2.ミノタウロスってどこを食べるの??①


 「なるほど、なんとなくこの世界が分かったぞ」


 のどかで平和なソラ村に訪れて三日たった。山本涼那ヤマモトリョウナは慣れた手つきで小人の頭をむしる。女将さんに頼まれた今晩の食事の下ごしらえだ。キーキーとわめく姿はいたましい。


 この三日間で涼那は村でこの世界について聞き回った。そしてどういう原理かは分からないが自分が異世界に転移したことだけは分かった。何故なら聞くもの見るもの全てが知らないものばかりなのである。


 まず現在地。この世界のノクテムという国の最北にあるのがソラ村。部外者の自分にも優しく接してくれる素敵な村だ。突然の優しさは社畜で傷ついた心にしみた。


 「あら涼那ちゃん、あんまり小人を虐めちゃダメよ」


 女将さんが涼那に注意した。彼女は涼那がむしった小人にとどめをさす係だ。ポキッポキッと枝を折るリズムで小人の首を折る。先ほどから断末魔の叫び声が絶えない。


 「命をいただくのは仕方ないことだけど、せめて苦しませないようにしてあげなきゃ」


 「なるほど了解です」


 分からないことだらけだが自分がいた世界と変わらないものもあった。食事に対する姿勢だ。最初はゲテモノを食べる風習や猟奇的な部族かと思ったがそんなことはなく、むしろ食べる命にしっかり感謝をする人たちだった。

 ペットと称された猫耳がついた少女の詳細は知らないが初対面の私に怯えていただけで仲は良さそうだ。


 「涼那ちゃんうちの名物食べたことある?」


 女将さんが手を止めて紅茶の棚を取る。「休憩にしましょ」そう言ってパッと簡単に手元に火を起こした。


 自分の世界と決定的に違うところ。それは魔法だ。おとぎばなしに出てくるようなそれを彼女たちは簡単に使えるようで火をつけることくらい朝飯前のようだった。

 初めて見たときはそれはもう驚いたが、どうやらこの世界の人間は全員使えるようで口が裂けても知らないとは言えなかった。


 涼那は手を止めて答える。


 「名物……?すいません、なんでしたっけ」


 「ミノタウロスのアイスクリームよ」


 「ミノタウロスの……アイスクリーム」


 涼那は想像する。ミノタウロスってなんだっけ。たしか頭が牛で身体が人間の……。


 「いやそれはもはや人間の乳では??」


 思わず突っ込んだ。

 頭を食べるのはまだ分かる。でも身体は人間だ。というかミノタウロスってオスじゃなかったか。オイオイ突然高度なプレイになったぞ。


 順応性が高い彼女でも馴染むのはまだまだ難しそうだった。




 「はい、どうぞ。溶けちゃうから早めに食べてね」


 そしてなんやかんやと言ってるうちに女将さんがアイスクリームを持ってきてしまった。とはいえ受けとれないなんてことはできないので大人しく受けとる。「オスの乳……」「?もちろんメスのミノタウロスよ?」「あっそうですよね!!」なるほどメスもいるのね!


 アイスクリームは笹の葉のようなもので包まれていた。気温で溶けかけたアイスは日に照らされてキラキラと光っている。思わずごくりと唾を飲む。

 休憩に入ったタイミングは良かったかもしれない。朝から小人をむしる作業をしていて身体は少し疲れていた。そして疲れているときに甘いものを食べると一段と美味しく感じるのだ。


 「人間の乳……」それでも葛藤はあった。


 木のスプーンでアイスをすくう。えぇい思い切って食え!涼那は一思いに口にいれた。

 まず感じたのは冷たさ。かき氷のように冷たく口内の感覚が一瞬でなくなる。そして次に甘さ。脳を麻痺させるようなとろけるような甘さだった。

 アイスはとても濃厚だった。クリーミーでこってりとしていて口の中にいつまでも居座るようなしつこさもあった。けれどもアイスに振りかけてあった塩が上手に引きしめてくれて、飽きることなく食べることができた。わがままを言うならウィスキーをかけたい。絶対合う。


 「ふふ、良い顔してるわね」


 「女将さんー! ありがとうございます! とっても美味しいです」


 「涼那ちゃんが元気になってくれて良かったわ」


 涼那はパクパクと食べすすめる。天気が良いのもあってアイスはより一層美味しく感じた。

 その様子に紅茶をすすりながら見ていた女将さんは笑顔で語る。


 「初めて見たときね、涼那ちゃん今にも死にそうな顔をしてたから」


 お節介だったらごめんなさいねと女将さんは続ける。


 「こんな風に美味しそうに食べてくれてすっごく嬉しいのよ」


 「女将さん……」


 涼那はその言葉に思わず女将さんを見てしまった。見ず知らずの自分にここまで愛情を持って世話をしてくれた。何を考えているのだろうと思ったときもあったがどうやら杞憂で彼女は本当にお人好しなのだろう。グッと何かがこみ上げる。

 そして思った。いつまでもいていいからねと女将さんは言うがそう言って甘え続けることもできないだろうと涼那が考えているのを彼女は見抜いているのだろう。そもそも涼那はここの人間ではない。あまり村に長居するのもどうかと思っていたのだ。


 「そうそう明日はごちそうよ! 涼那ちゃんも食べていってね! なんてったって週に一度の収穫祭ですもの!」


 しんみりとしてしまった空気を変えるかのように女将さんが元気に言った。涼那もそれに乗るかのように笑顔で聞きかえす。それにごちそうは単純に気になる。酒は出るだろうか。


 「ごちそう? 何食べるんですか?」


 女将さんは笑顔で答えた。


 「ミノタウロスに決まってるじゃない!」


 やっぱりミノタウロスも食べるんですね!



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