第9話 天と地と奈落
昼休み——
「おまたせ、倉科さん」
「やっぱり捕まっちゃったね」
「うん、倉科さんの言う通りだったね」
「まあ、今日の様子を見てればね」
ふむ、倉科さんは分析能力も高そうだ。
「案内行く前に、お昼にしようか?」
「あぁ、そうだね」
「山田くんは学食? それともお弁当?」
実は、僕は昼食は取らない主義だ。昼食後の生産性が著しく低下するからだ。
「僕は、昼食は取らないんだ」
「え?」
とても不思議そうな顔をする、倉科さん。
「お昼は食べないようにしてるんだよ」
「え、なんで? どこか具合でも悪いの?」
「いや、違うんだけど、ほら、お腹になにか入れたら眠たくなるでしょ? だから昼食はいつも学校が終わってから食べるようにしてるんだ」
「え—————————っ!」
そんなに、驚くほどの事なのか?
ボッチだったからその辺の事情には疎い。
「ダメだよ、山田くん! お昼ちゃんと食べないともたないよ!」
全然もつし、むしろ頭がすっきりして生産性も上がるんだけど。
「う……うん」
倉科さんに気圧された。
「私、今日おにぎりだから、ひとつあげるよ」
ん?
「おかずも分けてあげるよ、私が作ったのだから、お口に合うか分からないけど」
な……なにぃっ!
私が作ったのだからって……まさか、倉科さんの手作りってことか?
「はい、おにぎりどうぞ」
満面の笑みで、ラップに包まれたおにぎりを手渡された。
「遠慮なく食べてね」
僕は昼食は取らない主義だ。
たとえ大物政治家に誘われようと、これだけは頑なに固辞してきた。
だけど。
「いただきます!」
僕に食べない選択肢はなかった。
「塩がきいてて美味しいよ!」
「えへ、そう? 嬉しいな」
ヤバい……胸のドキドキが。
「塩分で、午前の授業の疲労回復だよ」
ぶっちゃけ、塩分がどうとか言われても、ドキドキし過ぎて、あまり味は分からなかった。
「卵焼きもあるよ?」
そういうと倉科さんは、卵焼きを、見事な箸捌きで一口サイズに切り分け。
「はい、あ〜ん」
その箸で僕の口へ運んだ。
ていうか『あ〜ん』だと!?
これはリア充カップルの中でも、ひときわリア充な、いわばキングオブリア充のみが行う行為だと小耳にはさんだことがある。
それを、この僕が……ボッチの僕にそんな機会が訪れるなんて誰が予測できた?
おそらく解析のスペシャリストでも不可能だ。その証拠に僕は……思考停止寸前だ。
「あれ? 卵焼き嫌いだった?」
「そんな、ことないよ」
「じゃぁ、あ〜ん」
僕は……倉科さんになされるがまま。
「はむっ」
産まれてはじめてあ〜んをした。
子どもの頃から厳しく育てられた僕は、母親にすら『あ〜ん』をされた記憶がない。
もしかしたら離乳食ぐらいは、してくれたのかもしれないが、流石の僕もそんな頃の記憶はない。
「どう、美味しい?」
自分で食べたおにぎりですら、味が分からなかったのだ。食べさせてもらった卵焼きの味なんて、わかるはずもなかった。
でも僕は。
「美味しい!」
と答えた。
だがこれは、口からの出まかせでも、嘘でもなんでもない。
倉科さんが『あ〜ん』してくれた卵焼きが、美味しくないはずがないからだ。
「肉団子もあるけど、食べれる?」
「え、あ、うん」
「はい、あ〜ん」
僕はお腹よりも、胸がいっぱいになった。
「「ご馳走さまでした」」
なんとも言えない幸せな気持ち。
これが平和の尊さというやつだろうか。
「さて、お腹も膨れたことだし、なんで豊田先輩と恋人繋ぎしていたのか、教えてもらえるかな」
倉科さんは、満面の笑みで僕に問いかけた。だけど、この笑みは、さっき僕におにぎりをくれた時の笑みと、種類が違うことは分かった。
平和は一瞬にして失われた。
*
たどたどしくも、事情を説明したら、倉科さんは分かってくれた。
それよりも分からなくなったのは僕だ。
その名の通り、普通はリア充を爆裂させている恋人同士が、主に行う行為との事だ。
なのに何故、陽万理先輩は、知り合ったばかりの僕に、そんなことをしたのだろうか?
大きな疑問が残った。
そして——
『じゃぁ、心配させた罰として、校内案内は、恋人繋ぎでね』
なぜ僕は罰として倉科さんと恋人繋ぎをしているのだろうか。
百歩譲って、倉科さんのことをなんとも思っていないのなら、まだわかる。
それでも、罰とは考えにくい。
控え目にいって、ご褒美なんじゃないのか?
考えろ、考えろ。
普通は恋人同士が行う特別な行為だ。
それを罰だという理由が、必ずあるはずだ。
「…………」
もしかして。
僕は二つの仮説を立てた。
どちらの仮説も正解だとしたら、とても恐ろしいものだ。
まず、一つ目の仮説は——
倉科さんに僕の気持ちが、バレているということだ。
倉科さんは僕の気持ちを知っていて、恋人繋ぎなんかして、悪戯に僕の心を揺さぶって、僕の反応を楽しんでいる。
そんな悪魔的なことをしている可能性だ。
こんな虫も殺さないような可愛い顔をして、もしそんなことを企んでいるとしたら恐ろし過ぎる。
想像しただけで、心が弾け飛んでしまいそうだ。
そして、もう一つの仮説は——
僕のことなんて眼中にないのよ的アピールの可能性だ。
恋人繋ぎは恋人同士でする、特別な手の繋ぎ方だ。
きっと好き同士なら、照れたり恥ずかしがったりして、こんなにもあっさりと手を繋げるはずがないと考えるのが普通だ。
なのに倉科さんは、あっさりと手を繋ぎ、あまつさえ罰とまで言ってのけた。
……そこから導き出される答えは。
あなたの事なんて、なんとも思っていないわよ、アピールではないのか?
それをわざわざ、知らしめるための恋人繋ぎなんじゃないのか?
ダメだ、涙腺が。
このままでは、耐えられなくなるかも知れない。
「山田くん、どうしたの?」
「え、いや……何でもない」
「何かリクエストがあったら言ってね?」
「う、うん」
僕は妄想を膨らませ過ぎて、構内案内をしてもらったというのに、何も頭に残らなかった。
ダメだ……なんか心が折れそうだ。
このままではいけない、何かダメな方向に思考がいってしまいそうだ。
同じダメになるのなら。
僕は思い切って、倉科さんに聞いてみた。
「ねえ、なんで恋人繋ぎ?」
すると倉科さんは、少し目を伏せて。
「豊田先輩と……してたから。悔しいから」
と答えた。
「…………」
悔しいから?
今、悔しいからって言った?
言ったよね?
なんで?
なんで悔しいの?
「さあ、戻ろっ」
屈託のない笑顔を向けてくれる倉科さん。
結局なんで恋人繋ぎかは、よく分からなかったけど——僕の仮説が間違えていることだけは分かった。
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