第35話 冒険者にも悪い奴はいる。
目的がわからないことには、先制して手を打つこともできない。
明確な攻撃の意思を見せたのならともかく、何も知らない相手に何らかの仕掛けをするのは、よろしくない。
こいつら人相が悪い、殴られそうだから殴った――なんて許されるはずがない。人を見た目で判断しないってやつだ。
「とりあえず、隠れて様子を見よう」
素通りするようなら行かせてやればいい。もし何かを探しているようなら、その時はご挨拶といこう。
雨をしのぐためか、フード付きのマントで雨対策をしている。……怪しい宗教集団みたいだな。
「……」
沈黙。じっと様子を見守る。壁だけとなった建物、木材と石材の山などを、見ていたそいつらは、三人ずつのグループに分かれて散開した。
「くそ、何かを探しはじめた」
「どうする、やるか?」
フラム・クリムが金棒を握りしめる。俺は「まだ待て」と仕草で止める。
捜索対象が俺たちと決まったわけじゃないからな。実は、この廃村にはお宝があって――みたいなネタで来ただけかもしれん。
とはいえ、このまま捜索されればこちらも見つかるのも時間の問題だ。敵意のある連中だった場合、視認した時点でやばい。
俺は魔法を使う。幻影の魔法――俺の姿を、連中に見える位置に具現化させられないか?
「どうだ……?」
俺の位置から離れた位置に俺の幻影を魔法で出現させる。捜索している奴らが、もうすぐ幻影を視界に収め――
バスン、と矢が壁に刺さった。
「……撃たれた!」
幻影は突っ立ったまま。矢がすり抜けたのだ。……当たったフリをして、倒れさせられるか?
俺がその様子を想像して送ると、幻影は壁にもたれかかり、首をガクリと下げた。こんなお粗末な演技で騙せたか? 雨が降っているから多少は誤魔化せるか……?
さらに矢が二本、幻影の胸部分に刺さった。一発なら誤射だが、三発は明らかに故意だ。
「これは許せないな」
俺は雨にもかかわらず、外に出て、幻影のほうに歩く。セアもフラム・クリムもついてきた。
「――いきなり撃つことないんじゃねえか?」
俺の幻影を撃った冒険者がクロスボウを手に、倒れている幻影に近づいた。
「こいつがどこに金を隠してるか聞き出さないと……」
「近くにガキと女がいるだろ。そいつら捕まえて吐かせればいいさ」
「ついでにお楽しみってか?」
「いい女もいるって話だ。一発ヤリたいねぇ」
ゲヘヘ、と下品な笑いで三人が、幻影を見下ろし首をひねる。
「こいつ、おかしくないか……?」
「――何もおかしくない」
俺が魔法の手でひとりの首をつかんで引き寄せる。
「あっ!?」
残りの二人が本物の俺を見て、クロスボウを構えるが――
シャッ!
グシャッ!
ひとりは首を裂かれ、もうひとりは鈍器で頭蓋を砕かれた。
「俺をお探しかい?」
魔法で首を絞めつつ、浮かせたひとりを俺のもとに引き寄せる。足が地面につかずもがく冒険者。
「目的は、デビルドラゴンを倒した報酬金か? ……どうだ!?」
さらに首を絞めれば、その冒険者は頷くようにわずかに頭を上下させた。
「素直でよろしい」
ゴキッ、と嫌な音を立てて、男の首が折れた。
「だが大事な仲間を暴行しようとした罪は許されないよな……?」
セアはラン・クープラについた血を払いながら頷いた。
「せっかく血を落としたばっかなのに、またついちまった」
フラム・クリムは金棒を肩に担ぎながら言った。
「残りは何人いるんだ、ツグ?」
「6人だ」
3人ずつに分かれているから、ひとつずつ潰していこう。
・ ・ ・
手順は同じだ。幻影を囮につかい、引き寄せたところで、睡眠の魔法をかけて眠らせて、始末する。
中に、状態異常魔法対策の魔道具を持っていた奴もいたので、完全成功とは言えなかった。だが、仲間が突然眠りだして驚いた隙をつくことで、結局のところ俺たちは無傷で切り抜けた。
残る6人中、5人死亡、1人を捕虜にした。ゴブリンどもが犠牲者をもてあそんだ建物に捕虜を連れていき、尋問タイムである。
「……畜生っ、放しやがれ!」
捕虜になった冒険者の男を、拘束魔法で動けなくして座らせている。
俺は手帳を取り出し、魔法のページで、魔法とその効果を書き出している。
『聞かれたことに対し、必ず真実を話させる魔法』
さっそく捕虜に魔法をかける。これで準備完了だ。
「さて、お話のお時間だ。聞かれたことに答えろ」
魔法が効いているようで、男はコクコクと頷いた。
「ここへは何しにきた?」
「あんたたちを殺して、金を奪いにきた」
マジ正直に答えやがった。魔法ってのは凄いね。
俺のそばで、ネージュがあからさまに不快な顔になり、フラム・クリムは金棒をパシリと自らの手に軽く打ちつける。……脅さなくて大丈夫だよ。
「ここにきた奴で全員か? 他にこの件に関わっている仲間は?」
「仲間はここにきた全員だ」
じゃあ、直接俺たちを狙う奴とその一味は全滅か。
「仲間じゃないが、あんたを殺してほしいって言っていた奴がいるらしい」
「誰だ?」
「オレは知らない。リーダーがそう言ってた」
そのリーダーは始末しちまった。くそ、誰だ、俺を殺したがっている奴って。
とっさにアヴィドの顔が浮かんだ。……うん、まあ、あいつならあるかもな。証拠はないが、心当たりはあるってやつだ。
俺は手帳を取り出して、新たな魔法を書き込む。催眠魔法――
「『お前はこれから、冒険者ギルドに行き、いままでやった悪事を洗いざらい証言する』」
「オレは……これまでの悪事を証言する……」
「仲間は……そうだな、『影のような魔物に襲われて死んだ』」
「仲間は影のような魔物に襲われて死んだ……」
「行ってよし」
拘束の魔法を解き、死体から回収した冒険者プレートの入った袋を投げ渡す。フラム・クリムが目を丸くし、ネージュも驚く。
「オレは行く……」
男は去っていった。俺は思わずため息をついた。催眠魔法、使えそうだ。いっそ、アヴィドの野郎に会って、じかに確かめてみるか?
「あ、あの、今、ツグ様、何をなさったのですか?」
ネージュが目をパチパチと瞬かせていた。何って……ああ。
「ちょっとした催眠の魔法をかけた」
「催眠の魔法! それは高レベルの魔術師が使うという!?」
「ただ者じゃねえとは思っていたが、敵を操る術まで使えるとはなぁ」
フラム・クリムが、うんうんと頷いた。
「アタシの母上と同じか、それ以上の使い手だな!」
「君のお母さんも使えるのか?」
「ああ、術は得意なのさ。……アタシは引き継がなかったみたいだけど。ツグは凄ぇよ!」
「褒めても何も出ないぞ」
俺が苦笑すると、ネージュは不安そうに言った。
「さすがです、ツグ様。しかし……大丈夫でしょうか?」
「冒険者を返り討ちにしたこと?」
「先ほどの男が、本当のことを話したりは……?」
「大丈夫だと思うよ」
問題ない。金に目がくらんだ冒険者が、新人を狩るなんて行動は、時々起こるもんだ。それに関係して殺し、殺されるというのも、まったくないわけではない。
もちろん、冒険者すべてがそんな悪党ばかりじゃない。ロッチみたいな模範的な冒険者もいるしな。
願わくば、大金につられたアホがこれ以上、出ませんように。
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