第16話 ヤン・リー

 マティルドの親友は、俺の思っていた答えの中にすら入っていなかった選択肢だった。マティルドかアシル君と接点があれば良かったのに、俺とも接点あったわ……でも、これでどうして名前を伏せてもらいたかったのかがわかった。まだを引きずっているんだろう……ぶっちゃけ言うと、今の俺とヤンの関係は腐れ縁に近いかな。でも、良好な関係ではなく気まずい関係の方だろうけど……


「やっぱり淵君と知り合いだったんだね、ヤン君あまり自分の話してくれないから私以外の友達がいるか心配で心配で……」

「どこのオカンだよ!……ヤンは一応幼馴染だけど、多分あっちはもう俺のことを友達と思っていないだろうな……」


 俺はまだヤンのことを友人だと思っているが、あっちからみたら鬱陶しい奴と認識されていてもおかしくない。それだけのことが起きた...いや、起きてしまったんだ……俺たちの間には……ヤンの話をしていると、店内の温度が下がる気がする……


「……二人の間に何があったかは気になるけど、一つだけ言わせてもらうと、淵君とヤン君は似た者同士ね」

「はは」


 乾いた笑いしか出てこなかった。嫌味にすら聞こえてしまった、一体俺とヤンのどこが似ていると――――――


「—――――だって、淵君の話をしているヤン君と、ヤン君の話をする淵君の後悔いっぱいの顔が全く同じだもの」


 静寂。耳を疑った。自分でも息を呑んだことが分かった。信じられなかった……あの時起きた出来事は全部俺のせいだというのに、ヤンは後悔していた……理解できなかった……でも、一つだけやるべきことが増えた気がする。マティルドの恋を叶えたら、ちゃんとヤンと話そうと……だからこそ今は、依頼人の願いを叶えるために、ヤン・リーというパイプ役をどう利用するかを考えなくてはいけない。


「……泣いてもよかったのよ?」

「残念ながら、俺はどんなに悲しくても泣けない体質でね、5歳から泣いたことがないんだ。それに、女性の前で泣くことはジェントルメイデンとして許されない」

「あら、私は気にしないのに」

「俺は気にするんだよ。そうだな、女性の前で泣くとしたらその時は好きな女の子の前だろうな」

「…泣いてもいいわよ?」

「君が他に好きな人がいるとわかっていて相談しているのに、惚れるわけないでしょ。からかうのはそこらへんでやめてもらえるかな?」

「ごめん、私の中の悪魔がちょっと出てきちゃった」

「それ絶対悪魔ではなく小悪魔の間違いだろう」


 っていうかマティルド、厨二病台詞もレパートリーにあるんだ。末恐ろしいな…コミュニケーションの化け物……それよりヤンだな、マティルドの頼みなら断らないだろうけど、どうやってヤンを近づかせるか案を練らないと。


「とりあえず、ヤンが協力してくれることを前提として考えてるから、協力すために頼むのはマティルドに頼むよ。俺だと、ほら…気まずい雰囲気になるから……」

「わかったわ、幸い今日は金曜日だから、何とか土日にヤン君を説得するわ」


 凄い意気込みを感じるけど、ヤンって友達に弱いから、頼んだら一発で受けてくれると思うなー。さて、俺が思うに誰かと良好な関係を築くには、相性、勇気ときっかけの三つが必要になってくる。今回は偶然を装ってだから、勇気なんて大層なもの必要ないけどね。だから、相性とどうやってヤンを接触させるかに重点を置くべきだ。


「ヤンを説得した後だけど、淵君ちゃんと仲直りするんだよ~」


 作戦を練っていたら仲直りの確約をされた。まぁ、どうせそのつもりだったし問題はないね。


「言われずともわかっているよ。むしろいいきっかけを得られたよ、ありがとうマティルド」

「いきなり感謝されると照れるわね……どういたしまして」


 口の中の渇きを癒すためにコーヒーを飲んでから、再び思考を巡らせる。ヤン・リーを一言で言い表すと『ゲームガチ勢』。とにかく彼はゲームっ好きで、成績を落とすほどゲームに心酔している……よく高校まで来れたとすらサーシャたちと思っていたよ……彼からゲームを取り上げたら、廃人になる可能性さえある……

 つまり陰キャの部類に入るのだが、ゲームをしているおかげなのかわからないが、陽キャと同じくらいの情報量を持ち合わせているのだ。陽キャは基本的に、流行りのものとかに詳しく場を楽しませることができる人物だと俺は思っている。だが、ヤンは全く誰も知らない面白い情報をいっぱい知っているため、面白おかしい話題でその場を沸かせることができる。つまり、今回の作戦でもその知識を使ってくれたら勝算は100%に近づくと俺は考えている。


「そういえば、ヤンってまだ目の下にクマ出来てる?」

「えぇ、勿論。毎日毎日、寝ているのかって不安になるくらいできているわよ」

「勿論って……さも当然かのように……」

「そのつもりで聞いたんでしょ?」

「まぁ、予想通りの答えが返ってきたとだけ言っておこう」


 目の下にクマが出来ているということは、また睡眠時間を削ってゲームとかしているな……これは、問題だな…ヤンが圧倒的カリスマ性を発揮していたのは体調が両行の時、つまりちゃんとした睡眠をとっている時だけだ。強硬手段だな……


「マティルド、作戦を成功すために必要なことは何だと思う?」

「私、淵君みたいな超能力者じゃないからわからないわ」

「諦めるのはやっ。二つやらなくてはいけないことがある、一つはヤンにこの土日にちゃんと睡眠しているところを見張ること、それは俺が何とかする。そして、二つ目は厄介だ…………」

「なにか危険を伴うことでも?」

「ある意味危険を伴うと言えるだろう――――――ヤンのゲームすべてを土日の間だけでも、しなくてはいけない………」


 辞めてもらえませんか?そのくだらないものを見るような目を向けるのは?一つ俺から言えることがあるとしたら、人によって価値観は違うということ―――――


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