04 命を与える

(軽ッ……)


 女の子となった魔杖をお姫様だっこで抱えながら、入り組んだ通路を慎重に駆け抜ける。ここ、逆塔の構造は蟻の巣のようにグチャグチャであり、正に迷宮と言って差し支えないような物であった。

 モンスターの出待ちとかも日常茶判事と言えば、その構造の複雑さがよくわかるだろう。


「……《変身:コウモリ》」


 偵察用アイテムの一つ、『千里眼の眼球』を使用して注意深く進む。

 これは魔力で操作できる代物であり、眼球が見ている視界を所有者と共有できるという代物である。しかも魔力で浮遊させることができる為、空中の偵察も何のそのという冒険者にとって必需品ともいうべき物だ(まあ先ほど宝箱から見つける事が出来なかったら、詰みではあったのだが)。


 小さい為一部モンスターには気づかれにくいが、ここ逆塔のモンスター相手だとそうもいかない。見慣れない眼球なんて見たらすぐに破壊してくる程賢いのだ。

 しかし、さすがにこの辺りならいくらでも生息しているコウモリ相手ならば警戒は薄い。当然元は『千里眼の眼球』である為、視覚共有能力はそのまま使用することができる、元から浮遊能力があるためコウモリへの擬態も完璧だ。


 ありがとう宝箱、感謝するよ宝箱。


「右の安全地帯に宝箱……青色だからレア度はそこまで。換金アイテムかな?」


 今いる通路を右に回って直進した先の行き止まりに俺ら冒険者が安全地帯と呼称している青白い魔法陣が展開されているのを確認する。

 それは神代の人々が未来を護るために、世界各地に生成したとされている護身用の魔法陣である。中に入れば、魔物からは視認されなくなり、気配もシャットアウトされる。本当に先人様には頭が上がらないよ。

 ちなみにこの魔法陣、現在再現しようと帝国の魔術協会が躍起になっているようだが、見た目以上に複雑な構造をしているらしく、中々進展はしていないらしい。まあ、神代の魔法陣らしいし、簡単に解析されるわけないか。


「《変身解除》からの、《変身:王虎キングタイガー》」


 魔杖を元に戻して背中に担ぎ、俺達を襲ってきた王虎の巨躯に変身する。

 これほどの巨躯には変身したことなかったものの、この辺りになら数体生息するため、地上を歩く生物の擬態としては非常に有用であるのは確かであった。


(クソ……消費魔力が激しいか?)


 だが、さすがにリスクが大きすぎたようだ。身体から魔力が急激に吸い上げられているのが分かる。長くは持たないだろう。

 可能な限り全力を出し道を駆け抜ける。途中、他の王虎や魔宮蟲ヘブルコブラに遭遇したが、少し怪訝に視線を送るだけで、追いかけるようなことはしなかった。セーフセーフ、こういう時だけは変身魔術師だったことに感謝しかない。


 数分後、ようやく安全地帯にたどり着き、変身を解除する。おっと、魔杖は女の子に戻しとかないとな。いや、こっちが本体ではないのだけれど。


「……ふう。暫く動けないわ」


 女の子にした瞬間、魔杖は俺の背中から滑り落ち、魔法陣の地面に突っ伏す。女の子の身体にはさすがに、落下防止のベルトは耐えきれなかったようだ。

 ……意識をもって、歩いてくれたらそれに越した事は無いのだけれど。


「今、何層だ。ああクソ、階層チェック用の道具も持ってかれているよ」


 鬼畜すぎないだろうか? いやまあ、殺すつもりで置いてったんだから、そりゃそうか。


 そんな事はさておき、俺は改めて宝箱の方に目をやる。青色の宝箱、レア度は魔杖が入っていた宝箱より劣り、主に便利アイテムのほかにレアな換金アイテムが入っていたりする。

