第8話 恋人繋ぎ?

「私は2年の豊田とよた 陽万理ひまりだよ。陽万理ひまりって呼んでね」


 2年ってことは僕と同い歳か。

 まあ、確かに同じクラスの連中よりは、幾分か大人っぽく見えるな。


 しかし——なぜ彼女は必要以上に、ベタベタしてくるのだ?

 ……こういうのは普通、将来を決めた伴侶意外とは、やってはいけないのではないのか?


「どうしたの?」

「いえ、ちょっと近いな〜と思いまして」

「恥ずかしい?」

「そうですね……少し気恥ずかしいですね」

「可愛いね、きみ」


 可愛い……またか。男の僕になんで可愛いなんて言うんだ、この学校の女は。


「ウチ……ますます、きみのことが気に入ったよ」


 そういって、僕の首の後ろに手を回す彼女。

 ちょっと、これは流石にやり過ぎじゃないのか?

 そういえば、クラスの女子も鬼龍院の女子たちと比べると、随分積極的だった気がする。もしかして——鬼龍院の外では、これが当たり前なのか?


 くそっ……陽万理ひまりさんのいい匂いで頭がくらくらする。そして何故か鼓動が速くなる。


 落ち着け僕。これはきっとハニートラップなのだ。百戦錬磨の僕が、女子高生ごときのハニートラップに掛かっている場合ではない。


 ——そんな突拍子もない事を考えている間に、予鈴が鳴った。


「続きは、放課後のお楽しみだね。またね山田くん」


 ……またゴングに救われたのか。


 あ、そういえば、放課後迎えにくるっていったたな。ということは。


「先輩、待ってください」

「ん、なに? 放課後まで待てないの?」


 ……なぜ、そうなる。

 ていうか、何を!?


「あの、1年1組の場所を教えていただけませんか? 僕、今日転校してきたばかりで」

「あは、転校生だったのね。どおりで見た事なかったわけだ」

「そうなんです」

「いいよ、連れてってあげる」


 そういうと、彼女は僕の手を引っ張って歩き始めた。


 ……指と指が絡まるように、手を繋がれている。


 もしかして、これは!?


 ——僕が迷子にならないようにという配慮か。

 歳下と思って、子ども扱いか。

 残念だな、実は僕は1年だが同い年だ。むしろ誕生日の関係で、僕の方が年上って可能性まである。

 まあ、案内してもらうワケだしな。ここは逆らわずにいよう。


 校舎に入ると僕たちは、妙に注目を集めた。

 やっぱり、手を引かれているせいだろう。

 変に注目は集めたくない。

 

「先輩……ここまで来ればもう大丈夫です。ありがとうございました」

「え? 遠慮しなくていいよ。最後まで連れて行ってあげるよ」


 結局、教室の前まで手を繋いで連れてこられた。


「先輩、ありがとうございました。助かりました」

「なに言ってんの? ここまで来たんだから中までエスコートしてあげるよ」

「さすがに、それは……」


 クラスメイトの目……いや、倉科くらしなさんの目が気になる。


「さっ、行くよ」


 先輩は悪戯っ子のような顔で僕と手を繋いだまま、教室に入った。

 まあ、当然のごとく、クラス内は騒ついた。


「ふ〜ん」

 

 先輩はクラスの中を一度見回して。


「じゃぁ、また放課後にね」


 また、ずいっと顔を近づけてから、教室を後にした。


「おい、あれ豊田先輩だったよな」

「山田くんと豊田先輩、手繋いでなかった?」

「2人って知り合いだったの?」

「どんな関係!?」

「つーか、恋人繋ぎじゃなかった!?」


 恋人繋ぎってなんだ?


 とりあえず、席に戻ると、頬をぷーっと膨らませたような表情で、倉科さんに見つめられた。

 いや、これは睨まれてるのか?


「心配したのに……最低」


 え? 心配? なんの?


「…………」


 じゃない、そんなことはどうでもいい。

 最低ってなんで!?


「いや、違うんだ、僕、教室までの帰り方が分からなくて、それで先輩に」


 とっさに僕が言いわけをすると。


「今はいいよ。昼休みにじっくり聞かせてね」


 満面の笑みで倉科さんはそう答えた。


「あ……ああ」


 正直、僕は少し気圧された。

 大物政治家ですら頭の上がらない、この鬼龍院きりゅういん たくみが、女子高生の笑顔に気圧された。


 倉科さん……彼女はもしかすると只者ではないのかもしれない。


 そもそも、僕はなぜ彼女に弁解しようとしたのだろう。


 ……交際もしていないのに。


 いや、僕が弁解するのは、彼女に想いを伝えたいという目的があるから、なんとなく理にかなっている。

 でも、倉科さんは何故、僕と先輩が一緒に帰って来て不機嫌になったんだ?

 そして、心配とはなんだ?

 何の心配をしていたんだ?


「…………」


 考えろ……考えろ。

 きっと何か理由があるはずだ。


「…………」


 あっ……そうか。


 学校案内がまだだったから、倉科さんは僕が迷子にならないか心配だったんだ。事実僕は、帰り道が分からなかった。

 しかも僕を誘った男子たちは先に教室に戻っていた。

 そんなところに、呑気に先輩に手を取られて、僕が帰って来たから不機嫌になったんだな。

 よしよし、とりあえず、これで納得しておこう。

 女心というのは不確定要素が多い。

 現時点で深読みするのは危険だ。

 昼休みになれば、もう少し状況も明るくなるだろう。


 ——授業が始まって少しすると、倉科さんは一緒に見ていた教科書の上に、ノートを置き。


『中庭はわかる?』


 と質問して来た。

 そうか喋ると先生に注意されるからか。

 それより中庭か……そのこの窓から見える庭のことだろうか。


『そこの窓から見える庭?』

『うん、そうそう』


 合っていたようだ。


 ……ていうか、なんだろう。


 他愛もない会話だけど、こうやってノートを介してやりとりしているだけで、特別感が半端ない!

 まるで、僕と倉科さんだけの秘密を共有しているようじゃないか。


 僕は今日1日で沢山のことを学んだな。


 そして、彼女が次に記した言葉は。


『昼休みになったら、中庭に集合ね?』


 え……なんで、中庭に集合なんだ。隣の席なのに、一緒に行けばいいじゃないか。


『一緒にいけないの?』


 率直に聞いてみると。


『きっと、山田くん人気者だから、いっぱい誘われると思うの……だから、1人で中庭まで抜け出して来て欲しいの』


 なるほど……そういうことか。

 まあ、確かに今日は物珍しいのか、皆んな俺のところに集まってくるもんな。


『分かったよ』


 当然承知だ。


『えへ、ありがとう。楽しみにしてる』


 その言葉を見たとき、僕の鼓動はまた大きく跳ね上がった。


 楽しみにしてる……案内してくれる倉科さんがなんで?

 それは、どちらかというと僕のセリフだろう。


 やっぱり倉科さん僕のことを!?


 考えれば考えるほど、胸がぎゅーっと締め付けられるようような感覚におちいり、冷静でいられなくなるのが分かったので、僕は一旦考えるのをやめた。


 昼休み……楽しみすぎる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る