第17話 ギルドに報告しよう
その場の雰囲気というか、冷静になって考えてみると、ドラゴンを討伐したら騒ぎになるのも無理はないかと思った。
冒険者ギルドに戻って報告した時も、それは驚かれたもので、一緒にAランク冒険者のロッチがいなければ、信じてもらえなかったかもしれない。
受付嬢のウイエさんも目が点になっていた。
「ギ、ギルド長に報告を――!」
「まあ、そうなるわな」
ロッチが俺の肩を叩いた。巨漢の重騎士が普通に叩くと、結構痛い。
「デビルドラゴン? まあ下級ドラゴンよりは強い奴だったとは思うが、そいつがダンジョンに現れたってだけでも大変だってのになぁ」
「やっぱ、そうなるよな」
俺は苦笑する。ドラゴンなんて、そうそう出てくるようなものでもない。
「それより……」
ギルドフロアの冒険者らの視線が、こっちに集まっているような。ドラゴンという単語に反応しているのだろうか……。
「ひょっとしたら、先に戻った奴がドラゴンの話をしてたんじゃないか?」
ロッチが首をひねった。
「オレたちが戦っている間、確か報告に走った冒険者がいたはずだ」
……ああ、何か報告なんてもう無駄だ、とか仲間内で口論してた連中か。
「なるほど」
「ロッチさん、ツグさん、どうぞ。ギルマスがお待ちです」
ウイエさんが呼びにきた。ちょっと緊張してきた。
「俺、ここのギルマスに会ったことがないんだよね」
「『鉄の女』なんて言われている元Aランク冒険者だよ」
懐かしむようにロッチは言った。
「ちなみに、彼女の姉の旦那が、ここアルトズーハを治める伯爵様だったりする」
「へぇ……」
それって、ドラゴン討伐の話がお貴族様の耳にも入るってことか? いや、まあ領内にドラゴンが出たっていうなら、どう転んでも伝わるか。
「心配するな、ツグ。お前さんがドラゴンを仕留めたって話はオレも証言するからよ」
「ありがとう」
冒険者歴は長いが、ここには来たばかりのEランク冒険者である俺だ。下級ランク冒険者がドラゴンを倒せるものかと疑われるのは容易に想像できた。
そこでロッチが証言してくれるなら、心強い。
「ランク、上がるかな……」
つい口から出た言葉。冒険者になって10年。貧乏だったってこともあるが、上級冒険者に憧れてこの職を選んだのも本当だ。万年Eランクで、満足などしていない。
「上がるさ。お前さんの実力はAランクに匹敵するだろう。むしろ何でEランクなんだ? オレはそっちのほうが気になるわ!」
ロッチが好意的に笑った。
・ ・ ・
応接室で、ギルドマスターに出会った。
さめるような長い銀髪、前髪パッツン。切れ長の目に、二十代に見える美貌の女性だった。キャリアウーマン風という表現が似合いそう。……キャリアウーマン?
「プラチナです。初めまして、ツグ君」
鉄の女とかAランク冒険者と聞いて、ガッチリゴリラみたいなのを想像したが、美女である。予想外だ。
「ダンジョンにブラックドラゴンが出た、と聞きました。討伐隊を編成しようと思っていたのだけれど、その必要はなかったようね」
「ああ、このツグが、ドラゴンの首を叩き落とした」
ソファーに座る俺の隣に、ロッチがドカッと腰掛けた。ブラックドラゴンじゃなくてデビルドラゴンだぞ、と彼は言った。
「いや見せたかったね」
「……ロッチ、貴方がそう言うのなら、そうなのでしょうけど」
プラチナさんは、俺を見た。キリリとした視線に、俺の心臓が早鐘する。
「元ガニアンのEランク冒険者。……何故、ひとりだけEランクか不思議に思っていたけど、ドラゴンを倒すだけの実力を持っていたのですね。納得です」
「ガニアン?」
ロッチが露骨に顔をしかめた。
「あのまとまりのない礼儀知らずの……?」
「そう、そのガニアンです」
プラチナさんの怜悧な表情が曇った。
「態度があまりよろしくないと、受付も敬遠したいと言ってるBランク冒険者パーティーの」
……うわぁ、何かすいません。ここでも評判を悪くしている古巣に、俺も肩身が狭い。
「嘘だろ、ツグ。お前があのガニアンにいたなんて信じられん」
「元だけどね……」
何か申し訳ない。せっかくいい友人になれるかもしれないロッチの評価を下げてしまったかもしれない。
「ツグさんは、ガニアンを除名になった……。そう報告は受けています」
除名によるパーティーメンバー変更は、ギルドに届け出が出ていたようだ。面倒臭がりな奴らなのに、この手の処理だけはきちんとやってたんだなぁ。……よっぽど俺を追放したかったってことかな。
「ツグ、お前、除名されたのか! なら、オレのオルデンに来い! 歓迎するぞ!」
そう言ってロッチは俺の肩に手を回した。評価を下げたどころか、さっそく勧誘されてるぞ、俺ェ!
「ロッチが認めるなんて、ツグさんは相当な腕の持ち主なのね」
プラチナさんは穏やかな目になる。ロッチは頷いた。
「おうよ。ツグの実力は本物だ。オレははっきり言うぞ! あのドラゴンを倒したのは間違いなくツグで、このツグがいなけりゃ、オルデンも壊滅したかもしれん」
「なるほど……」
ちょっとロッチ、褒めすぎだぜ……。
「ついては、ツグのランク昇級を。いくら何でもEランクは低すぎだ。あのいけ好かないガニアンにいたって聞いて理解した。ツグは過小な報告のせいで評価されてなかったんだ。連中がBランクのパーティーっていうなら、ツグだって最低でもBランクだったはずだ」
俺はもちろん、プラチナさんも目を丸くする。おいおい、ロッチ……。
「オレは、ツグがAランクだとしても納得できる。むしろAランクにしろ」
「そこまで彼を評価するなんて……」
プラチナさんが驚いている。いや、俺だってビックリだよ!
「ツグの実力を知れば、誰だって自分のパーティーに誘うさ。プラチナ、お前だってな」
「ロッチがそこまで推薦するなんて、異例ですね」
プラチナさんは答えた。
「わかりました。ドラゴン退治の勇士には昇級も当然ありますが、ロッチ氏の推挙もあり、上級ランクについては善処いたします」
おお、俺もEランク卒業だ! 自然と頬が緩んじまう。
「それで、ツグ君」
プラチナさんが話題を変えるように言った。
「ドラゴンを討伐した話は伺っていますが、討伐の証拠となる部位、あるいは素材を見せていただきたいのですが」
「ええ、そうですね……」
ギルドへの報告では、当然、物証も必要だ。討伐部位を持ち帰れば、成果を認められる。逆にそれがないと、評価として認められない。
「ふふ、プラチナ、お前も驚くぞ」
イタズラっ子のような顔になるロッチ。
「場所を変えよう。この部屋じゃ、狭すぎる」
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