第22話 コラソン工房
ドワーフは、コラソンと名乗った。工房の名前は、そのまま彼の名前らしい。
「それで、せっかく来てくれたのに何じゃが、お前さんら金はあるか? 世の中、相場を知らない奴が多くてな。金の話をしたら高いだの、ほざきよるからの」
「それなら心配ない」
俺はわざとらしく笑顔を作った。
「大物を仕留めて、お金は充分ある。それに少々、希少な素材も持ってきたんだが……むしろ、こっちで扱えるか心配だけど」
「はっ、言うじゃねえか、若いの。こちとら魔法金属さえ扱えるドワーフとサイクロプスコンビじゃ。そこらの鍛冶屋と格が違うわい!」
別に挑発するつもりはなかったが、結果的に試すような調子になってしまった。……まあ、いいでしょう。
「それで、さっそくだけど、こういう素材なんだ」
俺は、台の上にそれらを並べた。
デビルドラゴンの鱗、爪、歯、角、そして骨、魔石。雷獣の毛皮、爪、歯、やはり魔石など。
「……」
コラソンが沈黙している。心なしか目が大きくなっているような……。
「これらを使った武器とか、防具を作れないかな?」
俺は言ったが、コラソンに無視された。いや無視というか、聞こえていないというか。
「コラソンさん?」
「……」
トントン、と肩を叩いたら、ビクリと動き出した。息が止まっていたのか、呼吸を繰り返している。
「大丈夫か?」
「ああっ! 大丈夫じゃ! いったいこりゃ何だ!」
喚くようにコラソンは言った。
「ピュグメー! ピュグメー! ちょっとこい!」
「なんぞな……?」
事務所の高いところにある窓が開いて、サイクロプスが顔を覗かせた。身長がざっと見たところ三メートルくらいあったから、普通に見下ろされる格好になる。
「お前、この素材がわかるか? ドラゴンなのは間違いないが……」
ああ、一応、ドラゴンというのはわかるんだ……。
「あー、うんー」
ピュグメーがのっそりと言った。
「そりゃあ、魔界産のドラゴンじゃあねー。こっちじゃ大変珍しいやつだぁ。ニイさん、こいつを仕留めたんかねぇー」
「魔界産のドラゴンじゃと!?」
コラソンは、改めてその素材を見つめた。
「えらく上物じゃが……。上位種か?」
「んだ。おつむは下級だが、素材としての質なら並のドラゴンより格上だぁ」
「ふむふむ、ふーむ」
コラソンが腕を組んで、満足げに頷いた。
「なるほどなるほど、そりゃそこらの鍛冶屋じゃ、手にあまる代物じゃわい。ワシらのような魔法武具も扱える工房じゃないとな」
「武具を作ってもええかぁー!」
つたない調子ながら、ピュグメーの声が楽しそうに聞こえた。それはコラソンも同じようで。
「待て待て、依頼人がどんなものを欲しがっているかも確認せずに勝手に作るわけにはいかんじゃろ」
「んーっ」
どこか残念そうな声になるピュグメー。俺は言った。
「ひょっとして、自由に使っていい分の素材を提供したら、嬉しい?」
「あるのか!?」
コラソンは目を剥いた。顔を近づけないで、ヒゲもじゃドワーフさん。
「ただでさえ、貴重なもんじゃろ?」
「丸々一頭分。それをギルドで処分したから金はあるんだよ。素材もまあ、そこそこ」
足りないというなら、複製の魔法で増やそう。いいものを作ってもらえるなら、サービスしましょう。
「乗った」
コラソンがごつい手を出して握手を求めてきたので、俺も応じた。岩のようにゴツゴツした手のひらだった。
「ピュグメー、よかったな。こちらのニイさんは、上客じゃぞ。お行儀よくしろよ」
「んだ」
そのお客の前で、上客とか言っちゃっていいのかな。苦笑する俺だが、まあ、他に客がいないから噂になることもないだろう。
「それじゃあ、どんな武具をお望みか、話を聞こうか。武器にしろ、防具にしろ、お前さんに合うサイズでこしらえないとな」
「ちなみに、この子にも作って欲しい」
俺はセアの分も忘れずに言う。見た目が子供のセアであるが、コラソンは侮ることもなく頷いた。
「戦闘スタイルを教えてくれ。適切な装備を考えよう」
・ ・ ・
というわけで、希望の武器や防具をコラソンとピュグメーに説明した。
素材をどう武具に取り入れるか、ああだこうだと言いながら話していたら、結構なお時間が経っていた。
「3日くれ。それだけあればできるじゃろう」
それってかなりのスピードだと思うんだが、ドワーフとサイクロプスだからだろうか。人間が作るのと工程が違うのかな? 専門家じゃないから俺にはわからん。
「了解。じゃあ、3日後」
もうすでに作業を始めているピュグメーが、とても楽しそうなのは気のせいか。
コラソン工房を出れば夕焼け空。そのまま春の木漏れ日亭に戻ったのだが……。
「昼にツグさんを訪ねてきた人が何人かいましたよ?」
看板娘のエリンちゃんが教えてくれた。
邪竜討伐の冒険者ってことで、噂になっているんだろうな。話の早い連中が、獲得した報酬金のニオイを嗅ぎ回っているということだろう。
こりゃ本格的に、よからぬ輩がやってくる前に、ここを引き払ったほうがいいかもな。せっかくいい宿なのに、迷惑をかけたくないし。
「エリンちゃん、俺、冒険者ランクがBになったよ」
「Bランク! それはおめでとうございます! 凄いですね」
実際、ランクがどれくらいのものか、素人であるエリンちゃんにはわからないかもしれない。だが上位ランクがそれなりのものであることくらいは、わかるようだった。
「ツグはすごい」
セアが淡々とだが、そう言った。
「ドラゴンを倒した」
「ドラゴン!?」
「そういうこと。で、報酬もたんまりもらえたんだが……それでよろしくないことを考える奴に目をつけられたかもしれない」
昼間きたという者たちがそれかもしれないと臭わせる。正直、手を出してくるとは限らないし、考えすぎかもしれない。
が、何か起きてからでは遅いこともある。
「で、もしかして宿に迷惑がかかるかもしれないから、名残惜しいけど、ここを引き払うよ」
「そうですか……残念です」
エリンちゃんが、がっかりしたような顔になる。その反応からすると、俺とセアはいいお客さんとして見られていたのだろう。
「当分はどこかで様子を見るよ。落ち着いて、まだ住むところなかったら、また来るからさ」
「それはありがとうございます。……それで、今夜はどうされます? 出発は明日?」
俺は念のため、索敵スキルを使う。俺らに敵意のある存在がいたら……。
「うん、いやもう出るよ。どうも、この宿の周りを見張ってるやつがいるみたいだ」
敵かはわからない。が、宿を見張れる位置に何人かいるなんて、ちょっとおかしい。
寝静まった時に襲撃とかされたら目も当てられない。
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