第4話 再会
「あ、あなたは、確かあの時の……」
「
言い慣れない名前、且つ、いきなり
それにしても鼓動が激し過ぎる。
まるで今まで僕の心臓は、本気を出していなかったと言わんばかりだ。
「本当ですね……それより、同じ学校だったんですね」
「えっ、あっ、はい! いや、違うんです。実は僕、この学校は今日からなんです」
「えっ、そうなんですか」
「はい」
でも、不思議なもんだ。
いま彼女とこうやって話しているだけで、胸が締め付けられるような苦しみから開放される。
「じゃあ……転校生って山田くんの事だったんですね」
「転校生なんて、何人もいないだろうから、多分そうだと思います」
何が多分だ、確実にその通りだ。そのために学校を買収してまで、今日の日をお膳立てしたのだから。
「あっ……自己紹介がまだでしたね、私は倉科といいます。よろしくお願いします」
「倉科さんですね」
知ってます。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
挨拶を交し終えると、倉科さんは僕を見つめて、頬を赤らめモジモジとしはじめた。
「…………」
はっ!
もしかしてこの反応……まさか、倉科さんも僕に恋しちゃってる⁉︎
これは、いきなり両想いってやつか?
「あの……恥ずかしいので、そろそろ離してもらっても、いいですか」
全然違った。
そして失念していた。
彼女が、倒れてしまわないように抱き支えていたままだったことを。
「ごめんっ!」
慌てて、僕は倉科さんを離した。
なにが、倉科さんも僕に恋しちゃってるだ……妄想がすぎる。
「それにしても、意外でした。私、山田くんは大人な感じがしたので、てっきり歳上かと思っていました」
ん? 歳上?
「私と同じ、一年だったんですね」
なっ、なにぃ————————————っ!
一年だと……。
……学年が違うってことか。
あれほど完璧な資料をもらっておきながら、肝心なところを、僕は見落としていた。
くっ……我ながら情けない。
だがしかし、考えようによっては好都合だ。
共に過ごせる期間が2年間から3年間に増えたという事だ。
……なにせ僕はボッチだったからな、親密な関係を構築する上では初心者だ。時間は多いにこしたことはない。
「すっ、鋭いね倉科さん、本来なら僕は高校二年生なんだ」
「え……そうなんですか」
「そ、そうなんだよ……実は僕、病気がちでね、
「もしかして、それで転入されてきたのですか?」
「うん、留年したまま同じ学校に通うのは辛いだろうって……両親が気を使ってくれてね」
「……そうだったんですね」
がっかりしたような、表情を浮かべる倉科さん。
「…………」
ん? そうかっ! しまった!
僕としたことがとんだ失態をおかしてしまった。
普通……留年って恥ずかしいことだよな?
年齢の辻褄を合わせることに必死になっていて、そこを失念してしまった。
くっ……ここから盛り返すににはどうすればいい!?
「山田くん!」
「はいっ」
突然大きな声で名前を呼び、倉科さんは僕の両手を取った。
はにゃぁぁぁ。
この直後……僕の鼓動は人生最速度を記録する。
「仲良くしましょうね!」
一点の曇りもない瞳で僕を見つめる倉科さん。
眩しすぎる……
倉科さんのあの表情は、がっかりしたのではなく、僕の置かれている状況を心配してくれてのものだったようだ。
くっ……なんていい子なんだ。
そんないい子を、必要な事とはいえ、騙しているだなんて——心が痛む。
案外、山田として生きるのはハードルが高いかもしれない。
「あ、山田くん、職員室に用事があったんですよね」
「あ、そうですね」
「引き止めてごめんね。また後で、教室で」
「うん……また後で」
「…………」
思いがけず沢山喋ってしまった。
これは、仲良くなれた……よな?
ずっとボッチだった僕には、同年代と仲良くなるという感覚が分からなかった。
遠ざかる彼女の後ろ姿を見ていると、また胸が締め付けられるように苦しくなってきた。
彼女と話している時の、ほわっとするような胸の温かみが嘘のようだ。
あ……ハンカチ渡しそびれたな。
まあ、次の話の切っ掛けになると思えばいいか。
「失礼します」
気を取り直して、職員室に入ると、僕は校長室に案内された。
そして校長先生の第一声は。
「申し訳ございません、御曹司!」
僕に対する謝罪だった。
何か問題でも起こったのか?
「御曹司は、二年生なのに、倉科が一年生で、御曹司をダブらせてしまいました」
なんだ、そんなことか。
「顔を上げてください、校長先生」
「しかしっ!」
「それに御曹司もやめてください。どこで誰がみているか分からないので」
「あ、特級秘匿事項でございましたね」
「そういうことです。それにあなたの判断は適切です。学年云々よりも、彼女と同じクラスになることの方が重要なので」
「そう言っていただけると助かります」
ナイス判断だ校長。
もし気を利かせて、僕を2年にしていたら、目も当てられないところだった。
「では、担任を紹介しますので、ついて来て頂いてもよろしいですか」
「ええ、参りましょう」
いよいよだ。
いよいよ、彼女とクラスメイトになれる。
「
「はいよ〜」
『はいよ〜』だと、目上のものに対して、随分とファジーな物言いだな。
「紹介します。彼が話しておいた転校生の山田くん。で、彼女が君の担任の阿弥陀池先生だ」
「はじめまして、山田です。よろしくお願いいたします」
「おっ、君が噂のダブりパイセンか」
……ダブりパイセン?
「私は、
ショートボブで切れ長の目に、口元のスケベ黒子が特徴か。
そして胸も大きい。
どこからどう見ても美人だが……このタイプの女は僕の周りにも沢山いた。
どうということはない。
「はじめまして阿弥陀池先生、よろしくお願いします」
「なんだ、君は……可愛い顔して可愛気がないなぁ」
可愛いだと……この僕がか。
「まあ、一応初対面なので形式的に」
「そっか、じゃぁ次からはちゃんと桜子先生って呼べよ」
「分かりました阿弥陀池先生」
「…………」
「君は、お笑いがわかっているのか、よっぽど頑固な性格なのかの、どちらかだな」
「自分としては前者だと思います」
なんて話をしていると予鈴が鳴った。
「まあいい、ついてきたまえ」
「はい」
「くれぐれもお願いしますよ! 阿弥陀池先生!」
「あいよ〜」
僕は阿弥陀池先生に連れられて、教室に向かった。
「ここを選んだのは君か?」
「ええ、まあ」
「いい趣味してるな」
「いい趣味? 何故ですか?」
「ここは元々女子校だったからな、女子の方が圧倒的に多いんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「なんだ、知らなかったのか?」
「はい」
「そっか、転入は受け付けているが、男子が入学してきたのは今年の一年からだ。もし君が年齢通りの学年だったら大変な事になっていたな」
「そうですね」
危なかった。流石に女子の中に1人とかは勘弁だ。
「あと、君はイケメンだから気をつけろよ」
「え……何にですか?」
「我が校の3分の2は女子校なんだ……だからそういう事だ」
この時の僕は、阿弥陀池先生が仰っている言葉の意味をよく理解していなかった。
だけどその言葉の真意を知るのに、それほど多くの時間を必要としなかった。
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