第3話 特級秘匿事項
転校を決断した、僕の行動は早かった。
一両日中に彼女の通う高校を買収して決裁権を得ると、翌日には校長を我が家に招き、僕の処遇を相談する
これからお世話になろうとしている組織のトップに君臨する人物だ。本来ならば僕が訪問し、丁重にお願いするのが筋なのだが、この件は特級秘匿事項に相当する。
万が一にも情報漏洩は許されない。
だから非礼を承知で世界最高峰のセキュリティーを誇る我が家に招いたのだ。
「こ、この度は御目通りが叶い、恐悦至極にございます」
やや緊張の面持ちの校長先生。
「まあまあ、校長先生、楽にしてください」
「はっ、では」
だが、なかなか良い面構えだ。悪くない……第一印象としては僕が通う高校のトップに相応しいといえるだろう。
「わざわざ、お呼び立てして、申し訳ございません。実は今回、折行ってお願いが御座いまして」
「私に出来ることなら、何なりとお申し付けください」
「では、単刀直入に」
「はっ」
「僕を、御校に転入させては頂けないでしょうか」
「えっ、我が校に御座いますか!?」
驚きの様子を隠せない校長。
「そうです」
「本気で仰っているのですか? 確かに我が校も偏差値は高い部類に入りますが、それでも御曹司の通われている、
「そこはあなたが気にするところではないですよ。僕はもう飛び級で海外の某大学を卒業していますので」
「左様にございましたか……これは失礼いたしました!」
「構いませんよ」
そもそも、もう社会に出て成功を収めているのだ。僕には学校へ通う意味すらないのだがな。
「しかし御曹司、それであれば、
何故だと!?
「それは特級秘匿事項です。残念ながらお教えすることはできません」
言えるわけないだろ……御校の女子生徒に一目惚れして、想いを伝えるためにお近付きになりたいなど。
「差し出がましい真似を、失礼いたしました!」
「構いませんよ校長」
「……いつから本校へ登校されるのでございますか?」
「明日からです」
「明日で、ございますか!?」
「難しいですか」
「問題ございません! そのように手配いたします!」
「すばらしい、よろしくお願いいたします」
「はっ!」
「それと、幾つが希望がございます……聞き届けていただけますよね?」
「なんなりとお申し付けくださいませ!」
話の分かる校長で助かる。
「まず、僕が
鬼龍院と知られて、彼女に距離を取られてしまうと元も子もない、これは必要な措置だ。
「そうですね……御校で僕は、
「は……はあ」
「特級秘匿事項の特別措置です。ご容赦いただきたい」
「承知いたしました!」
よし、
「あと、もう一つ」
「なんなりと!」
くっ……ダメだ、彼女の名前を口にしようとするだけで、胸が締め付けられるように苦しくなってくる。
だけど、ここで引き下がるわけにはいかない、高校の買収までして進めた計画を、名前を口にするのが恥ずかしいなんて理由で、頓挫させるわけにはいかないのだから。
「く……
はにゃぁ……だめだ……もう胸が張り裂けそうだ。
名前を口にしただけだぞ?
こんな状態で、同じクラスになって僕は、耐えられることが出来るのか?
「え……えーと」
校長は不思議そうな顔をしていた。
「それだけで、よろしいのですか?」
「そうです」
お前にとっては『それだけ』の事でも、僕やこの国の未来にとっては『それほど』の事なのだ。
「……承知いたしました。では、そのように手配いたします」
「ご協力感謝いたします」
「め、滅相もございません」
よし……これで、舞台は整った、あとは僕が想いを伝えて——両想いとやらになるだけだ。
——僕はその日一日中、ドキドキが止まらなかった。今までのように締め付けられる、苦しみだけでなく、高揚感も混じっていた。
明日になれば、彼女に会える。
そう思うだけで、内から湧き立つ、エナジーを感じた。
……恋とは諸刃の剣だ。
あれほど、モヤモヤしていた胸が、会えるとわかった途端にスッキリして活力が漲ってくる。
会話のきっかけはある。
あの日……彼女が手に巻いてくれたハンカチ。
このハンカチを返すことをきっかけに一気に距離を詰める。
今まで僕に友達ができなかった、理由の一つに、話すきっかけがなかったこともある。
準備は万端だ。
*
——翌日、僕は意気揚々と彼女の通う高校へ登校した。
なんて清々しい朝なんだ。
まるで、僕の新しい人生の門出を祝ってくれているかのようじゃないか。
そう……今日から僕は
山田 匠だ。
山田 匠となってこの思いを——倉科
うっ……名前を思い浮かべただけでドキドキする。
こんなんじゃダメだ。
もっと強い気持ちだ!
僕は、校長に言われたとおり、まず職員室に向かった。
「失礼します」
職員室の扉を開けると、1人の女子生徒が……急いでいたのか、勢いよく僕の胸に飛び込んできた。
僕は、少し後退りながらも、彼女が倒れないように抱き支えた。
「す、すみません! 急いで……」
「いえ、大丈夫で……」
これが、再会した彼女と、はじめて交わした言葉だ。
僕と彼女はしばらく、そのままの体勢で見つめあった。
頭が真っ白になって……どう振る舞っていいのか。
何を話しかければいいのか分からなかった。
もう……わけが分からないぐらい、胸の鼓動が高鳴っている。
このまま心臓が止まってしまうんじゃないだろうか。
永遠に感じる一瞬を僕は味わった。
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