第4話 マイ・フェア・シンデレラ
「じゃあねー、後、よろしくー」
「まったね~」
学園祭で行うクラス演劇であるシンデレラの衣装作りで、最後まで手伝っていた数人が去ると、教室の中には僕としいちゃんだけが残った。
しいちゃん、灰谷椎子さんは、クラス委員長だ。おさげ髪に、眼鏡姿で、いかにもザ・優等生という感じだ。僕としいちゃんは家が近所だったという事もあって幼稚園の頃からの付き合いだ。小さい頃は、回りのみんなが、しいちゃんと呼んでいたので、僕もそうしたが、小学校の高学年頃、明らかにしいちゃんが「出来すぎちゃん」であることが分かってくると、ほとんどの人が苗字で呼ぶようになった。僕も普段は灰谷さんだけど、今でも二人だけの時は、しいちゃん、たっくんに戻る。
「あきれた・・」
しいちゃんが言った。
「衣装班だけ遅れているから見に来たら、こういう事だったのね」
「仕方が無いよ」
僕はシンデレラが舞踏会で着るドレスを縫い合わせながら答えた。
「みんな、塾とか忙しいからね」
僕はそもそも学業にあまり興味は無いし、しいちゃんは塾なんか行く必要が無いという点で、ちょっと浮いた存在だった。
僕は服飾デザイナー志望だ。小さい頃からスケッチブックに自分で色々とデザインを書き溜めているような子だった。男子の中では珍しい趣味かも知れ無いが、別にそのことで恥ずかしいと思ったことは無い。今回の学園祭では、衣装チームに参加した男子は僕一人だった。
「それにちゃんと皆、家でパーツを作ってきてくれたり、古着を提供したりしてくれてるから」
「たっくん、お人よしよ」
「ごめんね、しいちゃん。手伝わせちゃって」
しいちゃんは、学園祭実行委員なので、クラスの出し物では特に担当を持っていないのだ。
「ねぇ、たっくんは、どうして、服が好きになったの?」
「え?うーん、なんでだろう。姉ちゃんの影響かなぁ。姉ちゃん、ファッション誌買うの好きだったから」
「女の子向けのでしょ?」
「うん。一杯色々なブランドデザインを見ていると、すげー、わくわくしてさ。全部違うんだよね。どれもこれも工夫があってさ」
僕は何かうまく言えないもどかしさを感じながら続けた。
「どういう風にしたら一番モデルを輝かせられるのかって。そればっかり考えている人たちがいるわけじゃん。ほら、シンデレラだったら、魔法使いのお婆さんみたいな、そういうのになりたいのかも知れない」
「ふふ、語るね~」
2人だけの時、しいちゃんはよく僕を馬鹿にする。
教室に黄金色の夕日が差し込んできた。
「出来た」
完成したドレスを広げると、あたたかな日の光の中で輝くようにひらめいた。ラメのリボンや苦労して付けたレースがパステルブルーの生地に映える。
「いいね」
しいちゃんが後ろから見て言う。
「本当は城ケ崎さんに着てもらってサイズ合わせして欲しいんだけどね」
学園祭の出しもの程度で、そこまで必要無いだろう、というのがクラスのほぼ一致した雰囲気だった。
「あたしが着てみようか?背の高さは一緒くらいだし」
「え?・・・うん」
僕は廊下でしばらくもじもじしながら待った後、中から呼ばれて入った。しいちゃんはシンデレラのドレスに身を包まれていた。
「どう?」
なんだろう。女の子のドレス姿を見慣れていないので、少し落ち着かない感じだ。僕はしいちゃんの周りを少し回って、あちこち布を引っ張って、安全ピンで止めていった。
「腰回りはよく分からないから紐で調整かな。丈は少し詰めた方が良いな」
そこまで言って、ふと顔を上げてしいちゃんと目があって、僕はどきっとした。何故だろう。
「たっくん。ちょっと、そこでぴしっと立ってみて」
「え?ぴし?」
僕はそう言って気を付けをした。
「それじゃ駄目。もっと背筋を伸ばして、顔を上げて」
そう言って、しいちゃんは僕の右手をとって腰の後ろに当てさせ、左手をとって肩の高さに上げた。
「何するの?」
「私の動きに合わせてみて」
囁くようにそう言って、小刻みにステップを踏んだ。僕も一生懸命、彼女について足を合わせる。気が付くと、しいちゃんは、ふふふふーんふーんと小さく鼻歌を歌っていた。
「なんの歌?」
「くるみ割り人形の花のワルツ」
何だっけ、それ。しいちゃんはくすくす笑って言った。
「舞踏会の所で流す曲じゃない」
