ下からやってきてるんだからな。
「……貴様、何処から来た……」
「まあ、下からっすね」
「下から……まさか、上層から落下してきたとでもいうのか。なら何故、再び地上を目ざす?」
「本意で落下したわけじゃねーっての。だから地上を目指して脱出を目指す。以上だ」
質問が多いモンスターだな、と心の中でため息をついておく。まあラスボス一歩手前のフロアボスと考えれば、これぐらい知能があっても不思議ではない。
ちなみに逆塔のラスボスというのは、一応存在しているらしいのだが、俺が降り立った298層には、下へ続く階段が見つからなかった為、出会った事は一度もない。最も、何か仕掛けとかで隠されていたのだろうけど、探す気すらなかったし、会ってみようという気もなかった。
どうせ出会ったら、即死だっただろうし。
「……で、通してくれるわけ?」
「……我ハは、ここの奥を守護する門番にすぎぬ」
「あ、じゃあ――」
「しかし、下から上がってきた貴様には、少し興味がある。そして、奥という意味に下も上も関係ない!」
高らかに宣言し、人型モンスターはその巨躯を起き上がらせ、こちら目掛けて一歩足を進める。ズシンという音と共に、身体が鳥肌立っていくのを感じる。
規格外だ、規格外すぎる。そんなモンスター、俺の知る限りでは存在していない筈だ。
「……っ、マスター」
「自分の命は優先しろよ」
といっても、それは自分も同じだし、攻撃力が皆無の俺は、ただ逃げる事しかできないだろう。
だがしかし、それが今の俺のやり方だ。生き延びる為なら、どんな手段だってとるしかない。
ビャクヤの命に危険が迫った時は――まあ、何とかするしかない。こっちが囮をしている間に、回復してもらうしか方法はない。
「む? 貴様は戦わないのか?」
「……生憎と、戦う手段は俺には持ち合わせてねえ」
一歩下がる俺の姿を捉え、じっと睨みつける。何だ? 卑怯とか言いたいのか、そりゃ卑怯だが、生き延びる為なら仕方ないだろう。
武器を持ってもまともに扱う事ができないうえに、攻撃力が皆無な変身魔術師だぞ? どうすりゃいいって言うんだよ。
「そうか。つまり、そこの者が私の相手ということか」
「ああ。俺の仲間だ。……杖だけどな」
「杖、だと? 人の姿をしているが……。いや、変身魔術か」
「お、知ってるか、そりゃ話がはやい」
無能な天職の名を覚えているモンスターがいる事に、少し感動すら覚えてきた。巷では、変身魔術師なんてそこら辺の道化と変わらないとかいって、まともに覚えている人の方が珍しい位に知名度が下がっていた。悲しい事である。
まあ変身魔術師の人工の少なさも問題の一つなのかもしれない。実際、俺の周りで変身魔術師の天職を持つ人は一人もいないし、なんと知り合いも誰一人いない。変身魔術の修得も、専用の魔導書と独学で得た物にすぎない。
「変身魔術師か……既に廃れた物だと思っていたが。いや、それよりも、変身魔術師がここより下層で生き延びる事など……」
「まあ不思議だよな、俺だって何度死んだと思った事か。……でも、頼もしい仲間が出来た事で、ここまでこれた」
「ふむ……信頼しているのだな」
「それなりにな」
「……」
一瞬、ビャクヤが笑ったような表情を見せた気がした。気のせいか? 気のせいだったとしても、ちょっと嬉しい気分になった。
「……じゃ、行くか!」
「はい、マスター」
「良いだろう――。逆塔の守護者が一人、魔剣王ソルスがお相手致そう――ッ!」
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