第27話 ネージュの悩み
お礼をしようにもお金がない。何か代わりのものを渡そうにも、価値のある物は武具しかない。
私、ネージュ・ビランジャは悩みます。
王族だったのは過去の話。ただの騎士でしかない私に、自分以外に価値あるものを持ち合わせていません。
故郷もなければ、家もありませんし、私に仕えてくれているヘイレンは、王国が消滅した時点で契約も切れています。彼は個人的にわたしの旅についてきてくれて、いたらぬ私を助けてくださいますが、雇用関係にはありません。
しかし、いくら契約はないとはいえ、忠義を尽くしてくれたヘイレンにもお礼をすべき立場。にも関わらず、私は彼に頼り、いまツグ様にも助けていただいております。
あぁ、ツグ様……。
私より年上の殿方です。粗野な冒険者が多い中、彼は大変紳士的です。セアさんという女の子の冒険者と組んでいらっしゃいますが、紳士でなければこうはいかないのでしょう。
ツグ様は大変お強い方で、憎い邪竜、その首をあっさり叩き落としてしまうほどのお力をお持ちです。
しかも! 戦士でありながら、高度な魔法をたくさん使いこなせます。私を庇い、瀕死の傷を負ってしまったヘイレンを、奇跡の治癒魔法でお救いくださいました!
また、わたしの体を蝕んでいた闇の宝玉を抜き出して、カゲビトという呪われた存在に成り下がる寸前で助けていただきました。
いわば、命の恩人です!
感謝してもしきれません! このご恩は必ずお返ししなくてはなりません!!
だから、私は、私に関わるすべての権利を手放し、ツグ様に捧げました。たとえ彼が、私の貞操を差し出せというのなら差し出しますし、命を断てと言われれば従いましょう。
やれと言われれば、何でも致します。
にも関わらず……私はツグ様に剣を教えてください、などと頼んでしまいました。
もちろん、強くなりたいですし、国を滅ぼした悪魔や邪竜が現れれば打ち倒したいというのは本当です。
けれど……その、大恩あるお方に、お礼を返す前にお願いごとなど、恥ずべき振る舞い。あぁ、時間が戻せるなら、戻したい。
私のバカ、バカ、バカ!
もう、どうしたらいいのかわかりません。考えるだけでモヤモヤします。
いっそ、ツグ様が私に命じてくだされば、何だっていたしますのに……。
どうすれば、彼のお役に立てるでしょうか? とりあえず、彼の考えを推し量り、奉仕する……。それに意識を集中しましょう。
私は、彼の盾。彼の忠実なる下僕。
・ ・ ・
冒険者ギルドの受付カウンター。俺は顔馴染みとなったウイエさんに、ネージュとヘイレンさんの二人と、しばらくパーティーを組むことを告げた。そしてその手続きをする。
ヘイレンさんが付き添い、ネージュはセアと掲示板のほうへ行き、クエストを吟味している。
手書きの申請書類に書き込むウイエさん。……その用紙、印刷で増やせば楽になるのにね。全部、手書きだから、受付嬢さんもいちいち書くのは大変だろうに。
「……ツグ様」
ボソリと聞こえるか聞こえないかの声で、ヘイレンさんが言った。
「姫様は、あなたに全てを捧げました」
「……」
「全てです。つまりは、性的なことを含めて、生殺与奪の権利を手放したのです」
何言ってるのこの人!? ここカウンターで、ウイエさんもいるんだけど……と思ったら、そのウイエさんは聞こえていないらしく、書き込みを続けていた。
「これは、言ってみれば奴隷も同然です。奴隷ではありませんが、ツグ様に対して絶対服従するつもりのようです」
ちら、と俺はヘイレンさんを見る。カウンターでウイエさんの仕事ぶりを眺めていた彼は、視線だけを俺に向けた。
「ツグ様には馴染みがないでしょうが、姫様は王族の娘。将来、有望なる男子のもとに嫁ぎ、それに尽くすよう教育を施されてきました」
「……」
「世間からすれば、偏った教育と言えましょう。ただ、そう育ってしまった、という認識で、姫様に接していただきたく、不躾ながらお願いした次第」
やはり、周囲に聞き取れない絶妙な声でヘイレンさんは言った。
「あの方が何をされようと、あの方に罪はございません。お叱りにならぬよう……」
「悪いことは悪いと言う」
「はい?」
俺の声に、ウイエさんが顔を上げた。
「すまない。独り言だ」
作業に戻るウイエさん。俺は再びヘイレンさんを見て、小さく頷いた。すると彼も頷きで返した。
だいたい了解しました。しかし……ビランジャ王国のお姫様教育って、ずいぶんと男に都合のいい解釈を教え込むんだな。
嫁いだ先の家の面倒を見て、あるいは操ろうとか、考えなかったのだろうか? 過去、妻が裏で実権を握ったり、スパイじみた情報収集などやっていた例もなくはない……はて、それはいったいどこの世界の話だ?