「ああ、そうか」
夕日の中、彼女が口ずさむワルツに合わせて僕たちは踊った。曲が盛り上がり、僕たちはくるっと一回転した。ふわりとスカートが広がる。いいね、計算通りだ。
僕は思わず笑った。彼女も笑った。
そして曲は終わった。僕としいちゃんが見つめ合う。ここで12時の鐘が鳴る場面だ。
「・・・」
自然と僕は顔を近づけていて、しいちゃんが驚いて身を引いた。
「あ。・・・・うわわわ、ご、ごめん」
僕は慌てて手を振りほどく。
「いや、本当に、本当にそんな気無かったんです。ごめん。無意識に動いてて、うわー、人って怖い」
「・・・バカ」
さすがにしいちゃんが、呆れたように言った。
しいちゃんが制服に着替えてから、また、僕は教室に戻った。片付けを始める。
「しいちゃん、すごいね」
「何が?」
「ダンスだって踊れるんだね」
「ふふ」
良かった。怒ってはいないみたいだ。
「みんなの振付けを見てて覚えたの」
「へぇ」
「セリフも覚えたよ。全員分」
「まじで!?」
しいちゃんは、2つ、3つ、台詞を諳んじてみた。
「すげーじゃん」
「誰にも言ったことないけど、私、本当は女優になりたいんだ」
「ええ!?じょ、女優さんですか」
とっさに、広瀬すずとか、がっきーとか思いつくが、地味なしいちゃんのイメージじゃない。
「うん。小さい舞台でも良いから何かを演じてみたいなって」
あ、そっちか。
「いいじゃん。しいちゃんなら、台詞もすぐ覚えられるし、向いてんじゃない?」
「でも無理よ。おじいちゃんは公務員になれって言うし」
「おじいちゃんが何か関係あるの?」
「ふふ」
その「ふふ」はさっきのとトーンが違った。
「小学校3年生の時の劇を覚えてる?」
「あー、カエルと殿さま?」
僕としいちゃんは同じクラスだった。カエルと殿様はドタバタ劇で、僕は家来8くらいでヒキガエルのお化けに追い回される役だ。しいちゃんは、確か、お化けの正体を見破る偉いお坊さんの役だったと思う。似合わないハゲづらを被って、可愛い声で「喝!!」と叫んでいたのを思い出す。
「目の前で、お客さんが笑ってくれて。なんか、本当にうれしかった。それで、舞台にまた立ちたいなって」
「あんなので?」
「うん、あんなので・・・」
そうか。僕はしいちゃんの横顔を見て思った。あの頃はまだしいちゃんのお母さんも元気だったよな。
その時、突然教室のドアが開いた。担任の石沢先生が顔を出す。
「あれー、2人だけ?」
「はい」
「他の連中はふけたか?まったく、みんなでやれって言ったのに」
「大丈夫です。もうほとんど終わりました」
「そう。じゃあ、そろそろ閉めるから、あんたらも帰りな」
「はーい」
ドアを閉めかけて、また、石沢先生が顔を出した。
「なんも無いよね」
「え?はい」
「そ」
そう言って、ドアが閉まった。
学園祭当日。体育館では、各クラスの出し物が続いていた。あるクラスは合唱を、あるクラスはダンスを披露していた。
僕たちのクラスはもちろん、新釈シンデレラ。新釈という所がミソで、シンデレラの国は隣国に占領されていて、実はシンデレラは占領軍を率いる王子を暗殺する刺客。しかし2人は恋に落ちて、という筋立てだった。
「なにー、足をくじいた!?」
舞台袖で脚本・演出の遠野君が叫んだ。
「うん、病院に運ばれた。たった今」
第3幕の主演を務める城ケ崎さんが足をくじいたという。それも階段を元気よく3段飛ばしで降りていて、というアホな理由でだ。
「どうすんの。もう幕は上がっちゃってるんだぞ」
「俺に言われても」
すでに第1幕が終わり、第2幕でシンデレラが地下組織の訓練を受けるシーンが始まっている。
「田辺出来ない?」
第1幕のシンデレラ役の田辺さんが振られてるが、彼女は青ざめて首を振る。
「無理に決まってるじゃない。ダンスもあるんだよ」
「どうする、止めるか?」
「止めるって、今更、ここでか?」
第3幕の主演男優であるイケメン八王子君が呆れたように言う。
「じゃあ、どうすんだよ?」
「あの~」
僕はおずおずと声を上げた。議論していた人たちが、置物がしゃべったとでも言うような表情でこちらを見る。
「代役、出来る人、知っているかもしれない」
「誰?」
「ま、まず、出来るかどうか聞いてみないと」
