酒狂いヤマモトさん! 〜倫理破綻の異世界ゲテモノ生活〜

87U25

1.召し上がれ!小人の素揚げ!


 疲れた。死ぬほど疲れた。もうこんな仕事やめてやる。


 24歳、山本涼那ヤマモト リョウナ。独身彼氏なし貯金なし。趣味は酒を飲むこと。

 彼女は仕事を終え、フラフラとした足取りで帰路についていた。片手には先ほどコンビニで買った缶ビールを袋にいれて持っている。ちなみにもう5本ほど飲んだ。そして最後の一本を開けながら人生92回目になる退職決意をしていた。


 「やーーってらんねぇよ!! クソ上司!!」


 涼那が歩道橋を歩きなら叫ぶ。周りがギョッとした目をして涼那を見たがすぐに目を背けた。どう考えても社畜の末路だったからである。周りは同情した。


 楽しい大学生活を終えたあとに涼那が迎えたのはクソみたいな地獄の毎日だった。

 涼那は今でも自分の就職活動を呪っている。そしてすぐに辞めなかった自分にも。なぜなら今、自分が辞めると同僚の仕事の負担がふえるからだ。そう考えると辞められなかった。それも上にはお見通しなのだろう。パワハラセクハラは日ごとに加速していた。


 「酒はうめぇーーなーー!」


 歩道橋の手すりによじ登る。履いていたヒールはとっくの昔に投げ捨てられていた。彼女をとめるものは誰もいない。


 涼那は思う。あぁ、自分はお酒が唯一の趣味だった。とくに詳しいわけでもないがただ飲むのが好きだった。週末は行きつけのバーで毎週飲んでいた。ビールを流し込むことも美味しいカクテルをおしゃれに飲むのも。どれもこれも楽しかった。


 「まぁ今はそんな時間なんてないけどねーー!」


 社会人になると忙しくなるのは分かっていた。酒を飲む機会は上司のアホみたいな接待とたまのコンビニの発泡酒のみ。前者は味わう暇などないし、後者は楽しいもののなんだか惨めな気持ちになった。


 涙があふれてくる。手すりにはなんとかよじ登れた。下を見ると車が走っている。この時間まで働いていたのだろうか。「同業者にカンパイ!」涼那は頬をつたう涙をぬぐわないまま酒を飲む。いつもよりしょっぱい味がした。


 自由な世界に行きたい。好きなものを食べて好きな生活をしたい。最近同僚が薦めてくれた漫画に〈異世界転生〉ものがあった。よく分からないが出来るものならやってやりたい。ハゲの上司に毎日セクハラまがいのことをされるような人生が一生続くのであればぜひ転生させてくれ。鬼がいる世界でも死神がいる世界でもいい。


 「アッ」


 そのとき涼那は目が眩んだ。車のライトが想像以上に眩しかったからである。酔った足はおぼつかずそのまま手すりから滑りおちる。「ワッ死ぬ」涼那が思ったときには自分の身体が地面につく直前だった。


 こうして涼那は歩道橋の上から真っ逆さまに落ちた。




 「……ここは……」


 「あらちょっと大変! あんた! 大丈夫かい?!」


 「大変だ、人が倒れているぞ……!」


 そして次に目が覚めたとき、涼那は心配そうに自分を見つめている人だかりの中にいた。目が覚めたことに周りは喜んだ。「えっ、歩道橋」「お酒は」「ていうか仕事」としか言わなくなった涼那を気が動転しているのだろうと言って一組の夫婦が引きとる。涼那の堅苦しいスーツを肌触りの良いパジャマに着せ替え、太陽の光をいっぱい浴びたふかふかの布団に寝かせた。涼那は酔いと日頃の疲れですぐに眠った。


 「すいません、助かりました……」


 こうして目が覚めて正気になったときには陽が沈んでいた。久々に眠ったせいか身体は軽い。自分をお世話してくれた女将さんにお礼を言う。そしてやっと自分がいる世界を見渡した。ここはどこだろうと涼那は思う。正直仕事を辞めることができるのであればどこだって良かった。少なくともここに会社はない。


