女子高生の告白とキモイの真相
「……おじさん、だよ?」
消えそうなほど、か細い声。
ああ、そうか……おじさんなのか。
ん?おじさん?おじさんって言ったか、今?
俺が顔をあげると、驚いた美玲はぷいっとそっぽを向いてしまった。
顔だけじゃなく、耳まで真っ赤だ。
くそっ、美玲をここまで恥ずかしがらせるとは、なんて羨ましいおじさんなんだっ。
「なあ、相手はおじさんか?」
さすがにおじさんは無いわ。
途端、美玲の表情が一変する。
彼女は真っ赤な顔で立ち上がり、睨みつけながら俺を指さす。
「お……おおお……おっ!」
お?おお?
「おじさんのことだよっ!!!」
うん、分かってる。
さっきもおじさんって聞いた……ぞ?
「そこで正座させられて喜んでる、キモいおじさんだよっ!!」
お、俺かっ!?
キモいおじさんって俺のことかっ?
待て、ちょっと待て。
「す、すすすっ、好きなんだから、しょうがないでしょっ!!」
えっ、えええーーーーーっっ!!
……まさかの告白。
「……なんで分かってくれないのっ?っていうか、ワザと?ワザとなんでしょっ!?」
思わぬことに絶句する俺を尻目に、ここぞとばかりに彼女がまくし立ててきた。
こんな美玲を今まで見たことが無い。
「おじさんって言ったら、おじさんしかいないじゃないっ!」
美玲は俺の胸に勢いよく飛び込んできた。
そしてそのまま、正座から解放された俺の背中に手を回し、その華奢な腕からは想像できない力で強く締め付ける。
ぽふっ、ではなく、ぎゅーーっだ。
突然のことで俺は頭が真っ白になる。
冷静になれ。
俺は美玲の倍は生きている人生の先輩。
それに、ネットの記事で読んだことがある。
娘が父親に望むのは、普通に落ち着いていて大人っぽい父親だ。
心を落ち着かせるために、抱き着いている美玲の髪の匂いを嗅ぐ。
――くんくん
はぁ~、いい香りだ。
美玲は幼い頃から遊び半分だったり、甘えるときに抱きついてくることはあったが、高校生になってからは抱きつかれた記憶は無い。
「おじさん、おじさん、おじさん……」
地味に傷つくから、おじさんおじさんと連呼しないで欲しい。
それと、こんなに抱き着かれているのに、胸のふくらみを全く感じない。そう…絶妙に、いい具合に美玲の胸はぺったんこだ。
「今、胸のこと考えてた……キモイ」
「……そんなことはない」
相変わらず鋭い……。
俺の胸に顔を押し付けながら美玲がフラットな口調で呟く。
フラットなだけにフラット……ぷぷっ。
あ、睨まれた。
……真面目に聞こう。
「……なあ、美玲。なんで俺なんだ?」
美玲を抱きつかせたまま、疑問に思ったことを聞く。
「分かんない。でも、おじさんじゃなきゃダメなの……」
「ダメってなぁ……お前」
「……おじさんは私じゃダメなの?」
「ダメっていうか……そもそも、俺は嫌われていると思ってたぞ」
そう。
美玲は中学の頃から顔を合わせるたびに「キモい」と非難してくる。
言われた当初は嫌だったが、キモいと言われること自体が挨拶のようなものだったし、彼女にキモいと言われないと寂しい自分が徐々に形成されてきたのは間違いない。
決して変な性癖が開花したわけじゃない。
だが、普通に考えれば、キモいと言われ続ければ、それは嫌われていると思う。
「だって、おじさんは私のお母さんの元彼でしょ? 私は幼い頃に両親が離婚したから父親のことをよく覚えていないけど、お母さんが捨てられたことは嫌でも周囲から耳に入ってくる」
そうか、知っているのか。
美玲の母親、美帆が離婚した原因は旦那の浮気だった。
俺もなんとか二人の関係を修復しようと試みたが、結局、旦那は浮気相手と結婚したいと、美帆に離婚を突き付けた。
「男なんて嫌い。私とお母さんを捨てた父親が嫌い。だから同じように、お母さんと別れたおじさんのことがすごく嫌いだった。なんでこの人はお母さんと別れたんだろう、なんで別れたあともお母さんと仲良くしてるんだろう、元カノの娘なのに、どうして私の面倒を見てくれるんだろうって」
普通に考えればそうだろうな。
当時は深く考えずに、シングルで頑張っている美帆を助けたいという一心だった気がする。
