1-2 明けの日
皇太子の護衛になったのは、月桂が十八の時だ。
当の皇太子・明煌はその時十三。
内軍は主に、王族の護衛をする部隊で、必要な人数だけしかいない。
内軍に務めるには武術はもちろん、王族や来賓の前であっても冷静沈着な判断ができ、ある程度の受け答えができる文化的知識も求められていた。
その代わり、一般の男が入れる軍部とは待遇に大きな差があった。
王族の護衛になれば、俸禄の高さだけではなく、付いている貴人の宮殿の一部に、自分の部屋をもらうことができた。
多くは文武の師について学ぶことができる、商人の跡継ぎ以外の子息が、そういった試験に応募する。
たいていは一人の募集に対して数人が応募するので、まず応募者は軍部のまとめ役である数名の軍師を相手に武術の実力を試される。
そこで残った一人か二人に、宮殿内で王や皇太子に講義をする講師が、どのくらいの知識があるか、数問の出題をし、それに通って初めて内軍に入ることができるのだ。
月桂の父は、隣国・
暁映国では、絹を買う財力があるのは王族と豪商だけなので、取引先は宮殿と大きな商家のみ。
宮殿の近くに構えた店には、多くの労働者が働いていた。
月桂が十歳の時、母が病を得て亡くなり、翌年、父は後妻をもらった。
それで何となく家の居心地が悪くなり、武術の道場か、私塾の師匠の家で過ごす時間が増えた。
後妻には、彼のふたつ下の男子の連れ子がいたことが大きかっただろう。
その後妻に二人目の子ができて、実家はまるで、父と後妻親子の家に見えてきた。
後妻の目を気にして、父は月桂のことを家族の前で話さなくなった。
そんな家を出て、一人で生きていくにはどうしたらいいか。
父の商売は、きっと後妻の息子が継ぐだろう。
どうせ口数の少ない自分に商売は合わないし、と考えていた時、内軍に入るという道があることを知った。
…いずれ内軍に入り、宮殿に住処ができれば、肩身の狭い思いをして実家で暮らさなくても済む。
そう決意してからは、武術の腕を高め、書物にも親しむようになった。
実家の敷地の中の、離れで過ごしていた彼には、家にいる時間はすべて自分の時間であり、庭で剣を振り、身体を鍛え、国の法を読み、政治の仕組みを書物から学んだ。
それだけの準備をしていた彼が、二年ぶりに出た内軍の募集に通らないはずはなかった。
内軍に入ってからは、宮殿の隅々まで歩いて、建物の構成や抜け道などを覚え、数年で配置が決まる。
皇太子にはそれまで、年長の護衛がいて、数か月は一緒に過ごしたが、月桂の実力と皇太子への忠誠心を見届けると、安心したように王宮を去った。
今日のように、初めて明煌に引き合わされた日、月桂は「まだ子どもなのに、なんと気品のある顔立ちだろう」と思った。
肌の色が白いのは、外に出る用事のない証拠のようなものだが、年齢にふさわしくない落ち着き方は、やはり皇太子という特殊な環境のせいだろうか。
年長の護衛に息子のように懐いていた明煌は、彼が引退することを知ると淋しそうな顔をした。
それでも、無理を言うことなく受け入れたのは、「周りが決めたことは、自分が何をどう言っても変わらない、口に出すことも憚られる」という意識が、小さいころから染みついているのだ、と気づいた。
すでに、この国の成人と言われる年齢をふたつ過ぎていた月桂は、そんな十三の皇太子が可哀想になり、自分ができることはすべてしてあげよう、と覚悟を決めた。
身近に友もなく、腹違いの兄弟とは行き来がない。
頼りになるのは母妃ひとり。
敷地内であっても違う建物に離れて暮らしているせいで、会いに行きたくても訪問するには理由がいる。
明煌にとって、月桂は護衛であるだけでなく、頼りになる兄であり、心を許せる友であり、良き相談相手になった。
月桂は明煌の傍で、この国の唯一無二の皇太子が、それでもできるだけ彼らしく生きられるよう、力を尽くし、心を込めて守っていくことが生きがいとなった。
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