第30話 鬼の姫の事情


 オーガ娘――フラム・クリム曰く、呪いを受けたせいで、一族を追放されたのだと言う。


「その呪いとは何です?」


 ネージュが問えば、俺の回復魔法で、足が自由に動くようになったフラム・クリムは答えた。


「鬼喰いだ」

「鬼、喰い?」

「要するにさ、鬼を見ると食いたくなるって呪いだよ」


 どこか拗ねたように、フラム・クリムはそっぽを向いた。


「普通、オーガってのは、他の生き物の肉を食らうんだが、アタシの場合は、もちろん他の生き物でも食うが、同族に対しても無性に食いたくなるんだよ」


 同族喰いか。そりゃ周りのオーガからしたら、さぞ気味が悪いだろうな。


「で、不思議なことに、人間とかそれに似た亜人には食欲がわかないんだわ。だから一族からは、『お前は人間から生まれたのではないか!』と罵られて、呪われ者の烙印を押されちまったってわけだ」


 人間は食べないのか……。へぇ、そりゃ変わってるな。


「一族を追放されたって話だが、さっき同族に殺されかけてたよな? あれはどういうことだ?」

「サンドルか? あいつは血縁関係なんだがな、アタシのような呪われ者は一族の恥だから、殺そうとしてきたんだよ!」


 あの少年型オーガはサンドルというのか。まあ、それはともかく。


「これからどうするんだい、フラム・クリム?」

「逃げる。だがサンドルだけは、ぶち殺す」


 フラム・クリムは鼻息が荒い。


「あいつさえ始末すれば、追っ手はない。本当なら、追放だから殺されるいわれはないんだけど、何故かあいつだけ、アタシを殺そうとするんだ」

「よし、わかった。フラム・クリム、俺たちと一緒に来い」

「は?」

「え!?」

「何と!?」


 当のフラム・クリムのみならず、ネージュとヘイレンさんも驚いた。セアだけは無表情のままだ。


「な、何でだ!? アタシはオーガだぞ? 一緒に来いって正気か?」

「正気だとも。もうこうやって普通に話しているしな」

「よろしいのですか、ツグ様」


 ネージュが不安げな顔になる。俺は、じっとフラム・クリムを見やる。


「大丈夫だろう。彼女はオーガだけど、人は食わないし。角はあるが、上位種だけあって体格は長身の女性だしな。町を歩いても、そこまで目立つわけじゃないし」

「角は目立つと思いますが……」


 ヘイレンさんが突っ込む。俺は顎に手を当て考える。


「まあそうだな。額当てとか。兜みたいなので角は誤魔化せるんじゃないかな。冒険者なら普段から武装していても不自然じゃないし」

「なるほど」


 ヘイレンさんも腕を組んで、その姿を想像したようだった。


 それにな――俺は思っていることを口にする。


「あのサンドルって奴、俺も殺すつもりのようだから、もうさっさと出てきてもらって倒しておきたいなって思ってさ」

「……そういえば、オーガは執念深い種族でしたな」


 嘘か実か、そう言われているね。ヘイレンさんも知っていたか。


「それに、追放されたって聞くとね……」


 これは個人的な同情。つい最近、冒険者パーティーから追放された身だから、ちょっとだけ親近感が湧くんだ。


「ツグがいいなら、わたしもいい」

「そうですね。ツグ様がよろしいのであれば、異論はありません」


 セア、そしてネージュが言った。ヘイレンさんも同意の頷きをした。全員一致だ。


「というわけで、フラム・クリム。あなたさえよければ、こちらは一緒でも一向に構わない」

「……」


 うーん、と白髪のオーガ娘は唸るように考え込んだ。ひとしきり悩んだ後、頷いた。


「とても迷惑をかけた。利害が一致しているわけだから、その言葉に甘えようと思う。それに個人的に借りもある。何かの形で返したい」

「じゃあ、決まりだ」


 では、ひとまず帰ろう。オーガ上位種のフラム・クリムを加え、俺たちはダンジョンから引き上げた。


 なお、帰りの道中では、サンドルは仕掛けてこなかった。



 ・ ・ ・



 適当な兜を拾い、額にひとつ穴を開ければ、あら不思議。兜の飾りに見える。


 捜索スキルで手頃な兜を探した結果、寄り道したが、ちゃんと拾えたのは捜索様々だ。なお他にも装備を回収して、オーガ変異種が持っていた金棒を担いだ姿は、前衛系の戦士そのものだった。


 ……しかし、オーガ少年が引っかからないのは、もうこのダンジョンにいないのかねぇ。


 ともあれ、俺たちはダンジョンを出てアルトズーハの町に戻った。


 冒険者ギルドで、クエスト終了報告のついでに、フラム・クリムを冒険者登録した。


 受付嬢のウイエが、長身で女性としてはがっちりしたフラム・クリムを見上げて言った。


「強そうですね……」

「ああ、強いよ」


 字が書けないフラム・クリムの代わりに俺が代筆してやる。登録料も立て替えて、晴れてFランクの冒険者に。


 それが終わったら、ギルド長からの依頼ということで応接室に……じゃなくて解体場に行くことに。


 ギルマスのプラチナさんは、ご機嫌だった。


「貴方のことだから、オーガ変異種の死体も回収してきたのでしょう?」

「お見通しですね」


 というわけで、解体場でガブリ氏と会って、プラチナさんの前で、回収したオーガ変異種二体、通常オーガ五体の死体を並べる。


「え……」


 プラチナさんの表情が凍った。


「変異種が二体もいたの?」

「はい。あと他に五体」


 そう聞いたプラチナさんは、わなわなと震えた。


「なんてこと……こんなにオーガがいたなんて。ごめんなさい、ツグ君。あなたたちにクエスト以上のことをさせてしまって」


 謝罪するプラチナさん。


「いやいや、幸い、怪我もなくくぐり抜けられましたから」

「……そうかもしれないけれど、それに甘えてもいられないわ。貴方はドラゴンをも倒せる実力者だけど、想定以上の敵がいたなんて、下手したら貴方たちを死なせてしまったかもしれないのよ! 本当、ごめんなさい」

「プラチナさん……」


 そうまで俺たちのことを気遣ってくれるなんて……。嬉しいじゃないか。


「情報が足りなかっただけです。プラチナさんが悪いわけじゃないですよ」


 俺は本心からそう言った。だいたい、マズイと思えば撤収もできたんだ。……あ、いやできなかったか。でもその辺りは、やはりプラチナさんばかりが悪いわけじゃない。


「ツグ君……」


 何か感動したような目を向けられたが……。まあいいや。


 オーガ変異種討伐依頼、完了! 当初の3倍の成功報酬を受け取った。ちゃんと色をつけてくれるプラチナさん。

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