月桂

1 明けの日

いつもの時間に宮女に起こされ、寝台から出て顔を洗い、寝巻を皇太子の衣装に着替えた明煌めいこうが、太子殿の食召しょくおうの間に出てきた。


その時間までに護衛は食事を終え、待機していなければならない。

月桂の宿舎は、太子殿のすぐ脇にある護衛専用の個室で、決まった時間に食事が配達される。

いろいろあった昨日の疲れが取れていないのか、明煌の顔には年相応の溌剌とした感じがなかった。


「起きられましたか?」

目が覚めたか、と朝の挨拶をすると、明煌は頷き、卓についた。

女人のように細くとがった顎、小さな口、通った鼻すじ、母妃に似た二重瞼の目。

外にあまり出ないので、色が白く、身体も細身なため、もし女人の衣装を着せたら女性に見えそうな明煌だったが、昨日から髪も結い上げて冠をつけ、成人男子の外見になっていた。


「昨日をもって成人なされましたので、今日からさまざまなことが変わります」

いつもの朝と同じように、食べ始めた彼に向かってそうは言ってみたが、月桂自身も初体験なので、どこまでどう変わるかは分からない。

しかし、大きく変わるところがあった。太子殿に人が増えることだ。

食召の間の隅で待機していた二人を手招きする。


「今後、殿下の予定をご案内させていただきます伶陸れいりくと申します」

文官の衣装である水色の袍をまとい、頭を黒い頭巾で覆った青年が、両手を水平に組んで頭を下げ、貴人への挨拶をする。

どう見ても武人にはなれそうもない、細身の身体と白い小さな顔は明煌と似ているが、大きな丸い目に黒目が映えている。


文官になるには、身元の確かな家柄の者でなくてはならず、国の決めた試験に通る必要がある。

まだ若い彼のはきはきとした物言いは、単独で皇太子付きの役を賜ったことに対する自信からか。


「私は、月桂さまと一緒に護衛を務めさせていただきます、忻楓きんふうと申します」

自分と同様に、護衛の衣装である黒の上下に皮の胴着を付けた、いくつか年下の青年が、剣を両手に捧げもち、武人の挨拶をする。

太子殿に務めるなら、主人と同世代が良いだろう、とうわつ方は考えたのか。


「成人したとはいえ、まだ知らないことばかりだ。よろしく頼む」

食べる手を一時止めて、明煌が挨拶を返すと、

「本日は婚姻の儀の翌朝、けの日でございますので、お食事が済みましたら、紅梅舎へ。

その後、紅妃さまとご一緒に王宮へご挨拶に伺います。菖妃さまもご一緒に挨拶を受けられるそうです。

 帰りに、桃央とうおう舎、萩珂しゅうか舎にもご挨拶に立ち寄られてください」


懐から出した帳面を見ながら伶陸が言う。桃央舎、萩珂舎というのは、明煌の父王の側室が暮らす寝殿だ。

一緒に暮らす息子たちにも、改めて目見えの挨拶が必要なのだろう。

「分かった」

そう答えた明煌は、月桂の目には一層沈んで見えた。

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