第16話 Sランクドラゴンの首


 デビルドラゴンを倒した。


 Sランクの邪竜の首が胴体と離れ、さすがに生きてはいない。ドラゴンは再生能力が高い生き物と聞いている。しかし、切り離された首が再生するということはない。


「セア、無事か!?」

「大丈夫」


 動かなくなったデビルドラゴンの背中にペタリと座り込むセア。結構、でこぼこしている背中だが、座り心地ってのはいいものかねぇ。


 ちょっと心配する俺をよそに、冒険者――先ほどの重騎士がやってきた。


「おう、助太刀、感謝する! まさかドラゴンの首を吹っ飛ばすとは、お前、中々やるじゃないか!」

「どうも。……済まない、横からかっさらうようなことをして。このドラゴンを倒す、と言っていたのに」


 彼らの獲物を横取りしてしまったわけだから。


「いいや、あれはあの場のノリというか、敵に背を向けられんという心意気の発露だ。正直、こっちも手詰まりだったんだ」


 がはは、と豪快に笑う重騎士。その時、女騎士の声がした。


「ヘイレン、駄目、死なないで……!」


 その泣きそうな声に、俺の視線が向く。女騎士が、倒れているひとりの老戦士のそばに膝をついている。


 どうやら彼女の仲間のようだ。その様子だと怪我をしているようだが……。


 俺はその場に歩く。


「――姫様」


 老戦士が、震える声を絞り出す。その鎧はドラゴンにやられたのか裂けていて、血で真っ赤だ。顔から生気は失われ、誰の目にも助からないように見えた。


「ダメ、ダメ、私をひとりにしないで……!」


 涙がポタポタと女騎士の頬から落ちている。……ああ、見てられない。


 俺は女騎士のそばに膝をつくと、老戦士の腹に手を置いた。


「何を……」


 女騎士が驚くが、俺は構わず魔法を使う。


「この者の傷を癒やせ……ヒール」


 淡く白い光が溢れた。老戦士の傷がみるみる消え、血の気も戻る。


 流れ出た血も復活させる、確かパーフェクトヒールという最上級治癒魔法があった。俺はそのイメージで使ってみる。……まあ、実際に見たことはないし、想像だけどな。


 光が消えて、老戦士の呼吸が穏やかになったところで、俺は声をかける。


「ご老体、具合はどうだい?」

「……不思議なことがあるものです」


 老戦士はまばたきを繰り返す。


「これは……治癒魔法ですか?」

「そのつもりだ。で、具合は?」

「大変よろしいように、思います。なんと、体が以前より軽くなったような……」

「それはよかった」

「ヘイレン!」


 女騎士は泣きながら笑みを浮かべた。あ、この娘、笑顔が可愛い。


「本当に、もう、傷が……?」

「そのようです、姫様。私も信じられないのですが……」

「よかった!」


 ほんわか、いい雰囲気だな。俺が立ち上がると、重騎士が立っていた。


「治癒魔法、それも上級魔法か。いやはや、お前、凄いな!」


 間近で見るとかなりでかい。身長は180は超えているか。


「改めて、命拾いをした。オレはAランクパーティー『オルデン』のリーダー、ロッチだ」

「ツグだ。最近こっちに来た。ランクはE」

「Eランク!? 嘘だろう!? ドラゴンを仕留められる腕前でか!?」


 驚くのも無理はない。彼の仲間たちもビックリしている。


「え、あんな高レベルの治癒魔法が使えるのに!?」


 まあ、そうだろうな、Sランクのドラゴンを、そんな下級ランクの冒険者が倒せるわけがない。実際に見ていなければ、誰も信じはしないだろう。


「これでも10年冒険者を続けている。普段、アシスト役が多くて、評価点が中々つかなかったんだ」


 俺が言えば、ロッチは腕を組んで頷いた。


「ああ、なるほどな。確かにアシストだと、実際に倒したということにはならないからな。しかし10年も……」


 そう言いながら、俺のツレであるセアを見て「なるほど」と呟く。……何がなるほどなんだ?


