第13話 ガニアン、雷の魔獣を探す
アルトズーハ近くのダンジョン『ミデン』。
洞窟の中は、アリの巣のように入り組んでいて、地下に複数の通路が伸びている。生息している魔獣や魔物は様々で、中にはゴブリンやオークといった武器を使うものも存在する。
「あーもう、ここどこよ!」
エルフの弓使いイリスィは声を荒らげた。
Bランク冒険者パーティー『ガニアン』はミデンダンジョンの中にいた。
「さっきから同じような場所をグルグルと回っているみたいなんですけどぉ!」
「回ってるな」
筋肉男こと、戦士のアロガンが他人事のように言った。
「リーダー、その地図ちゃんとあってる?」
「うるさい!」
そのリーダー、アヴィドはイライラを募らせていた。
「おい、トリス。お前が地図を見ろ!」
「え……?」
ヒーラーであるトリスは、アヴィドから地図を押しつけられた。女騎士テチは、険しい表情のまま、あからさまなため息をついた。
「つまり、迷子なんだな?」
「違う!」
アヴィドは先へ進むように促す。
「我々は、謎の雷の魔物を探しているのだ! そいつがこのダンジョンのどこにいるのか、知っているのなら、教えてもらいたいね!」
そう言われて、パーティーメンバーたちは黙った。誰も所在を知らないのだから当然だ。
「てか、本当にいるの? その魔物ぉ」
イリスィは愚痴るように言った。アヴィドは唸った。
「知るか! それを捜すのが仕事だろうが!」
「怒鳴んないでよ、リーダー。……つか、そろそろ矢の残りが少ないんですけど」
「馬鹿、なんで補充しておかないんだよ!」
「うっさい! いつも補充してる雑用がいなくなったからしょうがないでしょ」
「いや、そこはお前、自分で調達しろよっ!」
雑用、とはツグのことだ。アヴィドの不機嫌度がますます上がっていく。ガニアンの評判を落としかねない雑魚を追放したというのに、その名前がちらついてご機嫌斜めである。
そんなリーダーをよそに、テチはトリスを軽く肘で小突いた。
「……アヴィドはあんな調子だが、目印は残してきたか?」
「いや、リーダーが俺に任せろと地図を持ったから、必要ないかと」
トリスがメガネを吊り上げながら言えば、テチの顔色が憤怒に染まった。
「馬鹿! 迷子にならないように目印を残すのは基本中の基本だろうが! ツグなら、言わなくてもやっていたぞ」
「……」
トリスもまた不快な顔になる。――それを言うなら、あんただって目印を残してないじゃないか。
正論ぶっているが、結局、人任せで問題になった時だけ騒ぎ立てる。
――そもそも、何で私がツグのやっていたことを引き継ぐことになってるんだ?
納得できないトリスである。新しいメンバーを入れるまでは、いなくなった仕事は皆で分担。そして自分でできることは自分でやるのが当たり前ではないか。
――こいつらが、ここまで低脳集団だったとは……!
地図は読めない。自分でできることをしない、いやできない間抜けが、Bランク冒険者とは聞いて呆れる。
「腹が減ったな……」
アロガンが唐突に呟いた。
「保存食、誰か持ってる? ……誰も持ってない」
使えねえ、とアロガンが舌打ちした。そんなに長居する予定ではなかったので、誰も食料を持ってきていなかったのだ。
「ツグを追放しなければ、こんなことにならなかったかもしれんな……」
アロガンの言葉に、皆が絶句した。トリスはこの筋肉男を罵りたくなった。
――お前、ここでそんな無神経な発言をするっ?
イリスィもアヴィドも激怒して顔真っ赤である。何せツグの追放を主導した二人である。
「アロガン、次にツグのことを言ったら、本気でお前に魔法をぶち込むぞ」
お怒りリーダーが声を荒げてそう宣言した。イリスィもまた弓を構える一歩手前で、その目は殺意すら感じた。
本当に、このパーティーは駄目かもしれない――トリスは心の中で、神への祈りを呟いた。
・ ・ ・
ダンジョン内を彷徨うことしばし、出てきたオークを蹴散らしたところ、イリスィがそのエルフ耳に手を当てた。
「聞こえる……。雷の音……?」
「雷だと? ――依頼の魔物か!」
アヴィドが杖を握り込む。
「どこだ? この先か、イリスィ!?」
「ええ、通路をこのまま真っ直ぐ」
「よし、さっさと仕留めるぞ!」
「おうっ!」
それまでの気怠さなどなかったかのように、全員が一気に駆け出した。
そして、それはいた!
「虎……?」
アロガンが眉をひそめる。白き四足の魔獣だった。虎と狐を併せたような姿で、その体には紫に輝く電撃をまとっていた。
明らかに異様なる力を感じさせた。その目が、アヴィドたちを見た瞬間、電撃が弾けた。前衛のアロガンとテチは、とっさに構えを取ったが感電したらしく、あっという間に膝をついた。
「くそっ!」
アヴィドは装備していた魔道具の防御で電撃を軽減させた。そしてイリスィは、運よく電撃の効果範囲外だったようで、無傷だった。
「やるじゃない!」
素早く弓に矢をつがえ、イリスィは放った。その間、わずかに二秒。しかし熟練のエルフアーチャーは、狙った獲物は外さない!
ゴウッ!
雷鳴が轟いた。耳を引き裂くような音にとっさに怯む。イリスィの放った矢はしかし、雷の魔獣には届かなかった。
否、視界から消えていたのだ。
「どこっ!?」
タンっ、と地を蹴る音がした。狩人としても一流のイリスィは、目視せずに音だけを頼りに素早く次の矢を放つ。
しかし、当たらない。
タン!
こっちへ来る! イリスィは次の矢を掴み……掴めなかった。
「!?」
矢筒は空だった。さっき放ったのが最後の矢だったのだ。
「しまっ――」
その瞬間、イリスィは自分の首に猛烈な痛みと熱と痺れを感じた。
喉ごと首をやられた。急速に暗くなる視界。
『だから、矢の残数は早めに申告しておけっての。なくなってから言っても用意できないんだから』
何故か、ツグが文句を言っている。うるさいなぁ、とイリスィは思った。
――あんたは追放されてんのっ!!
冷たくなっていく感覚。これは死んだな、とイリスィの意識は沈む。
――あん、たを……追放しなきゃ、こうならなかった……の、か、な……。死にたく……な――
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