 金にがめつい俺はお宝に関してはかなりの知識を持っている、冒険者になった理由の一つがお宝さがしという楽しい事ができるから、だったから。

 ここは最難関ダンジョン、逆塔だ。もし換金アイテムが入っていたら、それはもしかしたら、伝説上にのみ語られる凄い物なんじゃないだろうか。


 ゴクリ。

 期待と好奇心で身体が押しつぶされる。ああ、俺が冒険者になってはじめて宝箱に遭遇したときも、こんな感じで高揚していたのを想起させる。その蓋を開けるまで何が入ってるかわからないというドキドキ感、とても素晴らしい物である。

 まあでも青宝箱だから、換金アイテムには特に期待できないだろう。便利アイテムが入ってたらいいなと思いながら、俺はゆっくりとその蓋を開いた。


★★★★★★★★★★★★★★★★★


《宝箱》 Rank:Blue


 ・アイテム:治癒薬・特 ×10

 ・アイテム:不思議な地図・特

 ・換金:ホムンクルスの魂玉こんぎょく


★★★★★★★★★★★★★★★★★


 特上の刻印が刻まれた最上級のアイテムが2種類と換金アイテムが一つであった。便利アイテムの方はよくある内容だが、ここで地図が手に入るのは嬉しい。不思議な地図というのは、ダンジョンで今自分が何階層にいるのかが分かり、一度通った通路や現在位置を確認できる代物なのだが、特上の刻印が刻まれたこれは通っていない通路でも微かにわかるように進化している。これが下層の報酬か、末恐ろしくなってくるな。

 さて、それより問題はこれだ、『ホムンクルスの魂玉』。これまでいろんな換金アイテムを見てきたが、このような名称をしたアイテムは見た事もない。置いてない物はない、とまで言われている帝国の骨董屋にも置いていなかったという事は、俺が第一発見者といっても過言ではないのだろう。


「……幾らぐらいするんだろうなあ……っても、ここから無事出る事が出来なきゃ宝の持ち腐れか」


 冷静に考えれば、換金アイテムも骨董屋か質屋に持っていかなければゴミと化すだけであった。ふぅ、とため息をつき、一先ずアイテム説明を確認する。


★★★★★★★★★★★★★★★★★


 換金アイテム『ホムンクルスの魂玉』 Rank:A

 説明:神話の人造人間『ホムンクルス』の魂が込められているとされている宝玉。

 意思なき存在に、意思を与える事が出来るとされる。


 固有スキル:【心意・魂】

 【効果】

 アイテムにスキル【生命活動】を付与することができる。


★★★★★★★★★★★★★★★★★


 何やらとんでもない事が書かれている気がするな。スキル【生命活動】って何よ。まさに説明文通りの内容ではあるのだが、さすがにこのスキルは想像していなかった。

 換金アイテムに固有スキルが付与される事は別に珍しい事ではないのだが、大抵付けられるスキルというのは、生命力の増加や魔力の増加等、目ぼしい物ではないのが関の山である。

 そんな中で、このスキル。どんな換金アイテムのスキルよりも一線を画しているのではないだろうか。


 といってもこのスキル、使うタイミングが限られるだろう。使用回数が書いてないという事は、何度でも使用できる便利アイテムといった所だろうか。最も、アイテムに生命活動を付与したところで、冒険者にとっては何の得も無いだろう。

 しかし、しかしである。俺の場合はどうだ? ふと、横で横たわる魔杖の女の子に視線を送る。

 もし、魔杖にこのスキルを付与することが出来たなら。歩る事も、喋る事も可能になり、共に冒険することができるのではないだろうか。


「そうと決まれば――ッ!」


 俺はグイッと身体を女の子に移し、魂玉に魔力を送ってスキルを使用する。魂玉がバチバチと青色の電気を帯びながら、光り輝いていく。それと共鳴するかのように、ドクン、ドクン、とどこかから心臓の鼓動音が響く。


「……ぁ」

「お?」


 女の子の手がビクッと動く。その刹那、魂玉が発光をやめ、元の状態へと戻る。

 その身体はおぼつかない様子でゆっくりと起き上がり、こちらに朧げな視線を送る。しかし、その時の表情は少し笑っているように見えた。


「……成功した、のか?」


 俺が困惑すると、少女はゆっくりと口を開いてくれた。


 ――マスター? と。

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