ただ、俺が思うように、したいようにしただけ。
「俺が嫌だったからだ。ただの自己満足なんだよ」
「それでもいいの。だって、おじさんは帰りの遅いお母さんの代わりに、寂しくないよう遊んでくれたし、勉強も見てくれた。ご飯も作ってくれたし、寝かしつけてくれたりもした」
懐かしい。
もっと言えば、着替えさせたやったし、一人じゃ入れないからと、トイレや風呂にも入れてやった。
遊んだことよりもそっちのほうが記憶に残ってる。
「きっと、その時の私ってすごく嫌な子だったと思う。おじさんにわがままを言ったり、文句を言ったり、困らせてばかりだった……」
「子供はそういうものだ」
「ありがと。覚えてる?小学校の授業参観のこと」
あれはよく覚えている。
母親の代わりにオレが授業参観に出席したんだが、一日中、美玲は不機嫌だった。話しかけても無視するし、俺を罵倒したり、殴る、蹴るがひどかったから、終いには担任が間に入って止めたんだよな。
「あれはひどかった……そのあともだけどな」
「ごめんなさい。でも、おじさんは嫌な顔せず、ごめんごめんってずっと謝ってたよね。そんなおじさんに私はもっとムカついた。なんであんたが謝ってんのっ?って」
そうか、あれはそういうことだったか。
「話し戻すけど、おじさんは私が中学になっても変わらなかった。部活や塾の帰りが遅くなったら迎えに来てくれたし、私が家出した時も、お母さんに一緒に謝ってくれたよね。いつもいつも私のことを心配してくれた」
周りの親御さんは迎えに来てくれているのに、俺が迎えに行かないわけがない。
まあ、迎えに行くと必ず文句を言われたんだけどな。
「キモいし、恥ずかしいから来ないでって、しょっちゅう怒られたけどな」
「だって、みんなの前で手を繋ごうとしたり、頭撫でようとするんだもん……」
普通じゃないか?
「その、なんだ……お前も大きくなったな」
「そうやって、すぐ子ども扱いする」
「……すまん」
ははっ、胸は成長してないけどな。
「たぶん、その頃くらいから、おじさんを意識してたんだと思う。意識するようになったら、今度は凄く恥ずかしくなって、つい冷たい態度を取ったり、非難したり、突っかかったり……。本当はこれじゃダメ、これじゃ嫌われちゃうって分かってたのに」
俺にはその違いは分からない。
ただ、扱いが酷くなったな~くらいの感覚だ。
しかし、こうして言葉にされると、客観的に見ても、こいつはひどい奴だな。
「そういや、その頃くらいからだな。美玲がキモいって言うようになったのは」
抱き着いてる彼女がビクッと身体を震わせる。
「違うの。あれは嫉妬や恥ずかしいからなの……」
「嫉妬?恥ずかしい?」
少し照れもあるのか、美玲は俺の胸にあてた指をグリグリし始める。
「うん。なんでキモいって言ってしまうのか分からないんけど、私以外の女子と話しているときに嬉しそうにしたり、デレデレしてるときとか……私を、その……ちょっとエッチな目で見ているときとか、女として意識してるって思うと恥ずかしくて……つい、キモいって言っちゃうの」
美玲は昔から感情を表現するのが不得手だ。
素直に伝えられないだけでなく、思っていることと真逆のことを口にすることも多い。
きっと、キモいという言葉は便利だったんだろう。
だが……
「ゴミを見るような視線、見下すような態度もか?」
言葉だけじゃなく、態度もこいつは問題だ。
――グリグリ
「あれは……だって、おじさん、私のそういう態度をとると嬉しそうなんだもん。だからおじさん喜んでくれているのかな……なら、もっと、喜んでほしいなって」
なん、だと……。
じゃあ、なにか?こいつは俺を喜ばせようとしてくれてたってことか?
嫌っているからじゃなくて?
…なんて勘違い。
いや、勘違いじゃないんだが、俺はそんなに嬉しそうにしていたんだろうか。
むしろ、そっちのほうが問題だ。
「……そうか」
もうそれしか言いようがない。
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