第20話 大物殺し


 邪竜を倒して祝勝会をやった後は、春の木漏れ日亭で休んだ。


 そこそこ飲んだ上に疲れもあったのか、宿のベッドに突っ伏したら、そのまま寝てしまった。


 複製ベッドを出すのを忘れたから、朝起きたらセアと同じベッドで寝ていた。


 誓って言うが、何もやっていない。目が覚めたら、セアが俺を抱き枕みたいにしていたが、何もなかった。


 さて、朝食の後は、冒険者ギルドへ。いつものギルド……と思ったら、昨晩、酒場にいた冒険者たちが声を掛けてきた。


「よう、ドラゴン殺し!」

「昨日はありがとな! また奢ってくれよ!」

「なんでだよ!」


 相手は冗談じみた口調だったから、俺も苦笑する程度で返した。


 ――あれがドラゴンを仕留めた……。


 ――大物殺し?


 酒場にいなかった冒険者たちにも噂は広がっているようだ。昨日、ロッチが武勇伝を語ったおかげか、広まるのも早い早い。


「あ! ツグさん、セアちゃん!」

「おはよう、ウイエさん」


 受付嬢のウイエが、カウンターではなく俺たちのところにやってきた。


「おはようございます。ギルド長が、来たら応接室にと。昨日の報酬と昇級の件です」

「ありがとう」


 さすがにギルドのフロアでする内容ではないということだ。ウイエさんに従い、俺とセアは応接室へ足を運ぶ。


「おはよう、ツグ君、セアちゃん。すっかり休めた?」

「昨日ぶりです、ギルド長。ええ、おかげさまで」

「それはよかった。朝は、何を食べたの?」

「宿の朝食を……何です?」

「単なる会話よ」


 意外に雑談を混ぜてくるタイプなのかな。どこか気まずく感じたか、プラチナさんが咳払いして、本題に入った。


「デビルドラゴンを解体部門が総がかりで解体しました。希望の素材を除いて、ギルドのほうで買い取らせていただきます」


 仕事モードだと、キリリとした美人さんであるプラチナさん。


「それで希望の素材を除いた金額として、金貨1万枚が支払らわれます」

「……は?」


 マジですか? 俺は耳を疑った。えぇ……。


「ツグ?」


 いまいちピンときていないセアである。


「1日金貨1枚使うような生活をしても二十数年は、働かなくてもいい分の報酬がもらえるってこと」


 高い買い物をせず、贅沢しなければ、一生食っていくことも可能だろう。


「いや、しかし、素材抜いてもその額ですか……」


 困惑したまま、プラチナさんを見れば彼女は笑みを浮かべた。


「今回のデビルドラゴンは希少でしたから。素材だってほぼない状態。ツグ君が完全に近い形で死骸を回収したのも大きいですね」

「家が買えるな」


 俺は、それだけの大金を得てしまった。武具だって上級冒険者が揃えるような業物や魔法装備を買うことだってできる。報酬を元手に商売を始めることだって可能だ。……いや、まあ、商人になりたいとか思ったことはないけど。


 上級冒険者で思い出した。


「それで、ランクはどうなりますか?」

「3ランク昇級で、ツグさんはBランクとなります」

「Bランク……」

「ご不満?」

「いえ、とんでもない」


 万年Eランクを卒業だ! ……でも、ひょっとしたらAランクとか、ちょっぴり期待していた部分もあったので、ほんのちょっと、ちょっとだけガッカリしたかな。


 でも3つもランク上がるなんて、普通はないんだから、これでも喜ぶべきところだぞ。


「ツグ君なら、Aランクになるのもさほど遠い話ではないわ」


 プラチナさんは言った。


「何せドラゴンを単独で倒してしまえるのだから。そんな冒険者が当ギルドにいるなんて、頼もしいわ」

「いや……でも、Eランク歴が長かったですから。どうでしょうね」


 美人に褒められただけで、ちょっとガッカリしたのが消えてしまうとは、俺もずいぶんとお調子者である。


「本当はAランクでも差し支えないと思うのよ。でも冒険者ギルドの長い歴史を見ても、一挙に4つランクも上がった例はないの。3ランクアップが最高ね」


 一度に上げられる制限の影響か。それなら仕方ない。これでも最大限の昇級なら感謝するしかないね。


「そういえば、セアのランクは変わります?」


 ふと聞いてみると、プラチナさんは心持ち眉をひそめた。


「セアちゃんが、デビルドラゴンを相手に立ち回って、勇敢な冒険者であることは、周囲の証言もあったけれど、ドラゴンに致命傷を負わせたのはツグ君だから。評価はするけれど、ランクアップとまではいかないわ」

「……そうですか」


 それを言ったら、ロッチらデビルドラゴンと戦った面々のランク云々にまでいってしまうから、さすがに無理か。


 ただ、致命傷を与えられなかったとはいえ、セアの立ち回りはFランクのそれではない。そして、万年Eランクだった俺は思うわけだ。


 アシストでは、昇級に繋がらない。


 俺もガニアン時代、アシストに徹していたから、何というか微妙な気持ちになる。


「それで、ツグ君。ドラゴン殺しとして大金を得たわけだけど――」


 プラチナさんが話題を変えた。


「お仕事はどうする? しばらく冒険者を休業してもおかしくはないけれど、もしお仕事してもらえるなら、頼みたいことがあるのだけれど」

「クエストですか?」

「先日、別の冒険者パーティーに依頼したのだけれど、まったく報告を寄越さないものだから、代わりにお願いしたいの」

「報告義務を怠るとは……まさか失敗したとか」


 討伐依頼で返り討ちにあったり、捜索依頼で行方不明なんて珍しくない。


「それなりに危険な魔物のようだから、上級冒険者にしか頼めないのよ」


 上級冒険者……。ああ、俺もそれの仲間入りしたんだ。ちょっと胸にくるものがあるね。


「で、その依頼とは?」

「ここ最近、ダンジョンに雷を操る魔獣が現れたという話。その正体についてはわからないのだけれど、雷を操る獣だという――」

「あ……」


 雷を操る魔獣と聞いて、すっかり忘れていた。ドラゴンが大物過ぎて……。


「どうしたの、ツグ君?」

「……その、その雷の魔獣ですが、雷獣です」

「見たの?」

「はい。……ここに」


 異空間収納から、白き雷獣の死骸を出す。


「実は、デビルドラゴンの前に遭遇しまして、この通り、すでに討伐しました」

「はぁーっ!?」


 冷静なプラチナさんらしからぬ、素っ頓狂な声が応接室に響いた。美人な顔いっぱいに驚きがあって、この人でもこんな顔をするんだと思った。


「こんなことってある? お願いしたら、もうそれを済ませていたなんて。……ツグ君!」

「はい!?」

「お願いだから、一生このギルドにいて!」


 一生は嫌だなぁ……。俺は苦笑する。プラチナさんが興奮しておかしなテンションになっているみたいだけど。

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