第23話 尾行されてる?


 こっちが男ひとりと少女ひとりだからって、何人も見張っているとか。ロッチのような冒険者パーティーだったなら、そういうことはなかっただろうな。


 昨日までEランクだった奴が、いきなり大金を持っていたら、まあ襲って奪おうって考える悪い奴もいるのだろう。


 殺伐。


 油断したら、町の中だって刺される。……実際、俺、物盗り野郎に刺されたしな。


「今日は町の外で野宿だな」


 いやあ、ダンジョン行く前に道具屋で、野外用の調理道具や寝袋とか買っておいて正解だった! ほら、ちゃんと準備しておいてよかっただろう!


「……とはいえ、こうなるとは思ってなかったんだよな」


 町の外へ向かいながら、セアを見た。


「セアは、野宿は平気か?」

「うん」


 コクリと少女は頷いた。


「見張りもできる」


 経験者……まあ、過去の邪教組織での経験なんだろうが。何にせよ、野宿がダメとか言わなくて、俺は気持ち的にも大助かりだ。やっぱり、いい娘だ、この子。


「気づいている?」


 セアは、ちらと後ろを一瞬だけ見た。


「尾行されてる」

「ああ、気づいている」


 索敵スキルで、ちゃーんと把握している。


「声をかけてくる様子がないってことは……平和的に金をお願いするってタイプじゃないな」


 たぶん、寝込みを襲ってくるんだろうな。町の外で、人がいない場所なら、面倒がないだろうしな。


 ……まあ、逆のことも言えるんだけどね。こっちを襲うってことは、返り討ちにあっても文句はねえよなぁ……!


 アルトズーハの町を囲む外壁。その入り口にいる門番は怪訝な顔になった。


「今から出るのか? もうじき夜だが」

「ああ、今夜は外で野営さ」

「クエストか。冒険者も大変だな。わかってると思うが、門は閉めるから、明日の朝まで町には入れないぞ」

「わかっている。ありがとう」


 俺は門番に挨拶して、町の外へ出た。索敵を発動させながら、歩きながらしばらく観察していたら、やはり追跡者が五組ほど。


「夜なら魔獣が多いから、追跡も諦めると思ったが……」

「……」

「町の外まで追ってきたとなると、完全にこっちを襲う気だろうな」


 そこまでやるつもりはない者は、町から出ずに引き返したはずだ。さて、この追跡してくる連中をどう対処するか。


「……片付ける」


 セアは、いつもの淡々とした目を向けてきた。まあ、慈悲はないだろう、彼女には。


 辺りはすっかり暗くなっていた。草っ原を歩いているが、ところどころ岩があって、意外に歩きにくい。


 ただ今日はよく晴れているせいで、月明かりが眩しかった。照明はつけなくてもいいだろう。


「目のいい奴だったら、たぶんこっちの姿も見えるんだろうな」


 暗闇だったら、偽の照明を使った誘導とかできたかもしれないけど。天気がこれでは仕方ない。


「うん……?」


 索敵が別の反応を捉えた。前から誰かがやってくる。先回りされた……とはさすがに考え過ぎだが、念のため迂回しよう。


 こちらは進路を変更する。すると前からの反応も、こちらへ方向を変えた。あまりにタイミングがばっちり過ぎて、ちょっとビックリ。


「こっちの位置がわかっているのか……?」


 俺は反応に対して鑑定魔法を当ててみる。すると――


 ――ネージュ・ビランジャ。18歳。ビランジャ王国の――


「あれ、この前のお姫様?」

「お姫様……?」


 セアが小首をかしげた。いや、首をかしげたいのは俺も同じだ。邪竜を討伐した時に出会ったあの女騎士じゃないか。


「何でこんなところに……」


 そう思っていたら、ネージュ姫の進路が変わった。迂回した俺たちのほうへ来るかと思ったら離れていく。というより、俺たちを追尾してきている連中のほうへ向かうように見える。


「どうなってるんだ……?」

「ツグ」


 セアが俺を見た。


「何だが、変な気配がする。影の、気配……」

「影の気配?」


 何だそりゃ。セアの視線を追えば、先ほどのネージュがいる方向。何かやばいものがいるのだろうか? しかし、索敵によれば、そっちにはネージュしかいないが……。


 ――姫様ーっ!


 ふと、遠くから声が聞こえた。索敵範囲に新しい反応がひとつ。聴覚を強化すれば、ネージュと一緒にいた老戦士ヘイレンの声だとわかった。


「ネージュ姫を探している……?」

「みたい」


 セアにも聞こえたようだ。


「だが方向が違う。……どういうことだ」


 と、そのネージュが、俺たちを追尾していた一組目と遭遇した。


『なんだ、あれ……?』

『ば、ばけものっ!?』


 ひえぇっ、と男たち悲鳴を上げて逃げ出す。索敵と聴覚で直接は見ていないが、明らかにおかしい。ネージュを見て化け物って言った?


 索敵で見たところ、逃げる連中をネージュが追っているが、歩いているせいか距離が引き離されている。逃げている奴らが足を止めない限り、追いつかれることはないだろう。


「とりあえず、ヘイレンさんの方に先に会っておくか」

『――姫様ーっ!』

「セア、声の主に会いに行くぞ」


 ネージュのほうは後回しだ。たぶんヘイレンに会えば、状況がわかるだろう。


「ツグ、ヘイレンって誰……?」

「邪竜と戦った時にいた戦士だよ。ほら女騎士のそばにいて、俺が回復魔法で助けた人」

「わかった」


 セアは思い出したらしい。移動すると、前から聞こえてきた声が大きくなった。


「姫様ーっ!」

「ヘイレンさん!」

「わっ……誰だ!?」


 ヘイレンは剣を構えた。草のこすれる音くらい聞こえていたかと思ったが、それに気づかないほど切羽詰まっていたかな?


「俺です、ツグです!」

「あ、ツグ殿!? 何故こちらに――」


 俺が助けただけあって、すぐにヘイレンは剣を下ろして、近づいてきた。


「いま、姫さ――ネージュさんを探してましたよね?」

「見かけられたのですか? ツグ殿!」

「あっちにいます。何かあったんですか?」

「それが……」


 ヘイレンは言いかけ、口をつぐんだ。言いにくい事情のようだな。


「さっき、後ろのほうで『化け物』って声を聞いたのですが、それと何か関係が?」

「……!? そんなっ!」


 目を見開くヘイレン。俺が指し示した方向へ、彼は走り出した。


「姫様っ!」

「ヘイレンさん! ……ああ、もう! 行くぞ、セア!」

「うん!」


 駆け出したヘイレンを追う俺とセア。索敵スキルで位置はわかっている。そしてネージュと他の追跡者がいる場に追いつく。


 そこには全身、真っ黒な炎のような揺らぎに包まれた人型と、血に塗れて倒れている男の姿があった。


「姫様っ!」


 ヘイレンが呼びかけると、影のような人型が顔をこちらに向けて、次の瞬間、その影が消えた。


 そこにいたのはネージュであり、彼女は力を失ったようにその場に倒れた。慌てて駆け寄るヘイレン。


「……いや、ほんと、これどうなってるんだ?」


 俺は困惑し、セアと顔を見合わせた。

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