「そうか、ツグは若手冒険者の指導者をやっているのか。なるほど理解した!」


 はい? 力強く理解されたが、俺は別に指導者なんてやってないぞ。


「経験の浅い若手を実戦の場で鍛える……。これはベテラン冒険者にしかできない芸当だ。しかも新人が手に負えない場合、助けられる実力がなくちゃ務まらん」


 ロッチの仲間たちも何故か納得するような顔になっている。


「万が一、新人が重傷を負っても治癒できるという能力……。ううむ、ツグに教えてもらえる冒険者は幸運だな!」

「……」


 違うんだけど、変に勘ぐられるより、それでいいか、と思えてくる。本当のところを説明するのもアレだし、正直面倒がないならそうするべきだ。


「お前さんが指導しているなら、あの娘も将来有望な冒険者なのだろう。……実際にドラゴンを前に飛び乗る曲芸までこなしたのだからな」

「……」


 セアは相変わらず無表情。そこへ女騎士が立ち上がり、俺に頭を下げた。


「ツグ様、ヘイレンの命を救ってくださり、感謝いたします。それに邪竜も倒してしまわれた……」

「私からも御礼申し上げます」


 ヘイレンと呼ばれている老戦士も、同じく頭を下げた。女騎士は言った。


「自己紹介が遅れました。私はネージュと申します。これは、私の仲間、ヘイレン」

「ヘイレンと申します」

「ツグです。……こちらはセア」


 紹介すれば、コクリと首肯するセア。さて、俺が相手に合わせて口調を変えたのは、こっそり使った鑑定結果のせいだ。


 ――ネージュ・ビランジャ。18歳。いまはなきビランジャ王国の王女……。


 王族じゃねえか! で、ヘイレンは、ネージュ姫の従者で、50歳。元近衛騎士だという。見た目はもう少しお年かと思ったが、そうでもなかった。


「それでツグ様」

「様は、いりません、ネージュ様」

「あ、いや私も様はいりません」


 慌てるネージュ姫。ご身分をお隠ししたいのだろうね。


「この邪竜ですが、折り入ってご相談がありまして」

「何でしょう?」

「邪竜の素材は、倒されたツグさ――ツグ殿のものですが……その、ひとつだけ欲しいものがありまして」

「いいですよ」

「その、もちろん対価はお支払いいたしますし、わたくしにできることなら――え?」

「ですから、構いませんよ」


 内容は聞いていないが、別に構わない。デビルドラゴンからひとつだけ希少なものをあげても、残った部分だけでも充分稼げるだろうし。


「おいおい、ツグよ、いいのか?」


 ロッチが口を挟んだ。


「お前が倒したんだぞ? こいつの権利はお前のものだ」

「そう、倒した冒険者が決めていい。だけど、まあ、あなたや、ネージュさんたちも戦ったのは確かだし、俺は構わないよ。もちろん、ロッチさん、あんたたちとも分配しようと思う」

「いいのかよ、ツグ」


 どこか釈然としないロッチ。ドラゴンの戦利品もらえるって言ったら嬉しいはずなのに、意外と律儀なのかな。俺がいいって言っているんだからいいんだよ。


「それじゃ、どの辺を分配するかは後回しにするとして、とりあえず町へ戻ろうか」


 俺は、デビルドラゴンを収納魔法で丸ごと片付けた。


「――で、どの部分が欲しいんです……? どうしました?」


 ネージュ、ヘイレン、そしてロッチたちも目を点にしている。


「ツグ、ドラゴンが消えたが……」

「何をしたのですか、ツグ殿?」


 あー、そうか、そうだった。


「収納魔法で、とりあえず回収しました。ドラゴンともなると、ダンジョンだと解体も難しいですからね」

「収納……!」

「ええっ……」

「ドラゴンを収納って、マジかよ。凄すぎね?」


 うん、驚くのも仕方ないね。呆然とする一同に、俺は肩をすくめた


「まあ、秘伝の魔法です。そういうことです」

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