 外を見るとのどかで空気が美味しい。あたり一面草原が広がっていた。遠くで見たこともない動物が草を食べている。牛の亜種のような変な動物だ。とはいえ涼那は自分が見たことないだけできっとこういう動物も存在するだろうなと納得した。彼女は順応は早かった。女将さんにたずねる。


 「ここはどこでしょうか?」


 「おやアンタ、街から来たのかい。ずいぶん綺麗な格好してたもんねぇ」


 女将さんは笑った。そのとき涼那は自分がスーツを着ていないことに気がついた。着せかえてくれたのだろうと理解をする。


 「ここはソラ村。アイスクリームが有名なただの田舎町さ」


 「ソラ村……」


 涼那は思わずつぶやく。聞いたことのない地名だった。お腹の音が鳴る。そういえば丸一日何も食べていない。お酒を飲んでいたときにつまみを食べたくらいだった。


 「こんなものしかなくてごめんねぇ」


 女将さんがそんな涼那を見かねて料理を作ってくれた。「ありがとうございます」お礼を言う。何かが焼きあがった良い匂いがした。


 出来たての揚げものだった。なにかの素揚げだろうか。ほそながく真っ白で見たこともない。お皿に丁寧に5匹ならんでいた。


 (ウーパールーパーみたい……)


 涼那は昔上司にむりやり連れられて行ったゲテモノ屋さんを思い出した。「食ってみろよ!」店から出てきたのはウーパールーパーだった。ちなみに実家のウーパールーパー、ウパ太郎が死んだ話をした直後である。倫理感もクソもなかった。涼那はクソ上司は溺死しろと願いながら泣く泣くそれを完食した。


 とはいえ今はそのときと違う。クソ上司はいない。いるのは優しい女将さんと旦那さんだ。涼那は迷わずフォークを突きさす。そして躊躇なくかじった。サクッとした音があたりに響く。


 薄手のころもは食感が良く、白身魚のような淡白な味がした。生臭くなく身がほろほろと崩れる。頭の部分はエビの脳みそのような濃い味がした。ハイボールかな、いやビールがいいな。自分勝手なことは分かっているのだが涼那はどうしても酒が欲しくなった。


 「これ、なんですか?」


 「あらあんた食べたことないのかい」


 女将さんは驚いたように言う。なるほど。この辺の名物料理なのかもしれない。もう一匹と口にほうりこむ。


 「"小人の素揚げ"」


 耳を疑うような言葉が聞こえた。思わず口にいれた直後のものを飲み込んでしまう。えっ、小人??小人って言った??


 「ただいまー」


 男の人の声がする。「あぁ、旦那が帰ってきた、ペットの散歩に行ってたのよ」女将さんが何の気なしにいった。涼那は真顔になりながら食べていた素揚げを見る。空腹は最高のスパイスと言ったものですでに3匹ほど完食していた。「三人……」


 ウーパールーパーみたいだと思っていたものはコビトだった。いやなんだコビトって。涼那は思わず自分に突っ込む。それをほぐす勇気はない。そーっと裏がえして表面を見る。小さな目が二つならんでいた。


 (髪の毛むしられてる……!)


 そうだよね!鳥でもなんでも羽をむしるもんね!


 「おやお客さんかい、いらっしゃい」


 「おじゃましています……いやペット!!」


 涼那は思わず叫んでしまった。女将さんは不思議そうな顔をしている。旦那さんがペットと言って連れてるのはどう考えても獣の耳がついた少女だったからである。怯えるような目で涼那を見ていた。


 (奴隷制度反対!!)


 青白い顔で言葉を飲みこむ。周りはこの生活が普通なのだ。ここで叫ぶのはおかしいと長年の勘で押さえ込んだ。

 涼那は思った。どういうわけか自分がいきついた先は見たこともない生物がはびこる異世界なんだと。けれどもそこは自分が想像していた世界とはちょっぴり違っていた。かわいい生物と仲良く冒険できるような世界ではなく……人間以外はすべて食べものとしてカウントされる、トンデモ世界だったのである。


 (に、人間でよかった……!)


 そして涼那は小人の素揚げをサクサク食べすすめながら内心ひどく安堵していた。背に腹はかえられないので。



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