第48話、皆がAランクに認めてくれた
ギルドフロアの奥にプラチナさんがいる、ということで、セアたちと分かれて向かおうとした俺。
壁側にいる負傷者たち。横になっている者の手当をしている者もいて、それらを一瞥したら、ふと知っている顔を見つけた。
壁にもたれて、表情をなくしたように立っていたのはテチ。ガニアンに所属する女騎士だ。自分が正しいと思ったら、梃子でも動かない頑固者で、上から目線が鼻につく女だが――
「テチ……?」
俺は声をかけずにはいられなかった。彼女は、右腕がなかった。肘のところで包帯が巻かれていて、本来そこにあるはずものものがなかったのだ。
「大丈夫か……?」
「……」
虚ろな瞳。まるで抜け殻のような顔である。利き腕を失ったのが、相当ショックだったのかもしれない。そういえば――
「ひとりか? 他のメンバーは?」
ガニアンの他は一緒にいないのか。俺の問いに、テチは答えない。しかし口元は動いたので、聞こえないわけではないのだろう。
俺の魔法で、腕は再生しないかな? もしできたら、凄い回復魔法になるが……できないだろうか。
「……そんなに、人が打ちひしがれているさまが滑稽か」
テチがそんなことを言った。
「ふん……貴様にとっては、さぞ愉快だろうな。私が、片腕を失い……二度と、剣を握れなくなったのは」
震える声。こらえきれずに涙が浮かぶ。
「愉快だなんて。……その腕を治せたらと――」
「は? 治せたら、なんだ? 馬鹿にするな! 治せるわけないだろう!」
テチはヒステリックに叫んだ。
「ふん、そうやって哀れんで、裏では笑ってるんだろう!」
「そんなこと――」
「うるさい! 放っておけ! 貴様の哀れみなどいらない!」
感情的なテチは、その場を離れた。俺の伸ばした手に見向きもしない。あそこまで拒絶することもないのに。……俺、そんなに彼女に嫌われてたのかな。
失礼ながら鑑定でみれば、『自暴自棄』の文字が浮かんだ。利き腕を失い、騎士として再起不能な現実と精神的ショックが原因のようだ。
つまり、俺だからではなく、誰にでもああいう態度をとってしまう精神状態だったということかもしれない。
……まあ、だからと言って、拒絶されて気持ちがいいわけではない。お望みどおり、そっとしておこう。
・ ・ ・
ギルドマスターのプラチナさんの周りに集まった上級冒険者たちが集まっていた。俺もその輪に加わる。
防衛戦前の打ち合わせにいたメンバーは、半分もいなかった。負傷でいない者もいたが、戦死した者もいた。
プラチナさんの説明によれば、集計中であるが、十数名が死亡。その3倍以上の負傷者が出たという。すでに復帰した軽傷者もいれて、現在、任務につける冒険者は、戦闘前のおよそ半分くらいらしい。
百人以上の冒険者が防衛戦に参加し、残っているのがその半分とは……。
「結構やられたな」
ロッチが言えば、プラチナさんは首を振った。
「もっと損害は大きかった。いえ、下手したら全滅していたかもしれない。町は破壊され、住民にも多くの犠牲が出ていたかもしれません」
その視線が俺へと向いた。
「ツグ君たちのおかげです。もちろん、皆が頑張ったのは事実ですが、デビルドラゴンを早々に倒してくれたのが大きかったのは間違いありません」
「同意」
「相違なし!」
上級冒険者たちが、好意的な視線を向けてくる。防衛戦の前に、実力について疑いを向けてきた痩身の戦士が頭を下げた。
「君を侮っていた。すまなかった」
「ほんと、凄かったわ」
女魔術師がウインクすれば、髭の中年騎士も頷いた。
「実に見事な戦いぶりだった。君がいなければ我らも無事では済まなかっただろう」
「どうだろう? 彼は間違いなくAランク、いやそれ以上の実力を持つ冒険者だ。Bランクから昇級させるべきだと思うが」
「異議なし。皆、彼の活躍を見ているからな。試験もいらんだろ」
冒険者たちが口々にそう言った。
Eランクだった頃、上級冒険者への昇級には試験があると聞いたことがある。試験には上級冒険者が立ち会うことになっているが……。
「全員一致だな」
ロッチが頷けば、プラチナさんは微笑んだ。
「昇級を決める会議の場ではないのですが、皆の賛同がありましたので、ツグ君をAランク冒険者に昇級させます」
「おめでとう」
「おめでとうー」
拍手の輪が起きた。
「あぁ、どうも……」
どうしてこういう流れになったのかわからないが、俺のAランク昇級が、アルトズーハを代表する冒険者たち全員に認められてしまった。
それまでどこか沈んでいた冒険者たちの顔が、少し明るくなったように見えた。……ああ、そうか。悪い話題ばかりになりそうだから、何かいい話題が欲しかったんだな。
その後の打ち合わせだが、まずは防衛戦に活躍した冒険者たちへの報酬や、戦利品の分配などが話された。
倒したオークやスケルトンの装備品や、デーモンの素材などで、充分な報酬が支払われる。
なお、デビルドラゴンに対しては、倒すまで手をつけたのが俺だけだったからか、丸ごと、俺の好きにしていいと言われた。
「そりゃドラゴン素材は魅力的だけど、ツグが単独で倒したのに、俺らにも寄越せってのは違うだろ」
うんうん、と冒険者たちは同意した。
二匹目か……どうしよう。普通にギルドに処分してもらってもいいが……また、大金が転がり込んでしまうか。
他には、町の防衛隊が壊滅的損害を受けたので、外壁周りの警備に冒険者から人手を出すという話があった。空中からの先制攻撃で、外壁にいた兵に多数の死傷者が出たのだ。
アルトズーハ一帯の領主であるトラート伯爵が、新たな兵を増員するまで、人数不足を補おうという話だ。これについてはクエストという形で出されたので、志願が出てあっさりと解決。
後処理関係でいくつか話し合った後、最後にプラチナさんは言った。
「ここ最近、悪魔の目撃情報はありましたが、今回の悪魔の軍勢ですが、その出所がはっきりしません」
「ダンジョンからじゃないんですか?」
冒険者からの質問に、プラチナさんは首を横に振った。
「可能性は高いですが、ダンジョンから出てきたという証言は今のところありません。デビルドラゴンに関係する話で、魔界からこちらの世界に介入するゲートのようなものがあって、そこから現れるというものがあります」
「すると、この近辺に、そのゲートがあるかもしれない、と……?」
ロッチは腕を組んだ。冒険者たちも表情が険しくなった。
「今回みたいな攻撃が、まだ発生する可能性が高いと?」
「可能性の話ですが、なくはないのが始末に悪いですね」
「その、あるかどうかも定かではないゲートとやらを探す? 見つかるのかね?」
「探索する必要はあると思う」
俺は発言した。……ひょっとしたらネージュが、さっき考え事をしていたのはそれかもしれないな。
彼女の生まれた国であるビランジャ王国は、邪竜と悪魔に滅ぼされたという。そのゲートの話、案外本当のことかもしれない。
「何か異常という形で、存在しているかも。逃げた敵の捜索と掃討を兼ねて、調べるべきだ」
「だな。放っておいて、ダンジョンスタンピードみたいなことになっても困る」
ロッチが賛同した。
これで上級冒険者たちも探索活動に賛成した。また起こるかもしれない、という危機感が、皆を動かしたのだ。
枕を高くして寝るためにも、必要なことと言える。
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