第19話 生還に乾杯!


 冒険者ギルドに併設されている酒場。俺とセアは、ロッチらオルデンのメンバーとテーブルを囲んでいた。


 すっかり外は暗くなり、クエストを終えた冒険者たちが酒を飲んでいる。


「――そして、このベテランの戦士ツグが、ドラゴンの首を両断っ!」


 ロッチの興奮した大きな声が響く。


「恐るべき邪竜の命は、そこで断たれたァー!」

「ウェーイ!」

「いいぞ、ツグぅ!」


 近くのテーブルの冒険者たちが乾杯したり、拍手した。


 やめてくれよぅ――俺はエールをちびちびと飲む。


 ロッチが、今日出くわしたデビルドラゴンがどう倒されたのか、その武勇伝を語って聞かせた。


 初めは、俺たちで些細なお祝い飲み会のはずだったのだが、酒のテンションのせいか、ロッチが周囲の冒険者を巻き込んで、この有様である。


 なお、他の冒険者から批判的な野次が出ないのは、今夜の酒代は俺の奢りということになっているからだ。タダで酒が飲めるから、文句など出るはずもない。


 付け加えると、俺が出していることになっているが、実際の支払いは、ロッチが全部払った。


 じゃあ何で俺が奢ったことになっているかと言えば、『これもひとつの借りの返し方』とロッチは言った。


「正直、Aランクだなんだって言われても、オレは今日死を覚悟した。オレらがひとりも欠けずに帰ってこれたのは、ツグのおかげだ」

「まったくその通り」


 オルデンの仲間たちも同意した。


「まあ、何か困ったことがあったら、言ってくれ。オレらも力を貸す」

「ありがとう」

「なあに、兄弟。こっちこそありがとう、だ!」


 ポンと、ロッチは俺の肩を叩いた。


「なあ、本当に、オルデンに加わらないか、ツグ」


 彼の仲間たちも期待の目を向けてくる。それもBやCランクと、俺より上位の冒険者が、だ。やばっ、顔が熱いわ。


「気持ちは嬉しいよ。でも、俺も今後のことを考えたい」

「……まー、そうだよな」


 ロッチはどこか寂しそうに自分の酒を見つめた。


「今回のドラゴン討伐の件で、お前さんは一財産得たもんな。いつまでも冒険者をやってるわけにもいかねえし」


 冒険者は、魔獣と戦うことも多い危険な職業だ。金を得て、他に職業につけるなら、無理して続けるようなものでもない。


「ええー、それ、ロッチさんが言うんすか?」


 彼の仲間がはやし立てるように言った。


「生涯、冒険者って言ってたじゃないですかー」

「そりゃオレの人生だ。お前らにも、ツグにも、それぞれ人生ってもんがあらぁ」


 ロッチは言った。


「お前らも、他にやりたいことができたら、さっさと冒険者は辞めろよ。オレは引き留めないが、応援はするからよ」

「おれらはロッチさんについてきますよ」


 オルデンの仲間たちは、乾杯と言いながら、ロッチのマグにそれぞれのマグを当てた。


 いい仲間たちだ。ロッチは仲間たちを信じ、その仲間たちもまた彼を信じている。


 こういう信頼関係は俺も憧れた。……その点、ガニアンは最悪だった。


「まあ、俺も当面、冒険者やっていくつもりだ。何か人手がいるとか、ヤバイ案件があったら呼んでくれ。手伝うよ」


 俺が言えば、ロッチも相好を崩した。


「おう、頼りにさせてもらうぜ。お前さんは、最強の助っ人になるだろうな!」


 乾杯! 俺らは酒を呷った。


 セアがそれらの様子を、いつものように淡々とした表情で見ていた。ただ食事は進んでいるので、退屈はしていなさそうだ。


 だが、その時だった。


 人がせっかく楽しくお酒を飲んでいるところに水を差す輩が現れたのは。


「はあ? ツグがドラゴンを倒せるわきゃねえだろーが!」


 あー、嫌な声が聞こえた。


 アヴィドだ。ガニアンのリーダーである魔術師がやってきた。


「あんた、オルデンのロッチだろ」

「『さん』をつけろ、Bランク」


 ギリリと、ロッチがアヴィドを睨んだ。誰がどう見ても露骨な態度である。酒に寄った他の冒険者たちにも、ロッチがガチで不快そうにしているのがわかった。


 だが当のアヴィドはわからなかったようで。


「ロッチさん、こいつはEランクの落ちこぼれだァ!」


 はっきり、キッパリと言いやがった。


「何か聞いたら、ドラゴンをツグが倒したなんて吹聴しているようだが、どうせあんたがやったんだろう?」

「おい、小僧」


 ロッチがいきなり立ち上がると、アヴィドの首もとをつかんだ。巨漢の男にそれをやられると、大抵の者はびびる。


「お前は、つまりこう言いたいわけだ。このオルデンのリーダー、ロッチはウソつきだと」

「……っ!」

「ずいぶん粋がっているようだがな新参者。お前はオレをウソつきだと、公衆の面前で言ったわけだなぁ!」

「いや、オレはそんな――」


 アヴィドがすくみ上がる。ロッチはズイっとアヴィドに顔を近づけた。


「教えておいてやるぞ、小僧。お前とガニアンのメンバーがBランクでいられるのは、ここのツグのおかげだ。お前さんは、それがわからねえボンクラだから、ツグを追い出したんだろうが――」


 ロッチは凄む。


「人をウソつき呼ばわりする前に、お前らもドラゴンの一頭も退治してみせろよ……Bランク!」


 突き飛ばすようにロッチが放したので、アヴィドは無様に床に尻もちをついた。周囲の冒険者たちも小馬鹿にするように笑った。


 どうやら、ここの冒険者たちはほぼロッチの味方であり、アヴィドに対してよい感情を持っていないようだった。ギルドでも評判悪そうだったからなぁ、すっかり嫌われているんじゃないか?


「……オ、オレをボンクラ、だとォ……」


 あ、アヴィドがキレた。こいつ短気だから、キレると周りが見えなくなるんだよな。……たとえば、こんな人の多い酒場で魔法をぶっ放すような――


「なんだ、怒るのは一人前か?」


 ロッチが煽る煽る煽る。アヴィドが立ち上がる。マントの裏から魔法杖を抜いた。


「灼熱の――」


 沈黙――俺の心の中で唱えた沈黙魔法で、アヴィドの呪文が止まる。その瞬間、ロッチのパンチがアヴィドを吹き飛ばした。


「お前、こんなところで魔法を使おうとしたのかッ!!」


 これには周囲の冒険者たちも冗談抜きでお怒りモード。


「ざっけんな、てめぇ!」

「このクソ野郎を叩き出せェ!」


 そこから、アヴィドが酒場から追い出されるのが早かった。


 あーあー、短気は損気だな。俺はマグに残ったエールを飲み干す。ロッチは席についた。


「まったく、酒が不味くなるわ! ツグ、あんな奴のところを出て正解だ」


 お代わりを注文しながらロッチは鼻息荒く言った。


「リーダーがあんな調子なら、ガニアンも長くないな」

「……消してこようか?」


 セアが、やる気な目を向けてきた。実験体にして暗殺者として育てられた過去を持つ彼女。俺が頷いたら最後、アヴィドを殺しに行くだろう。


「ありがとう。だが、その必要はないよ」


 俺は気を利かせてくれたセアの頭を撫でた。


 悪くない気分だ。むしろ、スカッときたかもしれない。今夜の酒は美味かった。

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