第5話 自己紹介

 阿弥陀池あみだいけ先生に伴われ教室に移動した僕は、一つ年下の新しいクラスメイト達に騒めきをもって迎えられた。


「え、誰あれ?」

「転校生?」

「ねえ、めっちゃカッコよくない?」

「イケメンだよね?」

「うん、めっちゃイケメン!」

「私タイプかも!」


「みんな静かにしろ」


 女子達からは僕を賛辞する声と共に熱い視線が向けられた。まあ鬼龍院きりゅういん家に生まれた育った僕にとって、この手のことは慣れっこだ。でも、今日は妙にドキドキしてしまう。


 それというのも、このクラスには……倉科くらしなさんがいるからだ。


 彼女に注目されていると思うだけで、舞い上がってしまう。あの日以来、僕は僕の身体を完全支配できていない。


 そして、今日はなんと! 男子からも熱い視線が向けられた。

 ……なんだこれは? 女子から向けられる視線とは何か違うのは分かるが。

 こんなこと、はじめてだ。

 今まで遠巻きに羨望の眼差しを向けられることはあったけど、こんなにも熱い視線を向けられた事はない。


 ……もしかして皆んな——僕と友達になりたいのか?


 これは、早速、鬼龍院の名を偽った成果が出たかもしれない。


「今日からこのクラスに転校してきた、山田だ。皆んな仲良くしてやってくれ」


 阿弥陀池先生の紹介に、新しいクラスメイトは拍手で応えてくれた。

 幼稚園から大学まで、一貫教育を行う鬼龍院学院では、競争についていけず、転校していく者はいても、転校してくる者はいなかった。


 すなわち、このシーンは僕の人生初尽くしの記念すべきシーンだ。


「山田、自己紹介しろ」


 そう言って阿弥陀池先生は僕にチョークを手渡した。


 黒板に名前を書いて自己紹介でもしろってことか。

 ふっ……いいだろう。チョークとはいえ、僕の達筆に驚くがいい。


 そして僕は、ここでとんでもない失態を犯してしまう。

 転校後はじめての自己紹介に意気込み過ぎたのか、こともあろうに、間違えて『鬼龍院』と書いてしまったのだ。


 くっ……どうする? どうリカバーする?


 そうだ、僕は咄嗟の判断で『鬼龍院学院から転校してきた山田匠です』と書いた。


 すると、クラスメイト達は過剰にこれに反応した。


「鬼龍院学院だって!」

「イケメンなだけじゃなくて頭もいいのね!」

「やべーなあいつ」

「鬼龍院学院ってことは相当なお金持ち?」

「素敵っ!」


 中にいるときは、分からなかったが、鬼龍院のブランド価値はこれほどまでに高かったのか。

 うん、これもいい経験だな。


山田やまだ たくみです」


 先生に言われた通り自己紹介したのだが。


「…………」


 皆んなの反応は薄かった。


「おい、それだけか? もう少しなんか言うことないのか?」


 なに……これだけではダメなのか?

 プロフィールでもアピールしろってことか?

 ……しまったな。

 山田についてはまだ、プロフィールを設定中だ。倉科さんに会いたい一心で最速で転校したが、こんなことなら1日遅らせるべきだったか。


 皆んな僕に注目している。

 僕の言葉を待っている。

 このままだんまりを決め込むってわけにもいかないな。


「その……仲良くしてもらえると嬉しいです」


 くっ……恥ずかしい、こんなありきたりの言葉しか出てこないなんて……もっと予習して気の利いたセリフでも考えてくればよかった。


 だが、予想に反して。


『『キャァ————————っ!』』

「可愛い〜!」

「イケボ!」

「私こそ仲良くしてね!」

「仲良くされたい!」


 クラスメイトの反応は良かった。


 分からないものだ。そしてこの反応は、今まで僕が生きてきた常識にはなかったことだ。

 鬼龍院の外に出てみれば、まだまだ僕の知らないことが沢山あるのかもしれない。


 所詮僕も井の中の蛙だったってことか。


「よし、山田の席はそうだな……倉科の隣だ」


 な……なにぃ————————————っ!

 いきなり彼女の隣だと!?


 また胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に陥った。

 だがこれは、嫌な感覚じゃない。良い方の感覚だ。

 

「倉科、今日1日教科書見せてやってくれな」

「はいっ!」

「まあ、そんなわけだ山田。今日は倉科に教科書は見せてもらってくれ」

「あ、はい」


 教科書を見せてもらえだと!?

 倉科さんに!?

 隣の席で教科書を見せてもらうとか……何のサプライズだよっ!


 これは校長と阿弥陀池先生に本校のオーナーとして金一封を送らなくてはな。


 彼女の席に近付くほどに大きく鼓動が跳ねる。

 これからの高校生活……毎日このドキドキが続くのだろうか。


「よろしく、倉科さん」

「よろしく、山田くん、なんか縁があるね」

「本当だね」


 くぅ————————————っ!

 縁があるとか……殆ど仕組んだことだけど、倉科さんそんなふうに思ってくれていたのか——嬉しすぎるだろ!


 席に座ると、彼女のいい匂いがしてきた。

 女子の隣に座るだけで、こんなにも幸せを感じたのは初めてだ。


 父さん、今日まで厳しく育ててくれてありがとう。そして母さん——産んでくれてありがとう!


 今日の日は今後の僕の人生を含め、最良の日ランキングベスト3に入るだろう。


「山田くんって、鬼龍院学院だったんですね」

「はい、まあ一応そうです」

「あっ、せっかく隣の席になったんだし、同級生なんだし、敬語はやめようよ」

「あっ、そうだね、そうするよ」

「私、そんなに勉強得意じゃないの、分からないところがあったら教えてね」

「もちろん」

「その代わり、学校の分からないことは私が教えてあげる」

「本当!? じゃぁ休み時間に学校の案内お願いしてもいいかな?」

「いいよ、でも、お昼休みにしよ。それ以外だと、移動だけで終わっちゃうし、みんな山田くんと話したいだろうし」 


 なんだろう、実際に話してみると思っていたより、すらすらと話せた。


 そして思っていたより、何倍も幸福感でいっぱいだった。


 今の心配事といえば、心臓が速く動きすぎて寿命が縮まってしまわないかってことぐらいだ。


 こうやって僕は順風満帆な、新しいスクールライフをスタートさせた。


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