「よし、行ってくれ。おい、高橋、堂島。第2幕を出来るだけ引っ張るぞ。カンペ用意しろ」
こういう時の遠野君の判断は早い。
僕は、実行委員会本部の部屋から、取り合えずしいちゃんの手を引いて走っていた。詳しいことは走りながら説明した。
「ちょっと!」
「それで、城ケ崎さんの代わりをしいちゃんにやって欲しいんだよ」
「ちょっとって!!」
しいちゃんは、突然、立ち止まって言った。
「私、やらないよ」
「え?」
「何、勝手にそんなこと決めてくるのよ。そんなの無理に決まっているじゃない」
田辺さんと同じセリフだ。
「私、やりたいなんて言っていないし、みんなの前でなんて出来ないし。勝手すぎるよ」
やばい、泣きそうだ。僕が。
「ご、ごめん・・・」
僕は言った。声は震えていたかも知れない。
「なんとか、クラスの劇、最後までやりたくて・・・。せっかく作ったドレス、出番が無いのは可哀そうで。しいちゃんの気持ち考えてなかった。ごめん」
僕は手を放して、そこから歩き去った。
その手をしいちゃんが掴んだ。振り返ると、しいちゃんは怒ったままの顔で言った。
「準備、手伝って」
「もう駄目だ」
高橋君が言った。舞台では、アドリブでシンデレラ秘密特訓が続いていて、それはそれで爆笑を誘っていたが、さすがに不自然になってきた。
「あきらめよう。ここまでだ。時間もだいぶ押しているし」
そこへ僕たちが駆け付けた。しいちゃんは、完全に体に合ったシンデレラの服を付けている。プラチナブロンドのウィッグを付け、眼鏡を外すと、とてもしいちゃんとは分からなかった。幼馴染の贔屓目を引いても、美少女の部類に入るのは完全に間違いないと思う。
「あんた、誰?」
女子が声を掛けるが、遠野君がそれを制して聞く。
「台詞入っている?」
しいちゃんは無言で頷く。高橋君が書きかけのカンペを放り出した。
「ダンスは?」
「最初のベーシックウィーブなら合わせられる。でも後半は自信ない」
「よし、音楽は2分でフェードアウトさせる。行こう。舞台暗転だ」
舞台に彼女が登場し、スポットライトが当たると空気が変わった。ざわついていた会場がすっと静かになる。存在だけで緊張感が張り詰める。こんなことって本当にあるんだな。
「おう、美しきお方よ。どうか私と踊って頂けますか」
たどたどしい、八王子君の台詞に続き、凛とした、しいちゃんの声が響く。
「武名高き異国の王子よ。私でよろしければ喜んで」
チャイコフスキーのワルツが始まる。堂々とした、ダンスだ。
2人で踊るのは初めてだというのに、完全に息が合っていた。八王子君は、何だかしいちゃんに見とれているようだ。
少し、辛い。
やがて、第3幕は終わった。
第4幕に切り替えるドタバタの中、八王子君が小道具の靴を持ったまま走り回ってシンデレラを探していた。
「あれ、誰?誰なの?あんな美人、うちのクラスにいたか?」
僕らは彼に見つからないように、そさくさと逃げだした。
校舎の裏でようやく僕たちは一息ついた。しいちゃんはウィッグを外して僕に寄こした。それから、すこし眉根を寄せて僕を睨んだ。
「・・・え?」
「ごめん、眼鏡。返してくれる」
良かった。眼鏡が無いので、睨んだように見えただけだった。僕は預かっていた眼鏡ケースを出して渡した。
「しいちゃんって、やっぱ可愛いよなぁ」
何気なくつぶやいてしまった一言に、しいちゃんは、眼鏡を掛けようとする手を止めて、こちらを見た。
「・・・・バカ」
「ごめん」
やっぱり、しいちゃん、怒っている?
「たっくん、ちょっと、ぴしっと立って」
「は、はい」
「目を閉じて」
殴られるのかな。僕が目を閉じると、ほっぺたに温かいものが押し当てられた。
「え・・・」
目を開けると、すぐ近くにしいちゃんの顔があった。
「バカ」
しいちゃんはまた、僕を馬鹿にする。
体育館の方では、シンデレラがフィナーレを迎えようとしていた。良く分からないけど好評のようだ。
『こうして、シンデレラは良い魔法使いと結ばれて、その後、ずっと幸せに暮らしたそうです。めでたし、めでたし』
ちょっと、ナレーション違っていたかも知れ無い。
元になったお話:シンデレラ
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