また思考が混線したが、まあ、それはいい。
ネージュがそうなってしまったのは、ある意味、性格も関係しているのかもな。
掲示板を見ている元お姫様の後ろ姿を見る。
騎士の格好はしているが、言動をみると、深窓の令嬢というか、ドレスを着て穏やかに微笑んでいるのがよく似合いそうな雰囲気を感じるんだ。
後ろ暗い策謀とかに向いてないと考えたのかもな。まあ、ビランジャ王国はすでになく、真相は闇の中だけど。
「終わりました」
ウイエさんが申請書類を書き上げた。
「ご苦労様」
「いえいえ。あ、これギルド長から指名クエストです。……それにしても、見事に前衛職ばかりのパーティーですね」
「どうも。……そうかもしれんな」
俺が戦士から魔剣士に変わっているが、セアは戦士。ネージュは騎士で、ヘイレンさんも戦士だ。一見すれば、超前衛型のパーティーである。
「では、私は弓でも持ちましょうか?」
ヘイレンさんが冗談なのか本気なのかわからない軽い口調で言った。
戦士と言っても、専門職以外の前衛ないし中衛を大雑把にまとめたところがあり、扱う武器もさまざま。弓使いでなくても、弓やクロスボウを使う戦士もいるのだ。
「心得があるのかい?」
「はい。武器はひと通り扱えるよう訓練しました」
「それは頼もしい。魔法のほうは?」
「そちらは適性がないようで、多少魔力はあるようですが、魔法はさっぱりで」
うん、知ってる。鑑定で見たから。でもここはさも知らなかったと振る舞うのが正解だろう。
「おっと、どうやら、邪魔な虫が現れたようです」
ヘイレンさんの目が鋭くなった。掲示板のネージュとセアのもとに、男の冒険者が近づいたのが見えた。
「くそ、よりにもよって……アヴィドじゃないか!」
以前所属していたパーティー『ガニアン』のリーダー。嫌な予感しかしない!
俺は掲示板のほうへ早足で向かう。一定範囲内の聴覚を強化。
『よう、お嬢さん、いま仕事を探しているのかい?』
『そうですが……。何か御用でしょうか?』
アヴィドが声をかけ、ネージュが返事をした。セアの視線は、敵視モードに変わっている。
『いい仕事があるんだが、よければ話を聞かないか? オレはアヴィド。Bランク冒険者パーティーのリーダーなんだが……』
『せっかくの申し出ですが、わたし、仕えている主がいますので、ご希望には添えません』
『主ぃ……? ふん、腐っても騎士ってか? だが、あんたみたいな娘を冒険者やらせているなんて、貧乏な主なんだろ? オレのところに来いよ。満足させてやるぜ?』
下卑た笑みを浮かべるアヴィド。おう、今ここでぶん殴ってやりたいその横顔。クソ魔術師がネージュに肩が触れ合うほど近づいた時。
「失礼」
ネージュが髪をかきあげる動作をとった。ついでに彼女の小手付きの腕がアヴィドの顎を直撃。アヴィドは無様に床に倒れた。
「これは失礼」
ネージュは、まったく悪びれることなく、アヴィドを見下した。
「たまたま腕が当たったようです。気をつけてください」
「お、おま……」
顎を押さえながらアヴィドが睨み返すが、そこに俺とヘイレンさんが到着。
「ネージュ、セア、行こうぜ」
「な、ツグ!?」
「ようアヴィド。これからダンジョンに行くんだ。うちの仲間は忙しいから、もういいだろう」
「お前の仲間だぁ……Eランクの癖に」
「あー、ごめん」
俺はわざとらしく銀のランクプレートを見せた。
「俺、もうEランクじゃないの」
「……っ!」
真っ赤になって怒り出しそうなアヴィド。その時、ネージュが遮った。
「失礼」
「ぎやぁぁぁぁっ――!」
アヴィドの悲鳴がフロアに木霊した。
「駄目ですよー、床に寝転がっては。踏んでしまいます」
アヴィドの股間が、鉄で補強されたブーツに踏まれている。口調は優しいが、ネージュの表情はガチ切れ。
「主様を侮辱すると、許しませんよ。だって私、冒険者の前に騎士ですから」
行きましょう、主様――ネージュはニッコリ微笑んだ。お、おう、それじゃ行こうか。
アヴィドは悶絶していた。
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